第5話 リスタート
2020年6月13日
「ちんすこうだー!」
那覇空港に到着して、お土産コーナーで盛り上がっている綾ちゃんは子供みたいで可愛かった。あの日、酔った勢いですぐにチケットを取った。何も計画せずにチケットから取るのは抵抗があったが、綾ちゃんに反対することはできない立場の俺は、那覇空港行きのチケットを2枚取った。
「帰りはどうする」
「彩さんがいつ見つかるかわからないんだから、まだ取らなくていいんじゃない?」
彩に会うことができるまで帰る気はないようだ。そうなると怖いのは、仕事だ。来週からリモートではなくなり、通常業務に切り替わる予定になっていた。そうなると、長々と沖縄にいることなんてできない。簡単に仕事を何日も休むことなんてできないだろう。
そうだ、今こそ大人を頼ろう。
「なるほど、それでみつき君と、本社の大上綾さんの仕事を引き続きリモートにして欲しいわけね」
「はい、どんな仕事でもやりますので、僕たち2人が向こうで仕事ができる状態にして欲しいんです。お願いします、美里さん」
「沖縄旅行のために2人だけ特別にってわけにはいかないよね、本当は。でも、いいよ、みつき君には返しきれない恩があるしね、あの日はどうかしてた、本当にごめんなさい」
「いいえ、無事で良かったです。元気な美里さんに戻ってくれて嬉しいです」
「うん、君は命の恩人だ!特別に交渉しといてあげる!」
「ありがとうございます。さすが美里さん!」
「私は良いんだけど、みつき君の担当は、光くんだから、ちゃんと許可もらっておいで」
光さんとは、あの日以降まともに話せていない。メールで謝罪したが、返ってこなかった。今日の朝も挨拶を返してくれなかった。まだ許してもらえていないかもしれない。もう一度、ちゃんと謝ろう。お昼は俺から強引にラーメン屋に誘った。
「本当にすみませんでした。光さんのおかげで目が覚めました。今まで完全に自分のことしか考えきれていませんでした。これからはしっかりと手を差し伸べてくれる周りの人と向き合って、自分も誰かに手を差し伸べることができるように、考えを改めます。親身に相談に乗ってくれた光さんに対して調子乗ったこと言って、本当にすみませんでした」
「ゲームはどうなった」
「はい、全てのことを綾さんに伝えて謝罪しました」
「じゃあ、諦めるのか?」
「いいえ、綾さんが沖縄に行って彩に会おうと言ってくれました。2人で会いに行ってちゃんと話し合おうと思います。やっと全てを受け入れる覚悟ができました」
「俺も面白がって下手に相談に乗っちまって悪かった。あの後、美桜に死ぬほど怒られたよ。お前も変わらないだろって。俺もさ、田舎から出てきて何かを変えようと思っていたけどダメだったんだよ。お前と一緒だ。でも、美桜と出会えたことだけは本当に良かったと思っている。ここで手に入れることができた唯一の財産だ。俺は美桜に救われたから、これからは俺が守らなきゃならないんだ。美桜と、美桜の好きな人たちも全部」
光さんは明らかに泣くのを我慢していた。
「大事にしろよ、綾ちゃんを。お前の願いなら断ったが、綾ちゃんの頼みならOK
だ。行ってこい」
「ありがとうございます光さん、ちゃんと決着つけてきます」
「その代わり、帰ってきたら死ぬほど働いてもらうからな。お土産は泡盛だ」
「もちろんです。今日は僕が奢ります」
「田舎もんの貧乏から金は取れねえよ。でも、今日はいいか」
光さんはいつもはしない替え玉を頼んだ。初めて光さんと腹を割って話すことができた気がした。そこまで俺のことを考えてくれているとは思わなかった。思えば初日から家に入れてくれるほど俺を気にしてくれていたのか。本当に俺は何も見えていなかったのか俺は。
そして昨日、美里さんが本社からも許可が降りたことを教えてくれた。予定の前日でギリギリ間に合った。
「リモートでもできる仕事を2人に回してもらうように手配したから、いつでも連絡は取れるようにしておいてね」
「はい、本当にありがとうございます」
「沖縄に行くことは秘密なんだから、あんまり浮かれないようにね!SNSにも楽しんでいるところなんかアップしちゃダメだよ!みつき君最近ハマっているみたいだけど」
「もちろんです、ちゃんと仕事します」
「それと、本当に良いの?本社の手違いでもあるから、みつき君本社で働けるように頼めるよ?」
「良いんです。僕は美里さんと、それから光さんにも、教えてもらいたいことがまだまだあるので。皆さんのもとで勉強させてください。お二人のこと大好きなので」
「何!なんかみつき君数日で別人になったみたいだね、素直になっちゃって!そうよね、みつき君をここで採用したのは正解ね!」
「正解じゃないっすよ、反省してください。お前も、たった数日で人が変わるわけない。調子に乗るなよ」
「はい、すみません光さん!」
俺と美里さんの言葉がハモリ、3人で爆笑した。俺はやっぱりこの人たちが好きだ。
「ちんすこうはさ、雪塩味がおすすめだよ!」
「何それ、食べたことない」
「普段は試食用があるんだけど、コロナの影響かな」
「うーん残念」
「いいよ!買ってあげる!」
綾ちゃんとも自然に話せるようになっていた。二度と話せなくなると思っていたが、秘密を打ち明けることでようやく心を開くことができた。ここ数日の景色は全て変わって見えた。SNSに何かを投稿することはしょうもないと思って、周りにはアカウントを持っていないと言っていたが、こっそり覗くことが趣味でミツキという名前で見る用のアカウントを持っていた。でも綾ちゃんが教えてくれたが、あの行為はどうやら見たことがバレるらしい、普通に恥ずかしい。だから今更だが俺も色々投稿することにした。今までの自分を反省した内容の反省文を投稿したところ。
「ポエマーかよ」
「やっとわかったか、教えてくれた人に感謝だな」
「え、生きてたんだ」
などなど、かなり恥ずかしい反応が返ってきた。それから高校の友達と、大学が一緒だったらしいやつとも会話できた。みんな、沖縄で頑張っているようだ。俺なんかより全然立派だ。もっとちゃんと付き合っておけば俺の考えも変わったかもしれない。もしかしたらひどいことを言っていたかもしれない。そんな俺のことを友達と呼んでくれる人がこんなにいるなんて思わなかった。みんなに会いたい。
「これからどうするの?」
「うん、今日はさ、俺の実家に行こうかなと思っているんだけど良い?」
「いいけど、私も一緒でいいの?」
「うん、一緒に来てほしい。さすがに顔合わせなさすぎて気まずいからさ」
「いいよ、どこでもいっしょに行く」
母に連絡すると、空港に迎えにきてくれるということだった。俺たちは空港にあるカフェで仕事をした。美里さんからメールで送られてきた仕事内容は、一時間もかからないようなものだった。光さんが俺たちの代わりに頑張ってくれているらしい。本当に良い人だ。
懐かしい父の車が停まっていた。男なのに小さな車にのっているのがダサいと思っていたが、今は羨ましい。父は好きな映画に出てくると言っていたが、その映画を最近観た。確かにかっこよくて父の気持ちがわかった。俺の映画好きは確実に父の影響だ。車には父だけが乗っていた。
「父さん、ただいま」
「はじめまして、大上綾です。よろしくお願いします」
父は何も言ってくれなかった。当然だ、大学に入って家を飛び出し、勝手に東京に行って、急に帰ってきたのだから。誰も一言も喋れない状態で車は進んだ。後部座席の綾ちゃんも気まずそうだ。
「ずっと勝手なことしててごめん」
やはり父は何もこたえてくれなかった。そのまま数分が経った頃、父が口を開いた。
「車は何に乗っているんだ?」
「え、あ、東京では車に乗ってないよ。沖縄にいるときは中古のボロボロの軽自動車を」
「この車、お前に譲るのが夢だったんだ。お前はずっとダサいとか言っていたがな、ある映画に出てくる車で」
「最近観たよ、デンジャータイムでしょ。確かにカッコ良かった、羨ましいよ」
「え、あの映画に出てたんですか?凄い、めちゃくちゃレアな車じゃないですか。私も好きです」
「必死にお金を貯めて買ったんだ。もう少しお前がこの車に似合う男になったら譲ってやる」
「ありがとう、嬉しいよ。成長できるように頑張るよ」
「いいな、みつき君。あの映画の監督がハイ&ローの1番人気なエピソード3の監督なんですよね!」
「なんだその映画、聞いたことないぞ」
わかりやすくショックを受けて肩を落とした綾ちゃんをみて、俺と父は笑った。マスクの上からでも笑っていることが確認できた。父の笑った顔を見るのは家を出るもっと前以来だ。本当はよく笑う人だった。
車が家に到着すると、母が庭の花に水をあげている最中だった。俺がいた時より随分花の数が増えている。
「もうガーデニングにハマっちゃって」
笑顔の母がいう。
「ただいま、お母さん」
「おかえり、本当に久しぶりね。よく帰ってきてくれたね」
「うん、しっかり反省した」
「私たちもよ。これから一緒に成長しましょ」
綾ちゃんの前で少し恥ずかしかったが母とハグをした。綾ちゃんは見てないよというふうに目を手で隠していたが、指の隙間からチラチラと見ていた。
「あら、彩ちゃん、雰囲気変わった?」
「あ、初めまして。大上綾と申します」
「え!びっくり、彩ちゃんかと思った。確かに違うわね、ごめんなさい。上がって上がって」
やはり綾ちゃんが一緒に来てくれて正解だった。彼女には周りの緊張をほぐすような魅力があるのだろう。元からこの4人で暮らしていたかのような雰囲気を一瞬で作ってくれた。俺より家族に馴染んでいるのを見ると、もしかしたら生き別れた兄弟なのかなとも思った。でも冷静に考えて、こんな良い子と俺の血が繋がっているわけがない。
「それで、綾ちゃんとみつきはどんな関係なの?付き合っているの?」
あまりきかれたくない質問をされて戸惑う俺に気づいて、綾ちゃんが代わりにこたえてくれた。
「付き合ってはないんですけど、審査中です。付き合ってやってもいいかなってチェックしています」
「あら、じゃあ私たちもちゃんとしなきゃね。みつき、ちゃんとチェッククリアするのよ!」
「へいへい」
「じゃあ、やっぱりさやちゃんとは別れちゃったんだ」
この質問も困った。彩と母は仲が良かったみたいだし。なんと言えば良いのか。
「それも、審査中です!みつき君は誰と付き合うべきなのか、今回は審査旅行です!それで綾さんに会いに来たんです!」
「そうなの!みつきは幸せ者だね。こんなに良い子達にはさまれて、大切にしなきゃ!私は綾ちゃんと、さやちゃん、どっちにも一票よ!」
「俺は綾ちゃんに一票だ。映画好きに悪いやつはいない」
「ありがとうございます、お父様、お母様。どうぞご贔屓に」
全く、いつから投票式になったんだ。母との危うい会話も誰にも気を遣わせずに乗り越えることができる綾ちゃんに感心した。彩の話を出されて良い気はしないはずなのに。綾ちゃんには頭が上がらない。
「それで、さやちゃんはどこにいるかわかったの?」
「ううん、わからないんだ。もしかしたら、他に男ができてそこにいるかもしれないとか思っているんだけど」
「そんな話聞いてないわよ。彩ちゃんみつきが東京にいるのを教えてくれた時も、みつきの話ばっかりだったし。まだ付き合っているのかと思ってたわよ」
「そっか、母さんはなんで彩と仲が良いの?」
「さやちゃんのお母さん亡くなっちゃったでしょ?その前に、さやちゃんのこと頼まれたのよ。みつきのことを信用しているから、みつき君のお母さんに頼みたいって言われて。さやちゃんの母とはみつきが高校生の時から顔馴染みだったの。でも、私たち家族は疎遠だったじゃない。それを気にしていたら、さやちゃんがわざわざここにまでくるようになってくれて、みつきが家にいない時は呼んでくれたりしてね。みつきの様子を教えてくれてたの」
「俺たちの方がお世話になっちゃってたんだね。彩にはちゃんとお礼しなきゃいけないね」
「このことはみつきには内緒にしててって言われたんだけど。急に顔を見せなくなったから心配で。私に何も言わずにいなくなるような子ではないと思うんだけど、さやちゃん」
「何か悪の組織に捕まっていたりしてな」
「なんてこというのよあなた。映画好きにはろくな奴がいないわね
一体彩ちゃんはどこにいるのだろうか。父が変なこというから余計に心配になった。明日は朝から探してみよう。母が出してくれたビーフシチューは彩のビーフシチューの味がした。
「もしかして、お母さんが彩にビーフシチューの作り方教えたの?」
「そうよ。他にもたくさん教えてあげたなー。懐かしい、彩ちゃん料理上手だったでしょ?」
「ええ、みつき君ビーフシチュー派だったんだね。だから私が作ったホワイトシチューは食べてくれなかったんだ!もう、言ってよ!」
「綾ちゃんにも教えてあげる!」
俺は彩の作る母の味が好きだったのか。なんだよ、彩も言ってくれればいいのに。本当に彩ちゃんが俺と俺の周りを繋げてくれていたんだな。高校の友達だってそうだ。みんな彩のおかげでできたようなもんだ。全く、どこまで彩に頼っていたんだ俺は。こんなんで結婚しようとしていたなんてどこまで愚か者なんだ俺は。彩に早く会いたい。
翌朝、7時に起きて、綾ちゃんとすぐに今日の分の仕事を終わらせた。父が朝ごはんを作ってくれた。卵とスパムを焼いただけだが懐かしくて涙が出そうになった。最近の俺は泣きすぎだ、我慢しろ。隣で、綾ちゃんがスパムのの美味しさに感動して泣いていた。お前も泣きすぎだ。
父の車を借りて、何か知っていそうな友達に会って回ることにした。みんな地元を離れずに頑張っている。懐かしい高校時代の青春の場所は、彩との思い出しかなかった。綾は俺の思い出話を楽しそうに聞いてくれた。
「向こうが俺たちが通っていた高校だよ。そして部活終わりに、2人とも制服に着替えてすぐにここに集まってさ。夏も冬も夜になるまで話したよ」
「もしかして制服って女子はスカート?」
「うん、そうだよ」
「うわ、絶対に冬は寒かったと思うよ。男子は長ズボンだし気にならないと思うけど、女子は冬服もスカートだから」
「確かに、彩ちゃんに我慢させちゃってたのか。親が厳しくてバイト禁止だったからさ。まともなデートもできずにずっとここにきてたんだよね
「なんか良いね、私もそんな学生生活に憧れたな。寒くても楽しかったと思うよよ彩ちゃんも」
2人で座って話したベンチは今もあった。ペンキを塗り替えて綺麗になっていた。座ると当時話した内容を全て思い出せそうだった。ほとんど俺が喋っていたのかもしれない。後から聞いた話だが、美術部とバスケ部の部活の終了時間は全く違っていた。俺の方が一時間以上遅いのに、彼女は毎日ここで待ってくれていたようだ。
「お疲れ様、私も今来たとこ!今日は何点決めたの?」
「試合じゃないんだからいちいち数えないって。それよりさ、次の試合2年生に混じって出場できるかもしれないんだ!」
「すごい!さすがみつきだね、絶対見に行く!」
確かこんな流れで話していた。毎日話していたって話題が尽きることはなかった。学校でではなく、2人きりで話すのが好きだった。彼女の声を独り占めしたかった。
声に惚れてしまったら最後だ。目と違って耳は閉じられない。塞いだって聞こえてしまう。彼女の声は自然に俺の耳に入り、そして頭から離れなくなっていた。その声を聞くために学校に通っていたと言っても良い。その他はどうでも良かった。一緒にいない時でも彼女の声を脳内で再生していた。大好きなアーティストの曲を完全にその歌手の声で脳内で再生することができるあの感じだ。1人でいる時も、彼女とした会話を思い出しながら何度も彼女の声で脳内で再生していた。彼女は特に誰かに褒められたこともないと言っていたが、彼女の声は間違いなく、世界で1番美しかった。
「ずっと沖縄にいたからさ、たいして遊ぶ場所もなくて、金もないし、仕方なくこんな場所でしゃべることをデートって呼んでたけどさ、これが正解だったのかもね。俺はここで彩ちゃんとしゃべることが好きだったんだろうね」
「なんか、もう嫉妬すらしないよ。2人の関係が羨ましいよ。お互いがいることで完成した人生なんだろうね。私はその中に少しでも入られることが嬉しいよ。あーあ、学生時代にそんな経験ができていたら変わっていたのかもなー。沖縄にいたらもっと楽しめたかもしれないな。」
「なんか、ないものねだりなんだね、結局。俺は東京に憧れていたけどさ、今帰ってきたらすごく良い思い出ばっかりだなって思うよ」
「そうだね、今あることに満足した時、そのままで良いと思えることと、まだまだもっと別のものも試したいって時があるね。みつき君はどっちの感覚も大事にした方が良いよ!その方が自由でいられるよ!」
「そうなのかも、東京に行ったって、沖縄にいたって、周りの人と幸せでいられたらそれでいいね」
「大人になったね、みつき君」
「母さんみたいなこと言うなっての」
この近くに住む、我らがバスケ部のキャプテンだった
「彩ちゃん?ああ、全然会ってないね」
「そっか、ありがとう」
「何、喧嘩したの?あ、浮気?その子が浮気相手?」
「あ、違います。二番目の女です」
「やめてよ綾ちゃん、そんなんじゃないでしょ」
「なんか、みつき変わったな、良い意味で。あの頃は、別に嫌いじゃないけど、いじっていいのかわからないし、さやちゃんがいないと部活以外で遊ぶこともないし、なんか接しずらかったよ。今の方がいいよ」
「変われてるなら良かったよ。職場ではいじられっぱなしだよ」
「へえ、東京の有名企業だったよな」
「そうそう、私も一緒なんだけど、彼は別の部署で、超小さい建物にいるの」
「綾ちゃん、言わなくて良いって」
「なんだよ、お前も俺らと変わらねーじゃん!俺らたまに集まってバスケしてたりするから、お前もこっち来たら連絡しろよ」
「おう、ありがとな」
「あ、そういえばさ、この前集まった時の集合写真を使ってお前がマッチングアプリに登録してるって噂聞いたけど、どうなの?」
「え?みつき君まだやってるの?最低」
「もうやっていないって、消したよ」
「え?みつき、本当にお前なの?」
「いや、もういいよ、綾ちゃん帰ろう」
俊太と話すのは楽しかったが、これ以上恥をかきたくなかったから足早に俊太の家を出た。
「いるじゃん、ちゃんと友達」
「うん、こうやって自然に話せるのも綾ちゃんのおかげだよ。ついてきてくれて本当にありがたいよ」
「なんか面白いよ、普通の旅行じゃなくてさ、みつき君の青春を取り戻しているようで」
「そうだね、帰ったら綾ちゃんの地元も紹介してよ!お母さんにも会ってみたいし!」
「いいよ、うちのお母さん、もう結婚にうるさいから覚悟しててよ!」
「綾ちゃんはさ、なんでまだ俺のこと好きでいてくれるの?」
「自惚れちゃってー、普通に怒っているんだからね!でも、それ以上にみつき君といると楽しいよ!彩さんがみつき君の支えだったように、みつき君は私の支えになってるよ!」
「優しいんだね、綾ちゃんは本当に」
「見つけたいね、彩さん」
「うん、俺も彩に、綾ちゃんと会ってほしくなってきた」
彩に会うために沖縄に来たが、沖縄をめぐることも、友達に会うことも、思い出の場所に行くことも楽しかった。それに、綾ちゃんとの旅行がただただ楽しかった。綾ちゃんは俺のことをもっと知りたいと、たくさん話を聞いてくれた。だから、たくさん思い出話をしてしまった。
「ここの喫茶店はさ、マスターが渋くて、メニューがコーヒーしかないんだよね。コーヒーに手作りチョコレートがついてくるの。それでさ彩はコーヒー苦手だけど、俺が大学の課題をよくここでやるから彩もついてきて、ちびちびコーヒーを飲むんだよね。無理しなくていいのに、我慢しながらちびちび飲むから、マスターもあきれちゃって、彩にだけミルクをつけるようになったんだよ。我慢してコーヒーを飲んだ後にさ、美味しそうにチョコを食べるんだよね」
「何それ、彩さん大人な感じだから、コーヒーとか好きな感じするけど。へー、意外とそんなところあるんだ、かわいいね!」
「うん、その姿がさめちゃくちゃ可愛くて、コーヒーを飲むたびその光景を思い出すんだよね」
「みつき君はコーヒー好きだよね、おうちにもコーヒー作る機械あるしね。毎日飲んでるよね」
「綾ちゃんも飲むじゃん!」
「本当は飲めなかったんだけどね、みつき君が毎日飲んでるから、私も飲んでみようと思って挑戦してみたらハマっちゃった!」
「あ、そうなんだ。知らなかった」
「みつき君はもっと私を知るべきだよ」
「はい、勉強します」
喫茶店が開いていたので入ってみた。マスターは俺のことを覚えてくれていた。
「兄ちゃん久しぶり、コーヒーでいい?」
「お久しぶりです。もちろんです!」
マスターは俺にコーヒーを、綾ちゃんにコーヒーと牛乳を持ってきた。綾ちゃんは笑っていた。
「なんか、彩さんになれた気がした。嬉しい!」
「綾ちゃんは綾ちゃんだよ。だから好き」
綾ちゃんは照れ隠しなのかコーヒーをがぶ飲みして、苦い顔をした。口直しに、美味しそうにチョコを食べていた。マスターに彩をみていないか聞こうか迷ったが、やめておいた。彩が1人でここに来るはずがない。会計時にキャッシュレスが導入していることに驚いた。コーヒーしか出さない頑固なお店だと思っていたが、俺よりも全然現代的な気がした。
その後も、昼も食べずに、彩の情報を集めたが、なかなか集まらない。誰1人として、1ヶ月くらい彩をみていないらしい。彩は仕事用のアカウント以外、SNSをしていないようで、どこからも情報を得ることができなかった。
少し休憩をしようと、海に向かっていた。
「彩さん、他に苦手なことはないの?」
「うーん、色々あったよ。完璧ってわけじゃないし、完璧を気取っていなかったからね」
「なんかみつき君の話聞いたり、写真で見た感じだと、容姿端麗、才色兼備、完全無欠って感じだとおもっていたよ!」
「俺が惚れてるからだろうな、良い場所しか見えてなかったのかもしれない。かといって悪い場所なんてないけどね」
「ふーん、やっぱり好きなんだ、まだ」
「うん。ごめん、彩も綾ちゃんも、どっちも好き」
「わかってる?言ってること最低だよ?怒っているんだからね!」
「笑ってるじゃん」
「みつき君だから許す。私は、どっちを選んだって構わないよ!でも、もし負けるなら、どんな相手に負けたのか知りたいし。これは私のゲームでもあるの!」
「ゲームか、そういえば、彩はゲームがめちゃくちゃ下手くそだったよ。俺もだけどさ」
「そうなの??」
「うん、彩も俺も、ゲームをやったことがない人間だったから、一人暮らし始めてすぐに買ったんだよね。でも、どのゲームも一向にクリアできなくてさ、途中で投げ出してたんだよね。もうほとんどやらなくなったけど」
「今もあるかな?」
「あると思うよ、どうせ東京でもやらないと思って、置いていったから」
「今から、やりに行こうよ!もしかしたら、その家にいるのかもよ?」
「いるかな」
「わかんないけど、やりたい、私ゲーム得意なの!」
「海はいいの?」
「いいよ、2人の住んでいた家に行きたい!」
最初に探すべきだったのかもしれない。まずは、あの家にいないことを確認してから、他を探し始めるべきだった。でも、できれば行きたくなかった。そこが俺の知らない場所になっているのが怖い。そんな場所に彩がいる気がした。俺の知らない誰かと、俺がいた場所で、俺の知らない日常を送っているのかもしれない。もし、もしもそうだとしたら。会わない方が良いんじゃないかという気がしてきた。お互い、それぞれ別の相手と一緒になれば、ゲームクリアにならなくたって、一番幸せな選択肢なのではないか。
「大丈夫だよ!私、ゲーム得意だから、投げ出していたものだって絶対にクリアできる!」
どっちの意味で言ったのかわからないが、多分別の意味だが、綾ちゃんは心強い。今日だってずっと俺を助けてくれた。綾ちゃんとなら大丈夫かもしれない。向き合おう、受け入れよう。目的地を2人で暮らした家に変えた。
「ここをもっと北にいくとさ、外国人が、ほとんどアメリカ人なんだけど、多い地域になるんだよ」
「うんうん」
「英語の勉強はわざわざここでやっていたんだよね、生の英語が浴びれるとかカッコつけて。そしたら、彩もついてきてくれるわけ。英語教えて欲しいって、英語は俺の方ができたからさ」
「ほうほう」
家が近づいてきて焦った俺は、自分を落ち着かせるために思い出話を延々と語っていた。綾ちゃんはもう飽きているはずなのに、それでも笑って聞いてくれた。
「それでさ、たまに道を尋ねられるの、外国人に。俺はいざ英語を使うぞってなるとテンパって言葉が出てこないの」
「わかるわかる」
「でもさ、彩は、俺よりも英語を知らないはずなのに、すらすら会話しているのよ」
「わかるわかる」
「それでさ、たまたま彩のノートを見ちゃったことがあって、英語がびっしり書かれてるのよ。俺が教えたことがないような部分も書いてあるの」
「なるほど」
だんだん綾ちゃんの相槌が雑になっていることには気づいていたが、それでも話続けた。
「それで、俺に隠れて勉強していたんだと思って。なんか嫌だったの、英語できないふりをして俺に気を遣ってるみたいで」
「はいはい」
「でもさ、ページをめくっていくと気づいたんだけどさ、道を聞かれた時を想定したあらゆるパターンの会話を書いていたのよ。付箋とか貼られててさ、何度も繰り返し暗記していたんだろうね」
「ごめん、途中聞けてなかったけど、すごく良い話」
「正直だな!でもすごいよね、そんな彩にはさ、吸い寄せられるように道に迷った人が集まるわけ。ほとんど毎回道を聞かれてたよ。その度にみつきが教えてくれたおかげだって言ってさ、もうなんのために英語なんて勉強しているんだろうと思ってやめちゃったよ」
「素敵だね綾さん。困っている人を助けたいって人なんだろうね」
「だから一緒にいてくれたんだな」
もうとっくについているのに、近くのコンビニに駐車して、話し続けていた。
「このコンビニも、よく2人で行ってさ。家族で経営しているんだよね」
「うん。みつき君、ここで何か買って行こうか、そろそろ」
「そうだね」
コンビニに入ると、レジにいたおばちゃんが驚いたようにここをみたのがわかった。
「お久しぶりです」
「久しぶり、みつき君!今までどこ行ってたの!」
「東京に就職して。お世話になってたのに、挨拶できていませんでした。すみません」
「いいのよ」
「あの、彩さんは来ていませんか?」
綾ちゃんが聞いた。
「あ、さやちゃんじゃないのね、いつもみたいに2人だと思った。さやちゃんもたまに来ることがあったけど、最近は見てないわね」
やはりここにはいないのか。
「やっぱり、2人別れちゃったんだね、あんなに仲良かったのに。さやちゃんも別の男の人と来てたみたいだし」
「え、男とですか?」
「うん、私は見ていないんだけどね、娘が見たって言ってた。背が高いイケメンだったって」
「ちょっとお母さん、どっちにも失礼でしょ!本当空気読めないんだから」
後ろから娘さんが現れてこちらに頭を下げた。肩を落とした俺に気を遣って綾ちゃんは場を明るくしてくれようとした。
「私はみつき君の彼女じゃないので、大丈夫です!それより、みつきくんと彩さんて、どんな感じだったんですか?」
「もうね、バカップルそのものって感じだったよね母さん」
「そうそう、最初は変なゲームをする2人だなって思ってたの」
「ゲームですか?」
「うん、なんかね、最初はしりとりでもしてるのかなって思ったんだけど、全然言葉がつながっていないの。よく聞いたらね、お互い何個か適当な単語を言うの。それで、1番適当な単語を言った人が勝ちってゲームでね、負けた方が奢るってゲームらしいんだけど、来るたびにそのゲームをやってたんだよね」
「そうそう、それでね、勝ち負けなんて決まらないからお互い毎回交互に負けを認めてるのよ。それがおかしくて、途中から私が審査するようになったの」
「お母さん毎日2人が来るの楽しみにしてたよね、こうやってボードも作って2人の勝敗を記録していたくらいだよ!」
娘さんが見せてくれたホワイトボードには消えかかっているが、確かに彩と俺の名前の下に、正の字で勝った数が記されていた。彩の圧勝だ。
「なにそれ、成立していないクソゲーじゃん!」
「いや、本当に、毎回騒いじゃってすみません」
「なに言っているの、2人はうちの名物客なんだから、最近見ないねって他のお客さんも残念がっていたのよ」
「みつき君、私もやりたい!」
「いやだよ、流石に、恥ずかしい」
「いいじゃない、私たちも見たいし!」
「じゃあ、私から!」
客もいる中で綾ちゃんは急に始めた。
「ナス」
仕方なく俺も乗っかった。
「レッサーパンダ」
「ゾウ」
「ネパール」
「オランダ」
「イチゴ」
「ブドウ」
「イチゴの入ったバケツ」
「ブドウの入ったカゴ」
「イチゴいっぱいのバケツジュース」
「ブドウいっぱいの、ちょっと、なにそれ」
「そこまで、さすがね、勝者みつき君!」
俺がガッツポーズをすると周りのお客さんが拍手した。その一連の流れがあまりにも可笑しくて、懐かしくて、声を出して笑った。暖かい空間の中で、負けたことに納得のいっていない様子の綾ちゃんがアイスを買ってくれた。
おばさんがホワイトボードの俺の名前の下にスコアを記録しようとしたがやめてもらった。今回のはエキシビションマッチということにして、俺たちは車に戻った。
「いいなーこんなにくだらなくて楽しい生活だったんだ」
「本当くだらないね、なにしていたんだろ俺たち」
「本当に来てよかった!私楽しいよ!」
「全部綾ちゃんのおかげだよ。ありがとうもう大丈夫だから」
「うん、アイス溶けちゃうし、いこっか!ゲームしよ!次は私が勝つ番だから」
まず見えたのは、俺の車を停めていた位置に停められた見覚えのない高そうな車だった。車は彩が使うと思い置いていった。なのにどういうことだ。もしかしたら引っ越したのか?確かに、もうここに住んでいる必要もない。彩もお金はあるだろうし、その可能性もある。
それとも、彩の新しい相手の車か?ここで一緒に住んでいるのか?どっちだったとしても、これ以上俺が首を突っ込むことじゃない気がしてきた。とりあえず邪魔にならない適当な位置に車を停めた。瞬間、頭がフラフラしてきた。過度な緊張のせいだろうか。でも、これ以上綾ちゃんに心配をかけたくない。とにかく確かめにいくんだ。
重い足をゆっくり持ち上げて一段一段、階段を登った。いつもは2、3段ずつ楽々と駆け上がっていた階段が、今は一段ずつ足をかけるのがやっとだ。久しぶりに朝から運転をし続けていたせいもあるかもしれない。ただ、体が嫌がっているのを感じた。上に行きたくないと。
やっとの思いで玄関にたどり着く。たった10段を上るのに数時間かかった気がした。玄関を見て安心した。俺のお気に入りの傘がそこにはかかっていた。
「俺の傘だ、俺が使っていたやつだ。彩はまだここにいるんだよ」
「やっと、やっと、手がかりを掴んだ感じだね!よかった!」
「あ、鍵が。鍵がない」
そうだ、鍵を持っていなかった。中に入ることができない。そうだ、彩がまだこの家にいることはわかった。車もないし、今は出ているようだが、帰ろう。また明日にでもきたら良い。今は安心して帰りたい。
ピーンポーン
隣を見ると、綾ちゃんがインターホンを押していた。緊張がはしる、彼女も緊張しているようだ。
中から足音がした。彩ちゃんが来る、心の準備ができていない。どうしても緊張に耐えられず、後ろの壁に寄りかかった。この壁に寄りかかると服が汚れることは知っているが、関係なかった。真っ直ぐ立つことができない。隣の綾ちゃんも同じような体勢だった。下を向き、目を瞑った。
ガッチャという音とともに「はい」という声が聞こえた。目を開けられなかった。上を向くことができなかった。
彩の声じゃない。男の声だった。
「あ、もしかしてひかる君?それと、綾ちゃん?」
自分の名前が呼ばれた条件反射的に顔を上げた。そこには俺より背の高い、年上であろう男が立っていた。
「気安く呼ぶなよ、俺の家なんだけど。誰だよお前」
「あ、ごめんね、
マスクを外した男の顔は、確かにカッコ良かった。
「彩はどこにいるんだよ」
「あ、それがね、今僕のところにいて、彩ちゃんに頼まれて荷物を取りに来たんだ。あ、車邪魔だよね、ごめん今移動するね」
ああ、そういうことか。やっぱり、もう新しい男がいたんだな。頭がくらっとしてそのまま倒れ込んだ。
終わった。ここまできて、なんの意味もなかった。最悪の結果だ。
駆け寄ってくる綾ちゃんの、シャツについた白い汚れを見ながら気を失ってしまった。
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