第15話 汚れたカーペット

 記憶の中のその部屋は家屋の二階にあった。備え付けられた電球に明かりは灯っておらず、人の頭ぐらいの大きさの灰色の窓から差し込む陽の光だけが内部を照らしている。


 床には緑色のカーペットが敷かれている。ぼくはそのカーペットの上で両足を投げ出し、異様に高い天井を見上げていた。直立する柱に立てかけてある梯子が天井の隙間の暗闇に繋がっていて、屋根裏部屋へ続いているらしい。


 室温は、少し温暖な感じがする。あまり密閉された空間というわけではないが、少し動く度に舞う埃の量は、息苦しく、目を開けているのが苦痛になるほどだった。


 瞳を閉じ、温かい布の上に身体を横たえる。明らかに不衛生であったものの、全身を覆う気怠さはあらゆる運動行為に対する意欲を失わせてしまう。


 頭の中がぼーっとする。意識の低迷。肺に入ってくる異物を抑えようと、自然と呼吸も衰えている。身体をろくに動かしたりせず、身体の内外の汚れにも無頓着で過ごし、怠惰を貪る現状には背徳的な快感があるらしい。


 カーペットの上には大きなワタ埃や、ハエの死骸などがあった。じっくり観察でもすれば、クマネズミの類も潜んでいそうな気がする。悪臭はしなかったけど、意図的に呼吸を抑えているせいかもしれなかった。


 いつまでもここに居ても、ろくなことにはならないな……と、意識の片隅で己に抵抗する意思の声が響いた。でも、重しが圧し掛かっているように身体が重い。手足には微かな痺れもあり、これを動かすのも躊躇われた。


 自分という存在が、カーペットの一部として取り込まれていく感覚。まるでずっと前からそうしていたのだろうかと思い、還っていく場所へと身を投げるような不気味な安心感の虜になっていく。


 陽の光が強まった。薄暗い室内が金色に染まる。ぼくは顔を上げ、窓の外を眺めた。


 外気が視覚化され、紅色の風が宙を舞っている。曇った窓は鮮やかな虹色に輝き、誰かを慈しむ者の清らかな意思が伝わってくる。


 その誰かが、自分でありたい。そう思った途端、ぼくを縛り付けていた布のしがらみは、あまりにも取るに足らない物に過ぎないのだと思い足る。


 ぼくは立ち上がった。この部屋は気持ちが悪い。邪悪の意思の持ち主である悪しき影によって、常に見張られている。そして、それに気づかせてくれたあの光の持ち主に気持ちに応えねば、ぼくもまた邪悪な影の一部にすぎないと認めてしまうのと同義であった。


 その後、ぼくはその部屋の存在を遠ざけた。既に、あの怠惰へと誘う場所はこの世に存在はしていない。


 だが、消すことのできない記憶は、今もなおこちらに向かって手招きをしている。もし、その誘惑に乗ってしまったら、ぼくはまたあの部屋へ閉じ込められてしまうに違いなかった。

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リンデ 来星馬玲 @cjmom33ybsyg

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