第12話 螺旋階段

 カツカツ……と、甲高い靴音の響きが空洞に木霊する。あらゆる音が石壁の奥深い溝の中へと取り込まれ、反響はより奥深いものとして耳にとってもまどろみの時間を提供してくる。


 内部は暗く、通り過ぎてきた下方は闇に包まれている。見上げた先も同様だった。


 松明の類はないのに、自分の周囲だけはぼんやりとした明かりに照らされているのが不思議でならない。あるいは、ぼくに重なっている別の魂が、内なる熱量によってぼくの行く先に色を与えているのかもしれない。


 カツカツ……。


 靴音が繰り返される。リズムは単調だったけど、内部構造による奥行きは、微妙に変化し続ける時の流れを感じさせる。ぼくと共に上層へと移動していく光明もまた、この時の中を生き続けてきたのだろうか。定かではないが、ぼくの知る以上の……ぼくが知り得ない時空の変換を、この明敏な灯は身をもって体感し続けている気がしてならなかった。


 カツカツ……。


 石造りの階段を踏むたびに、ぼくの生きてきた過去、ぼくの知らない所で繰り広げられてきた過ぎ去りし時代を足の裏に踏みしめている。この階段は、堆積している時間の積み重ねなのだ。だから、上を歩く者が踏んで通り過ぎれば、延々と後方の闇の中へと溶け込んでいく。


 過去と未来は、肉体で以て直に感じることができない。今という時間しか見えないのは、それぞれの意識と共に歩む光明が照らしているのが、現在だけであるから。光がなければ、全てのものは形として認識できないんだ。


 カツカツカツ……コツ。


 足を止める。石壁の溝とは異なるものが壁面に移ったからだ。


 穿たれた穴。ぼくは好奇心によって突き動かされ、その穴の中を覗き込んだ。


 真っ暗闇で、何も見えない。ぼくは旅の道連れである光明に対して、自らの視覚に情報を与えてくれることを望んだ。


 光明は応えてくれた。穴の中の構造が明るみに出る。蛇の通り道として誂えられたかのように、とても緩やかな曲線を描きながら奥へと続いている。


 ぼくの視覚が、ぼくという肉体をその場に残して、穴の奥深くへと潜り込んでいく。まるでぼく自身が柔軟な蛇と化したかのようだ。


 もっと奥へ。もっと……。ぼくには未知に対する興味はあれど、恐怖という感情が欠落していた。しかし、その欠落も唐突に取り戻す羽目になった。


 不意に光が閉ざされた。前も後ろも、上も下も……そもそも、ここが空間であるという認識すら失われた。


 ぼくは悲鳴を上げた。すると、あらゆる事象が急速に逆回転した。様々な光景を垣間見た気がするけど、それらに対する記憶は曖昧だった。


 また、あの螺旋階段の自分の肉体に戻ってきた。暫しの間、ぼくは放心状態だったように思う。


 やがて、ぼくは階段を上り始めた。他に、この行き先を知る手段を、ぼくは知らない。

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