第7話 待つ
灰色の横幅は陽の光を吸収し、冷たい闇を広げていた。対照的な白線は光への反発を示し、自己主張が激しい。空の空気は相変わらず乾いていたけど、時折横切る鉄の塊が吐き出す煙から滴る灰色の水が確かな湿り気を周囲にまき散らしていた。
硬いセメントの感触は微かな痛みを催させる。この堅い盤の裏側には、何色の土が積み重なっているのだろう。
幾重にも続き、時の重みを増していった粒子たち。現在という通過点においては、分厚い石灰石によって蓋をされている。蓋の上では今を生きる時の支配者が過去を踏みつけながら謳歌しているのだ。
歩みを止め、ベンチに腰を下ろし、鉄たちのもたらす風のうねりに身を委ねた。左手は腰に合わせたまま、右手をすーっと横に差し伸べる。そして、彼女の手の感触を思い出しながら、そっと握る。
温かい。そう思えるのに、さして時間はかからなかった。彼女の仮の身体はぼくの帰りを待っているけど、彼女の心は常にぼくとともにある。彼女の意思は本来、時の流れとは無縁であった。ぼくによって繋ぎとめられているから、ぼくの認識する時間から覗ける顔しか、ぼくにはわからなかったのだけど。
目の前を、一匹の大型犬が横切っていく。その首輪に繋がれている太いロープの先には、大型犬を御する初老の男の手袋をはめた手がある。大型犬はぼくの方へ僅かな関心を寄せていたように思えるけど、初老の男はぼくという存在へ一切の注意をむけはしなかった。
暫しの間、ぼくは中空を見つめ、隣にいるリンデの温もりを探っていた。リンデはそっと手を握り返し、ぼくの耳元で、煌く星の音色を響かせてくれる。遠い遠い時の調べはぼくへ伝えるにはまだ小さすぎたかもしれない。それでも、ぼくは彼女のもたらしてくれる至福を感じ取るために、全神経を集中させる。
果てしなく遠い。ぼくはまだそこへたどり着けない。リンデはそちらへ導いているようで、逆に遠のいているようでもある。意識の反復運動は、時に縛られた者に課せられた理想への試行なのだろうか。
ぶおおん。向こうから聞こえてくる、至福を遮断する走行音。そろそろ、腰を持ち上げなければならない。
それが間近に迫ると、心は余裕を失い、思考は滞る。ただ、するべき事象を成すための動作に移ることだけが、今からのぼくにできる行動なんだ。
車体が停車し、扉が開かれる。ぼくは傍らのリンデに別れを告げ、ぼく自身がリンデを遠ざけている場所へ足を踏み出す。
そうして、ぼくは自分を閉鎖的な時の歯車に組み込んだ。
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