第3話 エビのゆめ

 川のせせらぎは物静かで、その場にいるだけで時間の経過を忘れさせた。


 ぼくは丸い石が無数に散らばっている河原に立ち、ただその流れをじっと見つめている。陽の光を浴びてキラキラと光る小川は、宝石を散りばめたようであった。


 空は暗く、星は見えないのに、地上は明るかった。川全体が青白く発光しているからであり、優美な空間はぼくの心を優しく絡めとる。


 静かに光る水面で、静寂を破るぱしゃりぱしゃりという音が響いた。見ると、川岸に引っかかっている、赤い色が塗られている缶詰の缶が目についた。ぼくは近づいていき、開けられている銀色の蓋を、ひょいと摘まみ上げた。


 すると、中から何かが落下し、丸石に当たってポトリと音を立てた。それは、一匹の大きなピンク色のエビであった。


 ぼくはエビが先の衝撃で傷ついてはいないかと心配になり、不用意に持ち上げてしまったことを詫びた。エビはひっくり返っていたが、節足をわしゃわしゃと動かして態勢を立て直し、ぼくの方を向いたまま直立した。


 エビは丸い石の上で細い足をぎこちなく動かし、ぼくの方に近寄って来る。ぼくはしゃがみ込んで、健気なエビの相貌を覗いた。


 エビの瞳は人間を思わせた。もっと言うと、ぼくのよく見知っている、ぼくにとっての一番身近な女性の瞳だった。ぼくはエビに手を伸ばし、背中をさすってやる。思っていたよりも背中は柔らかく、慎重に扱ってやらないと、殻が破れてしまいそうであった。


 ぼくは河原に座り、黙ってその流れを見つめた。ピンクのエビもぼくに寄り添う形でじっとしている。こすりつけられる細長い触角が、少しこそばゆい。


 微かな歌声が聴こえてくる。何だろう、と思い、ぼくは耳を澄ませる。歌声はぼくのすぐ傍ら――すなわち、エビのものであると気づくのに、時間はかからなかった。


 ぼくは当初、エビを驚かせてしまったのではないかと気が気ではなかったが、エビは、自分を拾い上げてくれたぼくに感謝しているのだと、歌でぼくに伝えてくれた。


 ぼくが助けなければ、エビは川に流され、ずっと遠くに運ばれてしまっていたのだという。そうなってしまうと、非力なエビはずっと一人ぼっちのままで生涯を終えなければならなかった、と。ぼくはこの綺麗なエビを救うことができたのだと知ると、少し誇らしくなった。


 ぼくは、ピンクのエビと一緒に川の流れを眺めていた。時々、ぼくはエビの背中をさすり、エビも触角を使ってぼくの腰をさする。そうやって、お互いの温もりを確かめ合う。この蒼い幻想的な世界から覚める、その時まで。

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