短編2 Let's share food. ひより&桜也の場合

おしゃれなBGM、レトロな店内、落ち着いたデザインのインテリア。外界よりもゆったりと時間が流れているような穏やかな空間で、私、橘(たちばな)ひよりは一人、目の前の強敵にどのように立ち向かうべきか悩んでいた。

桜也(さくや)との御苑デートの帰り。噂の大人気プリンを食べにお店までやってきて、私はプリンアラモードを、桜也は焼きプリンを注文して、商品が席に運ばれてきたのだが、そのプリンアラモードの一部として、お皿の器の一角に、それは鎮座ましましていた。薄黄色の甘い物体。そう…。その名は、バナナ。

桜也は、プリンが運ばれてくる直前にスマホに着信が入り、席を外している。

油断していた。プリンアラモードなのだから、いろんなフルーツが乗っていて当然だし、そこに、我が宿敵たるバナナ様がいらっしゃる可能性もあるわけだ。苦手な食べ物がある人間として、注文前にその食べ物が使われていないかを確認するのは必須だ。それを怠った時点で、私の負けは確定している。高校生にもなって、自分から注文した物を、嫌いな食べ物だからと言って残すのは、私のプライド的にも、常識的にもよろしくない。

つまり、私はこのバナナをなんとしても食す必要があるわけだが、普通に食べることはできない。身体の拒否反応によって、お店にご迷惑をおかけすることになるだろう。

私は、一度深く息をつき、紅茶を飲んで、対戦に向けて精神を整えつつ、作戦をねる。

まず、バナナ単体との戦いは不可能。プリンで口の中を甘くして、直後にバナナを口に放り込み、すかさず紅茶で流し込む。むせてしまう危険を伴うが、バナナの味をダイレクトに感じないことと、口の中に入れておく時間を最小限におさえるためには、この作戦が最良だ。お皿にのったバナナは二つ。2回くらいなら、この作戦で乗り切れるはず。

「よし!」

いざ、気合いを入れて作戦実行である。

まずは、プリンを一口食べる。めっちゃ美味しい…。と、感動に浸る間を作らず、バナナを口に入れる。さすがにかまずに飲み込むことはできないので、素早く数回かんで、一気に紅茶で流し込む。

作戦成功。むせることなく飲み込むことができた。私を甘く見るなよ。苦手な食べ物を食べるくらい、どうってことない…。

「うっ」

あー、ダメだ…。涙出てきた…。

今、座っている席が壁際で助かった。私自身が壁を向いて座っているから、他のお客さんにも店員さんにも、私がバナナを食べて涙目になっているという、情けない様を見られることはない。でも、おそらくバナナを口に入れて飲み込むまで、私の表情はものすごく歪んでしまっていたと思う。桜也が席を外していてくれて助かった…。

だけど、奴はあと一切れ残っている。桜也が戻ってくる前に、残りのバナナも食べておかないと…。

「あ、もうきてたんだ。

え、ひよ、なんで涙目なの?」

つんだ…。桜也は戻って来るなり、私の顔を覗き込んでくる。

「いやー、プリンが美味しくて、つい涙が…」

桜也は、私がバナナが苦手なことを知っている。だけど、高3にもなって、苦手な食べ物を食べて泣いていたなんて、恥ずかしくて言えない。

「ひよりさーん、目が泳いでますよー。

…あ、バナナ…。

バナナ食べられたんだ。頑張ったね、ひよ」

「え?なんで、私がバナナ食べたってわかるの?」

お皿には、バナナが一切れ残っているから、バナナの存在には気が付くだろうけど、私が既にバナナを食べているかどうかは、手をつける前のプリンアラモードを見ていない桜也にはわからないはずなのに。

「だって、他の果物は二切れづつのってるのに、バナナは一切れだし、ちょうど一切れ分くらい隙間ができてるから、先にバナナを一切れ食べたのかなって」

「おー、名推理」

私がパチパチと手を叩くと、桜也は苦笑いを浮かべる。

「どうも。

にしても、涙目になってまで頑張って偉かったね。

もう一切れは、俺が貰おうか?」

「いや、自分で食べる。ちゃんと克服しなきゃ」

私は、桜也の優しさを気持ちだけ貰って、再びバナナに挑む。

まず、プリンを一口食べて、すかさずバナナを…。

「うっ」

ダメだ。今回は、バナナを先割れスプーンで突き刺す前から、スプーンを持つ手が震えてしまって、なかなかバナナに手を出すことができない。正直、さっき一切れバナナを食べたとき、かなり息苦しくて、やっとのことで飲み込めたような状態だったので、あと1回とはいえ、またあの苦しみを味わうのかと思うと、食べる前から拒絶反応が出てしまう。

「ひよ。苦手な食べ物を克服しようとするのは偉いけど、無理はよくないよ。

特に、ひよのバナナ嫌いは、ただの好き嫌いとは違うんだから、無理して食べるのは、克服には逆効果だよ」

「で、でも…」

私が桜也を見ると、桜也は心配そうな顔でこちらを見ていた。

確かに、桜也の言うとおり、私のバナナ嫌いは一般的な好き嫌いとは違うのかもしれない。

7歳の頃、私は高熱を出して寝込んで、食欲もほとんど沸かないほど弱っていたんだけど、薬を飲むために何か食べないといけないということになって、その時は大好きだったバナナを食べた。だけど、食べた直後に気持ち悪くなって、盛大にリバースしてしまった。当然、原因はバナナではなく体調不良だったけど、それからというもの、バナナを食べると、あの時の苦しさが思い出されて、心臓がバクバクしたり、息苦しくなったりして、10年経った今でも、その症状が消えていない。

とはいっても、しばらくは、バナナを見たり香りを嗅ぐだけで気持ち悪くなっていたが、なんとか努力して、少しずつトラウマを克服しつつある。

リバースする以前は、美味しくバナナを食べていた。むしろ、フルーツの中で一番好きなくらいだった。今だって、バナナ味のお菓子とかは普通に食べられる。

だから、生のバナナも気合いで食べ続けていれば、そのうちトラウマを克服できると思うんだけど、なかなか上手くいかないんだよね。

これが、バナナの味が嫌いとかなら、無理して食べられるようになろうなんて思わないだろう。現に他にも苦手な食べ物はいくつかあるけど、それらを美味しく感じられるまで頑張って食べ続けようとは思わない。でも、バナナに関しては、苦手な理由がバナナ自体になくて、元々好きだった食べ物がトラウマのせいでずっと食べられないままというのは、どうも解せない。

私がうつむいてバナナを見つめていると、桜也が私の名前を呼んだ。顔をあげると、桜也が自分の焼きプリンを一口掬い取り、

「はい、あーん」

と、こちらにスプーンを差し出してくる。

私は条件反射で口をあけて、その焼きプリンを食べた。表面がほんのりこうばしくて、その分中身の濃厚な甘さが際立っていてとても美味しい。

「美味しい?」

突然のことに呆然としたまま、私はこくりとうなずく。

「じゃあ、お返しにひよのも貰っていい?」

私は、またうなずく。

「ありがとう」

桜也はにこりとして、私のプリンアラモードのお皿からバナナを取って食べてしまった。

こちらが突然のあーん攻撃に動揺している間に、あまりにスムーズにバナナをかっさらって…ではなく、貰ってくれた桜也に、私は頭を下げる。

「バナナ、食べてくれてありがとう」

「強引に貰っちゃってごめんね。

ひよの顔色がどんどん悪くなってたから、ついね」

「え、そんなに顔色悪くなってた? ちなみに今は…?」

「もう大丈夫だよ。慌てなくても、いつでもひよは可愛いから大丈夫」

「…そういうことは聞いてないの」

桜也は、いつもこうやってさらっと褒めてくれるから、やられる側としてはふいにやってくる胸キュンでしょっちゅうドキドキさせられて、毎回ペースを乱されてしまって困る。

私がてれて赤くなった顔をごまかすようにそっぽを向くと、

「ごめんごめん。すねないで。

…その反応も可愛いけどね…」

「だーかーらー」

「こっち向いてくれたね。ひよは反応が素直だから、ついからかいたくなっちゃって。ごめんね」

「それって、子どもっぽいってこと?」

私は、まだムスッとして桜也を見つめる。

「違うよ。可愛いってこと」

今度は、さっきまでのからかい混じりの言い方ではなく、まっすぐ目を見て「可愛い」と言われてしまった。同じ言葉でも、本気で言われると胸キュンどころではない。心臓がバクバクしてくる。

私は、桜也と目を合わせていられなくなって、ばっと下を向いた。

「…それはどうも…」

てれているのを隠したくて、少しぶっきらぼうな反応になってしまった。

すると、桜也が私の頭を撫でてくる。

人がたくさんいるお店の中でこんなことされるなんて、余計に恥ずかしい。

「…桜也、人に見られるよ。恥ずかしいから…」

「誰も見てないから大丈夫。

それに、二人きりだったらこのくらいじゃ止められなかったから。必死に押さえてこれなんだ。許して」

桜也は、周囲に聞こえないように囁きながら、頭を撫でていた手を離して、そのまま、うつむく私の頬にそっと触れる。

「…もう…バカ」

さっきの御苑でのやり取りが思い出されて、またドキドキしてしまう。

元々、「可愛い」って言うのも頭を撫でるのも、桜也の癖みたいなものだったけど、やっぱり御苑でのやり取りから、桜也の雰囲気が変わった気がする。

我慢は辞めると言っていたけど、明らかに優しいお兄さんってだけじゃない、男の人って感じが増している。

初めてキスして、私が過剰に意識しているだけなのか、本当に桜也の言動が変化したのか、まだよくわからないけど、あれからまだ2時間も経っていないのにこんなに何度もドキドキさせられている。桜也といて、こんなに激しくドキドキさせられ続けるのは初めてだ。

こんなんでこの先、私の心臓は保つのだろうか…?

そんな、幸せな不安を感じた、春野午後だった。

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