『シェフィ』ある日のボドゲ部(仮)の活動

くれは

「一人で遊んでた」

 第三資料室という名前の小部屋。わたし──大須だいす瑠々るると、かどくん──かど八降やつふるくんは、その部屋でボドゲ部(仮)カッコカリの活動をしている。活動内容はもちろん、ボドゲ──ボードゲームで遊ぶことだ。

 いつも角くんはその大きなリュック──カホンという楽器を運ぶためのバッグらしい──からボドゲを取り出して、それを二人で遊ぶのだけれど、今日はなぜかスマホの画面を見せてきた。

 画面には「シェフィ」という文字と、その下に──これは羊なのかな。瞬きをして角くんを見上げる。


「ちょっと実験。大須さん、前にテレビゲームだと入り込まないって言ってたでしょ?」


 角くんの言葉に頷く。わたしには、ボードゲームを遊ぼうとするとその世界に入り込んでしまうという体質のようなものがある。その体質は、どうやらボードゲーム限定でテレビゲームでは発生しないみたいだった。

 だからといって、ゲームを楽しめるかというと別の話で──もしかしたらと思うとちっとも楽しめる気がしなくて、だからわたしはゲーム自体を避けて生きてきた。

 だというのにボドゲ部(仮)でこうやってボードゲームを遊んでいるのは、自分でもなんでだろうと思ったりするけど──わたしは角くんの顔を見上げる。目が合うと、角くんは穏やかに微笑んで首を傾けた。

 とにかく最近は、こうやって角くんとボードゲームを遊んだりもしている。体質は相変わらずだし、角くんも巻き込んでボードゲーム世界に入り込んでしまうのだけれど、角くんはいつも面白がって、フォローしてくれて、わたしをその世界の中で遊ばせてくれていた。


「前はそうだったよ。すごく前の話だけど」

「このゲーム、元がボドゲなんだよね。ボドゲのアプリ版。これで遊んだらどっち判定なんだろうって気になって。もし、アプリ版は入り込まないなら、アプリ化されてるゲームなら普通にゲームとして遊べるってことになるよね」

「それはそうかもしれないけど……わたし、そこまでしてゲームを遊びたくないよ」


 あまり乗り気でない声を出してしまったわたしを許して欲しい。だって、ゲームなんてずっと怖いものだったし、楽しいなんて思ったことがなかった。少しでも楽しいって思えるようになってきたのは、本当につい最近──角くんと遊ぶようになってからだ。


「まあ、無理にとは言わないけど。アプリ版が大丈夫なら、大須さんとプレイヤーとして対戦できるんだな、って思いついちゃったからさ」


 角くんのその言葉に、わたしは首を傾ける。いつも思うけど、角くんのこのボードゲームへの情熱はなんなんだろうか。


「怖いゲームじゃない?」

「イベントカードの中には怖いものもあるけど、全体の雰囲気としてはほのぼの。お化けが出てきたり、びっくりさせたりみたいな要素はないよ」

「わかった。どうしたら良い?」

「『ベーシックモード』っていうのを押して」


 言われた通り、画面の左側に並んでいるメニューらしきものから「ベーシックモード」という文字をタップした。「ベーシックモードで遊びますか?」という画面が出てきて「決定」を選ぶ。

 緑色の画面に切り替わって、そこにカードが並んでいる。角くんが画面を覗き込んで、わたしを見る。


「ゲーム世界、入ってないね」

「え、これ、もうゲーム始まってるの?」

「始まってる。試しに、この『増やせよ』ってカード使ってみて」


 角くんに言われて、画面下側に五枚並んだカードの中から、『増やせよ』と書かれたカードをタップする。画面の指示の通りにフリックする。

 ちょっと気の抜けた「増やせよ」という声。それと同時にメエェーという鳴き声。そして、画面の真ん中に羊が三匹並んだ「3」と書かれたカードが増えた。


「ゲーム、遊べてるね」


 ぽかんと角くんの顔を見上げると、角くんは嬉しそうに笑った。




「それにしても、基準はどこなんだろうね。最近だとアプリと連動したボドゲもあるけど、そういうのはどういう扱いになるのかな。あと、VRを使ったボドゲとか」


 ボードゲームのアプリ版なら世界に入り込まずに遊べるという事実に、角くんはなぜかすごく喜んで、スマホの中をあれこれ眺め始めた。


「ああ、でもまずは普通に遊びたいよね。『パッチワーク』、『アセンション』……あ、これは日本語化されてないんだっけ。『それは俺の魚だ!』は日本語化なくても言語依存ないからいけるかな」


 ボードゲームの世界に入り込む時、わたしはいつもプレイヤーだ。角くんはわたしに巻き込まれてそこにいるだけで、いつもわたしにルール説明をしてくれて、ゲームを遊び慣れていないわたしのフォローをしてくれて、それでもそれなりに楽しんでいる様子だったけど、やっぱり角くんも遊びたいんだろうな、なんて思った。


「そっか、いつもごめんね」

「え、なんで急に」


 角くんが手を止めてわたしの方を向く。


「わたしと一緒だと、角くんはボードゲーム遊べないんだなって思って。いつも、わたしが遊んでるの、見てるだけになっちゃうから」

「んー……」


 角くんが、何かを考えながらスマホを長机に置いた。


「俺としては、大須さんとボドゲ遊ぶの、すごく楽しいよ」

「でも、やっぱりプレイヤーとして遊びたいんじゃない?」

「それは……そうだけど、でも、それはそれ。こういう言い方、大須さんは嫌かもだけど、ボドゲの中に入るの、楽しいし。むしろ、俺の方がいつも遊んでもらってると思ってるよ」


 角くんがわたしの顔を覗き込む。目が合うと、にっこりとした笑顔になる。


「俺は、最近になってボドゲカフェとか、あとボドゲ会みたいなところにも行くようにもなったけど……その前は、遊ぶ相手がいなかったんだよね。今はアプリでネット対戦もあるけど、そもそも小学生の時はネット対戦の環境もなかったし。それに小学生の時って、ポケモンかスマブラかマリオか……あとなんだっけ、友達と集まってもそういう感じでボドゲの出る幕なくってさ。まあ、俺がうまく勧められなかっただけなんだけど」


 ボードゲームは、プレイヤーがいないと遊べない。わたしが入り込むゲームの世界には、なぜかわたし以外のプレイヤーもいて、それでうまくゲームが遊べている。そういう状況も、もしかしたら角くんにとっては羨ましいものなのかもしれない。


「じゃあ、その頃は、あんまりボードゲームを遊んでなかった?」

「一人で遊んでた」

「一人で?」


 どういうことだろうと訝しむわたしに、角くんはいつもみたいにのほほんと笑った。


「ゲームボードを広げて、その周りに四人分のセッティングして、一人でその周りをぐるぐる回って、四人分のプレイをするんだ」


 その光景を想像して、わたしはなんとなく、気の毒な目で角くんを見てしまった。角くんも、わたしの視線に気付いたんだと思う。ちょっと頬を染めて、照れたように目を伏せた。


「一人だと、どうしても限界はあるんだよね。お互いの手の内を知らないことにしないといけないし。あ、でも、最近でもやるんだ、これ。ルールを確認したい時とか、プレイ感を掴むのにはちょうど良くて。一回一人でコンポーネント並べて遊んでおくと、どうやってインストするかのイメージも湧くし」

「そうなんだ……」


 角くんの言葉のほとんどはわたしには理解できなかったけど、とにかく角くんはボードゲームが好きで、ボードゲームを遊びたくて──角くんのボードゲームに対する情熱はこれなのかもしれない、と思ったりした。


「あ、それに、最近はソロルールがついてるボドゲも多くてね。ソロ向けのゲームもあるし。さっきの『シェフィ』も一人用ボドゲだよ」

「一人用?」

「そう。遊んでみる? 『シェフィ』は実物もあるよ。羊を千匹まで増やすゲーム」


 わたしは千匹の羊をちょっと想像しようとして、でもうまく想像できなくて、リュックから箱を取り出そうとする角くんを止めた。


「今日は、アプリの方で良いかな」


 わたしがそう言えば、角くんはわたしを見て嬉しそうに笑って、スマホを差し出してきた。そこには、さっきの羊が並んでいる画面。


「このゲーム、真ん中の列にいる羊を全滅させないように千匹まで増やすゲームなんだ。一番下のカードが自分の手札。とにかくこの手札を一枚、必ず出さないといけない。出したら、そのカードの効果が発動する。そしたら手札が補充されて、また手札から次の一枚を出す。この繰り返し」


 スマホの画面を指差しながら、角くんの説明が始まる。いつもと違って、第三資料室にいるまま、制服姿のまま、二人で向かい合って。

 手札のカードを出すと、羊が増えたり減ったりする。わたしは何度も失敗して、羊はなかなか千匹まで増えない。いつもの通り、プレイヤーはわたしで、角くんは見ているだけ。時折、ヒントを出してはくれるけど。


「角くんは、遊ばなくて良いの?」


 何回目かの失敗の後にそう聞けば、角くんはいつもみたいに穏やかに微笑んだ。


「俺も、大須さんと一緒に遊んでるよ」

「でも……」


 角くんはちょっと考えた後に、「じゃあ」と言ってわたしからスマホを受け取った。そして、「ベーシックモード」ではなく「チャレンジモード」を選択する。

 これは後で聞いたのだけれど、「ベーシックモード」は羊が千匹になったら終わりだけど「チャレンジモード」は千匹を超えて羊を増やし続ける遊び方らしい。羊カードの最大は「1000」で、置けるのは最大七枚、つまり最大七千匹。

 そしてわたしは、プレイヤーとしてゲームを始めた角くんが、鮮やかな手付きで羊を七千匹まで増やす様子を呆然と眺めることになった。


「え、何それ、今のどうやったの?」

「見ての通りだよ。カードの引きにも左右されるから、今日は運が良かった」


 わたしはその後も何度も失敗して、悔しくて、家に帰ってから自分のスマホに『シェフィ』をダウンロードしてしまった。ゲームのアプリをインストールしたのは初めてだった。

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