第四話
一週間が経った。
このところ寒川が取材に出る機会が多くなっている。今日は珍しく編集部にいるが、こっちにいてもどこかに電話をしていたり、コピーされた書類を読んでいたりとかなり忙しそうだ。
特集のことはまだ寒川からなにも言われてないが、それ以外にも彰がやるべき仕事はあるため、平端社を訪れる頻度は以前よりも少なくなったものの、まったく来なくなったわけではない。むしろ記事の調節やインタビューの書き起こしなど、こまごまとした仕事が多くなった分仕事量は増えていた。
編集部の扉が開いた。モニター越しに覗くと、スーツを着た、見たことのない男性が立っていた。
「こんにちは」
編集部を見回す男に声をかける。
「こんにちは。寒川と約束をしたのですが、いらっしゃいますか?」
冷蔵庫のホワイトボードを見る。彼女の欄には何も書かれていなかった。そういえば、三十分前に下に降りてから帰ってきていない。
「すみません。いますぐ呼んできますね」
背の低いパーテーションに囲まれた小さな応接セットに通そうとしたが、「おかまいなく」と言われたので、そこの椅子に案内だけする。背の高い、がっしりとした体格の男だった。
階段で三階に降りる。ここは平端社のメインオフィスのあるフロアであり、北郷、南雲、西坂はいつもこの階にいる。
編集部を覗く。部屋の隅のデスクに座る南雲しかいなかった。
「南雲さん。寒川さん、知りませんか?」
「社長室」
南雲がモニターから目を離さずに答えた。彰はお礼を言って、社長室に向かう。
ドアをノックしてから開けた。社長室のなかには、西坂の他に寒川と北郷がいた。
「寒川さん。上にお客さんが来てますよ」
腕を前に組んだ寒川がゆっくりとこちらを向いた。
「今行く」
寒川と男は屋上へ行った。彰にあまり聞かせたくない話なんだろうか、自分がここを離れると提案しても寒川は譲らなかった。
男へ案内するため一時的にどかした、応接セットに置かれていた雑誌や書類の束を抱える。彰は見覚えがないため寒川の私物だろう。彼女のデスクにその束を置くと、机の端から数枚の書類が落ちた。それを戻すために腰をかがめると、デスクの下に落ちている一枚の写真を発見する。
導かれるように、彰はその写真に手を伸ばす。付箋のついた一枚の写真。彰はゆっくりと表に返した。
「…………え?」
写っていたのは、降り積もった雪のような髪の色をした少女。どこかで見たことがある顔だ。そう思って、写真に張られた付箋に書いてある文字を読む。――神楽木沫衣。
――沫衣?
最近耳にした名前だった。どこでだろう、と頭のなかを探る彰に、先週の日曜日の光景が蘇る。
――ノーフェイス代表と名乗った彼女か。
取材の途中で逃げた少女。帽子を被ったままだったので、ぱっと見ではわからなかった。
よく写真を観察するとわかる。確かに、ここに写っているのはあの少女だ。
しかし、それにしても妙だ。彰は、写真の落ちていたデスクを見る。そこは、寒川がいつもいる机だった。
何故、寒川がこの写真を持っているのだろう?
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