ラララバイバイ(上)
リトルミックビリー
ラララバイバイ(上)
「暇で死にそう。」
誰かに聞かれたらぶっ殺されそうな言葉が、うっかり喉から飛び出した。耳にしたのが数ヶ月前の自分なら、耳を引きちぎっていただろう。しかし現在、それはどんな偉人の言葉よりも心に染み入るものだった。なんてったって、僕は絶賛失業中なのだ。
まぁ失業中の人間というのは、本当はやるべきことが山積みなのだ。が、やるべきことほどやる気が出ないというのは、世界中の人間の真実だろう。そう信じてやまない。
ちなみに失業の理由は、「働くのが面倒になった」という非常にシンプルかつ大胆なものであり、今更、何かを率先してやるような気概は当然ない。
さて、暇で死にそうな僕にとっての、唯一日課と呼べるものを紹介しよう。それは「スマホを開く」ことである。そうこれこそが、残り少ない(というか元々少ない)貯金を減らさず、気力や体力も要さず、そして日がな一日行うことができる、まさに人類の叡智の結晶と呼ぶにふさわしい遊戯なのだ。
それでは満を持して、スマホを開こう。ポチっと。一筋の光が差し、世界と自身が一体となる。まさに全知全能、最高だ。
神と化した僕は、ダラダラと世界を閲覧する。興味があればしばらく眺めれば良いし、なければ掃いて捨てれば良い。最高だだだだだ。
スマホを眺めて幾星霜、こんなものを見つけた。
「絶対に当たる!あなたが本当に欲しいものが分かる心理テスト!」
ワクワクする、さっそくやってみようじゃないか。
・思いついた順に、「○○したい」という短文を16個書き出してください。
(食べたい、知りたい、聞きたい等)
・1,2番目、3,4番目、と順番に「○○したい」を二個ずつペアにし、その二つの短文から連想されるものを書き出してください。(食べたい+知りたい→レシピ本等)
(計8個、連想することになりますね!)
・連想された8個のものを再び順にペアにし、4個のものを連想し書き出してください。
・4個のものから2個のものを、2個から1個を連想してください。
・最後に連想した3個のものを、順に打ち込んでください。
それなりに時間がかかるテストだったが、何せ時間は死ぬほど持っている。むしろありがたい。早速結果を確認すると、どうやら僕は、「結婚」と「飲み会」を心から欲しているらしい。ちなみにストレス要因は、「人間関係」そして「孤独」とのこと。
なぜか認めたくない気持ちになったが、当然大当たり。さすがは、「絶対に当たる!」心理テストである。それにしても、「素敵な女性や愉快な仲間に囲まれて、末永く幸せに楽しく暮らす」ことを夢にみているとは、自分はなんと模範的で素晴らしい人間なのだろう。
ただ、そんな僕にはとある問題があった。「類い稀な存在であるが故の悩み」といったところなのだが、なんと僕には、友人というものが存在しないらしいのだ。恋人に関しては、言わずもがなである。
ところがこれは幸か不幸か、先述された僕の憂うべき真実は、かねてより携えていたもう一つの問題を解決に至らしめた。その問題とは、「この物語のタイトルをどうするか」であり、そして今しがた決定されたこの物語のタイトルは、『最悪の隣人』である。
字面を眺めてみた限り、なんと不幸なタイトルだろう。
※この物語をここまで読み進めてくださった方にとって、この物語のタイトルが『最悪の隣人』であることは周知の事実であろう。しかしこの、タイトルがプロローグの終わりにやってくるというお洒落な演出を、僕はどうしてもやってみたかったのである。
???
「そのタイトル、辛気臭いから却下ね。もう新しいのに変えといたから。」
??????
何が起きているか分からず、物語のタイトルを読み返す。するとそこにはなぜか、「最悪の隣人」ではなく、「ラララバイバイ」という文字が並んでいる。
「いい感じの響きでしょ?タイトルはそれで頼むわ。」
頭の中に「?」が浮かぶ。というか、「?????????」というのが、より正確な表記かもしれない。信じられない。なぜ、これから記そうとしている物語の主人公に、渾身のタイトルを否定されているのだろうか。それも妙な代案付きで。
「いや、だって辛気臭いじゃん、『最悪の隣人』って。絶対イヤだよ、そんな話の主人公。それにいい感じでしょ?『ラララバイバイ』って。」
確かに、響きは悪くない。しかし、本当に響きだけである。響きだけすぎて、むしろ軽薄にすら受け取れる。というかもう、軽薄さが丸出しである。それならまだ、響きも悪い方がはるかにマシである。そして何より、僕がこれから描こうとしている重厚なストーリーに、一切マッチしていない。
「いや、そりゃそうでしょ。物語の展開を俺が知ってたら、それこそ最悪でしょ?」
…………。
かれこれ30分が経過していた。ただしこれは、スマホのデジタル時計の意見である。体内時計はほとんど永遠だったと主張しているし、机の上のアナログ時計も、その通りだと告げている。
「んなわけあるか。いい加減電池換えてやれ。」
……。
ただ、わずか30分で永遠を体験できたおかげで、一つ思い出せたことがあった。そう、僕は世界一不幸なのだ。
『最悪の隣人』
あるところに、金策が尽き死ぬことを考えている男がいました。
彼の日課は、公園や高架下を散歩して、
(ここで段ボールに囲まれて生きるよりは、首を括る方がマシだよなぁ。)
と、不思議な優越感に浸ることでした。
そんな彼の前に、ある日老人が現れました。身に着けているものから些細な仕草まで、彼を取り巻く全てのものが、彼がお金持ちだと告げていました。
老人は頭を下げ、言いました。
「あなたに、一年間生きられるだけのお金をお渡しします。その代わり、あなたのその一年間を、どうか記録させていただけませんか?もちろん、一年間、ただ食べて寝るだけでは面白くありませんよね?あなたが遊ぶためのお金も、もちろん上乗せいたします。」
既に死ぬしかないと思っていた男にとって、その提案は素晴らしいものでした。突然目の前に神様が降り立ち、一年分の寿命をくれたようなものでした。それも、遊んで暮らせる一年です。
当然男は快諾し、彼の最後の一年が幕を開けました。
「いやいやいや、何してんの?ダメだよ、勝手なことしちゃ。勝手に俺の人生開幕させないで?しかも一年後に死ぬっぽいし。(ここで段ボールに囲まれて生きるよりは、首を括る方がマシだよなぁ。)とか、何勝手にアテレコしてんの?ありえないから。」
「ありえない」というセリフが、なぜ彼の口から出ているのだろう。今の僕ほど、「ありえない」という感情が似合う人間がいるはずがない。いてたまるか。ありえない。
しかし、そんな僕の事情などお構いなしに、彼はまくし立ててくる。ありえない。
「まぁ、まだまだ言いたいことはあるんだけど、とにかく、辛気臭すぎるから。重厚でもシリアスでもなんでもなくて、ただ、なんかちょっと暗いね、風邪でも引いてんの?って感じだから。ホントやめて。早く『ラララバイバイ』書いてよ。」
せっかく一年間生きられるはずだったのに。今すぐ消し去ってしまおう。
「いやいや、作者が主人公に愛着持ってないとか、ホントありえないから。そんなんだから、今までの作品も中途半端なとこで終わってんじゃないの?俺はホント嫌だからね。他の奴らみたいに、陰鬱な世界で宙ぶらりんにされたまま、忘れ去られてオサラバなんて。」
……。いや、違うんだって。大丈夫だから。今回はちゃんと、最後まで考えてあるから。
「どうせあれでしょ?老人から課題を提示されるようになって、それがだんだん重たいのになって、最後、人を殺せとか言われるんでしょ?」
そうなんだよ!それで、結局他人は殺せないから、自殺するっていう!どう?めっちゃ良くない?
「めっちゃ辛気臭い。」
いや…。他にも見どころが沢山あるんだって。なんか、一年の間にできた人間関係とか、人を殺せって言われた時の葛藤とか、なんやかんやあるからさ、大丈夫だって。
「なんやかんや!」
…………。
「あとそれ。その、なんかあったらスマホ開いて時間潰すの、やめてほしい。これはあんまり言いたくなかったけど、『最悪の隣人』も、書いてる途中でスマホ開きまくってたじゃん。全然筆進んでなかったじゃん。向いてないんだって、カッコいいのは。モテたいのは分かるけどさ。」
筆で書いてないし。
「は?」
これ以上言い争っても、お互いにとって有益ではない。そう判断した僕は、とりあえずコンビニに向かうことにした。すると、小雨がぱらついてきた。本当についていない。伊達に世界一不幸じゃないな、まったく。
荒んだ心持ちで冷たい雨の中を歩いていると、どうしても辛い記憶を思い出してしまう。それが人間というものだ。そして僕が今思い出しているのは、そう、あの哀しき就活の日々である。
「それでは、自己紹介をお願いします。」
「はい、本日はよろしくお願いいたします。○○と申します。―――。」
挨拶は大切、親に教わった。先生もそう言った。
しかし、僕はその言葉の意味を全く理解していなかった。両親や先生方がせっかく伝えてくれたその言葉を、ただただ引き出しにしまい込んでいた。
そして、社会に出ようというその時になって、そこでようやく気が付いた。いや、気付かされた。いきなり飛び出た引き出しが、右の脇腹を突き刺した。めちゃくちゃ痛かった。
挨拶は大切、その通りだった。
それから何度、挨拶をしただろう。私の名前は○○ですと、自分の名前を呼んだだろう。
そしていったい何度、自分の名前に「×」を付けられたのだろう。
くそったれ。
あぁ、やっぱり僕は世界一不幸だ。
そう呟いて傘の水気を払う、コンビニに到着だ。眩い光が目に飛び込む、随分景気の良いことだ。おまけに温かい空気がお出迎え。
着いた途端に雨が止んだことも、思わず許してしまいそうになる。
「いらっしゃいませ~。」
温かな空気に紛れ込んだ、気の抜けた挨拶が耳に入った。というか、入ったはずだ。全く気に留めていないので、定かではない。
そんなことよりも今は、何を買うか決めなくては。冷やかしと思われるのは癪である。
結婚も飲み会も置いていないし、友人には値引きシールがない。困ったな。
ふと、菓子パンコーナーに残っていた焼きそばパンを手に取る。目に入ると手に取ってしまう、手に取れば食べたくなってくる。不思議な食べ物だ。
少し愉快な気持ちになってレジに向かう。お会計をしながら、何気なく外を見る。傘立てにぽつりと刺さっていた傘が、ちょうど盗まれているところだ。
「雨、止んでるよ?」
なぜか冷静にそう思う。落としてしまわないよう、お釣りをきちんとしまう。
「ありがとうございました~。」
気の抜けた挨拶に背中を押される。置いておいた傘が、当然そこにない。
冷たい空気を切り裂き走る、そして思わずこう叫ぶ。
「あぁぁぁぁぁ!!!やっぱり僕は、世界一不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
どこかの誰かの叫び声が、町を飛び越え空をつんざき、そして宇宙でピタリと止まる。
静まり返った世界でなぜか、オールド=スタイルな機械音が意味ありげに鳴り響く。ゴウンゴウン。ゴウンゴウン。ゴウンゴウン。ふっふっふ。ゴウンゴウン。
宇宙船の中に、不敵に笑う男が一人。
「ハローアイアムユミ。ウォーアイニー。ボンジュールボンセジュール。本日は晴天なり。
完璧だ、ジャンボ。」
宇宙にいるから、彼は当然宇宙人。
足元には、所狭しと地球の教科書。こりゃさぞ大変だったろう。
「いよいよ地球に到着か。全てを手にした我々が目指す“最後の秘宝”。そのヒントが、まさかこんなところに転がっていたとは。何としても手に入れなくては。ふっふっふ、こういう時には、死ぬ気で頑張ります、と言うのだったな。ふっふっふ、死ぬ気で頑張ります。ふっふっふっふっふっふっふ。」
ゴォォォォォォォォォ、ドカーン!
「よしよし、無事に着陸できた。それにしても地球人とやらは、完璧に私と同じ形をしている。さすが私だ、変身も抜かりない。これなら誰も、私が宇宙人だとは、思うまい。」
ふっふっふ、ふっふっふと、相も変わらず不敵な笑い。彼は一体何を求めて、地球にやって来たのかしらん?
あなたが住んでる隣の町で、これから何かが巻き起こる!?
隣町ファンタジー☆ミ
『ハローアイアム』
あるところに、一人の少女がいました。
まぁ実際は、少女というほど幼くはないのですが。ささっと紹介してしまいたかったので、彼女の名前は「少女」になりました。とってもステキな名前ですね!
「はじめまして。出席番号○○番、○○です。」
このセリフが言えなかった少女は、それ以来、話すことができなくなってしまいました。
しかし、それはまぁそれとして、彼女は楽しくやっています。彼女の良いところですね!
「こんばんは、ミケ。」
町なかで猫に出会ったら声をかけるのが、彼女の恒例行事でした。
「私の名前はミケじゃないぞ。」
返事がありました。
「えっ!?」
「だから、私の名前はミケじゃないぞ。」
彼女は驚いていました。当然です、彼女は話せないのですから。
さっきの「こんばんは、ミケ。」も、変換が面倒くさかっただけで、本当は(こんばんは、ミケ。)なのです。「えっ!?」も、本当は(えっ!?!?!?!?)です。
返事が来るなんてありえません。あと、猫は喋りません。
「……。あなた、宇宙人でしょ!」
「えっ?いやいやいやいや、何言ってるのあなた…。」
急に挙動不審になった男がいます。彼はついさっきまで、少し離れたところから、少女と猫をジッと眺めていました。どう考えても怪しい男です。
少女は、その怪しい男をジーっと見つめます。
「……。な、なぜバレた!」
「だって、テレパシーで会話してるじゃん。」
「????????????」
頭の中に、「?」がきっかり1ダース飛び込んできたため、少女は男を手招きしました。ポケットからスマホを取り出します。
「これ見て。」
「何これ?四角?」
「いや、違う。スマホ。知らないの?」
「う~ん、なんて言うかさ。知ってるんだけど、あれなんだよね~。電子書籍より、紙派っていうかさ~。分かる?もちろんスマホは知ってるんだよ?知ってるんだけどさ~。」
会話をやり直す決断をした少女は、一度スマホをポケットにしまいます。そして取り出し、開きます。ポチっと。そして、適当な動画を流します。
「これ見て。皆、口が動いてるでしょ?」
「うん。」
「地球人は、こうやって口を動かして会話するの。」
男はビックリ仰天しています。彼がもし地球人だったなら、開いた口が塞がらなくなっていたでしょう。危ないところでした。
「あなた、さっきから全然動かしてないじゃん。バレバレだよ。あと、話してるとなんか頭痛くなってくるし。」
「頭が痛いのはこちらの方だ!」
と言わんばかりに、男、もとい宇宙人は頭を抱えうなだれます。
「いやぁ…。確かに、なんかおかしいとは思ってたんだよな~。うわぁ…。ホントだ、ホントに動いてるよ、口。バカみたいに。そんなの気付かないよ~、意味分かんないわ、マジで。はぁ…、どうすっかな~……。」
今さら必死に口をパクパクさせて、心の声を発信しまくっている宇宙人。
少女は仕方なく伝えます。
「誰にも言わないって。」
少女の言葉に嬉々として顔を上げた宇宙人は、ふと、疑問を口にします。
「あれ?君も宇宙人?」(パクパク)
「そんな訳ないじゃん。」
「でも、パクパクしてないよね?」(パクパク)
「なんか、今ちょっと喋れないんだよね~。だから、あんたが話しかけてきた時、めちゃくちゃビビったもん。」
「あぁ、それで、(えっ!?!?!?!?)ってなってたのか。」(パクパク)
「うるせ。まぁそういうわけで、誰にも言わないっていうか、言えないから、安心してよ。」
「えっ、マジか。」
「おい、喜ぶのは別に勝手だけど、パクパク忘れてんぞ。」
宇宙人との会話で頭痛がピークに達していた少女は、つい、少女らしからぬ物言いをしてしまいます。
「こわっ…。」(パクパク)
「あ、ごめん。そういえば、私は少女です。よろしく。」
「あ、どうも、宇宙人です。どうぞよろしく。」(以下パクパク割愛)
「待てー!!!!!!」
少女と怪しげな男が佇む、静寂に包まれた夜の町。そこに突如、悲痛な叫びがこだまします。そして冷たい風と共に、二人の男が駆けてきます。一人はそのまま駆け抜けて、もう一人は目の前でこけました。あらま。なんだか世界一不幸そうな男です。
「……。あぁ、やっぱり僕は、世界一不幸だぁぁぁぁぁ!!!!!」
思わぬところで正解したため、二人はうっかりハイタッチ!忍びなさげに尋ねます。
「あの…、大丈夫ですか?」
世界一不幸な男、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、吐き出します。
「どうして!傘を盗まれて!!!」
配分を間違え、息継ぎを挟みます。すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。大きくすぅ。
「女の子に見下されなくちゃいけないんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
男の渾身の叫びに、二人は思わず顔を見合わせます。
(あっ。あんたが普通に話すせいで、喋れないのすっかり忘れてたわ。)
(えっ?なにその人のせいにする感じ…。)
(いいから、早く説明して!なんかこっち見てるし!)
……。
「―――。と、いうわけなんです。どうもすみませんでした。」
「いえいえ。そうとは知らず、こちらこそすみませんでした。それにしても、やっぱり僕は世界一不幸だなぁ…。」
チラチラと視線を投げかける男をヨソに、パクパクの上達ぶりに宇宙人はホクホクしています。イライラを抑え、少女はシブシブ尋ねます。
(どうされたんですか?)
「ど、どうされたんですか?」
少女の鬼の形相に気圧され、宇宙人は思わず復唱します。
「はい!実は、僕は世界一不幸で…。」
男が喋り始め、安心したのも束の間のこと。
ダラダラと垂れ流される辛気臭い言葉の波に飲み込まれ、少女は今度は水死体のように膨れ上がっています。全身が苛立ちで彩られ、真っ赤っかです。
「そ、それはお気の毒ですね…。」
「そうなんです!」
言葉選び・タイミング・それっぽい顔、その他諸々全て満点な相槌に、男は思わず感嘆し、惚けています。勉強した甲斐がありました。すかさず、宇宙人は続けます。
「もし良かったら、温かい飲み物でも買って来ましょうか?せっかくこうして出会えたんですから!」
「え、良いんですか!?ありがとうございます!」
自販機に向かいながら、少女も思わずこぼします。
(宇宙人とは思えない。)
その一言に気を良くし、ガシャコン!と古風に落ちてきた飲み物を取り出そうとすると、ピロリン!と、これまた古風な音が響きました。せーのっ!!と息を合わせ、一人は飲み物を、もう一人はスマホを、それぞれ取り出します。
……。飲み物を渡そうとした宇宙人を遮り、男は高らかに宣言します。
「あの、なんかすいません!急用ができたので、ちょっと帰りますね!それ、どうぞ召し上がってください!あ、五円だけお支払いしますね、ご縁だけに!」
五円玉を渡し颯爽と帰路に就く男を、二人は黙って見送ります。
少女の怒髪は天を衝き、わずかに漂っていた雨雲の残滓を吹き飛ばしました。満天の星空の下、手持ちブタさんになった宇宙人は、持っていた五円玉を、ふと、怒髪に乗っけます。上手いこと刺さりました。まるで東京スカイツリーです。
少女の拳が、宇宙人の右の脇腹を突き刺しました。
ルンルンランランタンタカタン。
この世のものとは思えない足音を連れて、一人の男がやってきた。ふらっとコンビニに出掛けたにしては、随分と遅いご帰宅である。
「ただいま!」
声が大きい、うるさい。そのうえ、ニヤニヤニヤニヤにやついている。気色が悪い。
何か、良いアイデアでも浮かんだのだろうか?まぁ、そんなはずはない。
「あのさ、ちょっと聞いてよ!なんかさ、大学の頃の知り合いから連絡があって、明日、久しぶりにお茶でもしませんかって!ちょっと、気分転換に行ってきてもいいかな?」
わざわざ疑問形なのが鬱陶しい。
「いや~、困ったな!何着て行こうかな、懐かしいなぁ!」
懐かしいとは、随分達者な文句を見つけたものだ。
「いやほんと、懐かしいなぁ!懐かしくて、会うのが本当に楽しみだなぁ!懐かしい!」
とんだウハウハ野郎である。ついさっきまで、「世界一不幸」という肩書きを背負っていた自覚はあるのだろうか。
「なんか、ゴメンね!『最悪の隣人』とか用意しちゃって!『恋って素敵!』みたいな話作るからさ、ちょっとだけ待っててよ!あ、デートに行くならどこが良いとか、ある?あったら言ってね!作品に取り入れるからさ!」
言われてみれば、人に『最悪の隣人』なんかを押し付けておいて、自分が世界一不幸だとは、メチャクチャにもほどがある。あと、『恋って素敵!』ヒドすぎる。
「じゃ!明日があるし、今日はもう寝るね!あっ、これあげる!おやすみ!」
そう言って、男は布団に包まり寝息を立てる。なんと一方的なサヨナラだろう。
まぁ、「最高の明日」が待っているのなら、それも仕方のないことか。
当然、そんなものは待っていないが。
明日もきっと彼は元気に、世界一の不幸を謳歌する。
バフッ。パクパク。おっ、紅ショウガが効いている。旨い、最高だ。
次の日。
イカれた絵描きがインクをぶちまけたせいで、空は一面真っ青だ。
「懐かしいね!」
「そうだね、待たせちゃってゴメンね!」
冴えない男の冴えない言葉をサラリと受け流す、美しい。しかも、男の野暮ったいエスコートにも女神のように微笑み、楽しそうにしている。優しい、優しすぎる。楽しいはずがないのに。
冴えない男と共に、彼女は喫茶店に入る。カランコロン。
「今日は来てくれてありがとう!」
「いや~、別に!なんか懐かしいね!何かあったの?」
「えっと、実はね…。私、最近なんだかストーカーされてるみたいなの…。」
「えっ、ホント!?大丈夫?なんでも力になるよ?」
「ホント?そう言ってくれてすっごく嬉しい!頼りになるね!ありがとう!」
「いやいや、別にそんなことないけどさ!任せてよ!」
「そうしたら、もう少しだけ私と一緒に、ここにいてくれない?」
「えっ?」
「ここのお店、ガラス張りでとってもお洒落でしょ!」
「う、うん。」
「だからね!ストーカーさんが私たちを見つけるのも、きっと簡単だと思うの!」
「ま、まぁ…。たしかに、そうかもね…?」
「男の人と一緒にいるところを見たら、ストーカーさんの気が変わるでしょ?」
「えっ!?いや…。」
「友達は会社勤めの人ばっかりで、迷惑がかかっちゃうから誘えなかったの!本当に、今日は来てくれてありがとう!」
「…………。」
「ホント、ちょうど無職でいてくれて助かっちゃった!誘うのも気を遣わなくていいし、すっごく嬉しかった!」
「そ、あ、うん……。」
「それじゃ、今日は本当にありがとう!ごちそうさま!じゃあね!」
「え!?う、あっ…。」
カランコロンと、彼女は大きく伸びをする。可愛らしい。そして後ろで真っ白になっている男に手を振り、颯爽と歩き去る。綺麗だ。
別れの言葉すら告げられなかった男は、一人空しく呟いた。
「はぁ、やっぱり僕は世界一不幸だ…。これでストーカーがいなくなるとも思えないし…。なんか、ムダに傷ついただけの一日だったなぁ……。」
ん?ストーカー?
おや。
どうやら彼の一日は、まだまだ始まったばかりのようです。
「ねぇ、ちょっと。あなた。」
「え!?あ!?スミマセン!」
突然見知らぬ女性に声を掛けられると、世界一不幸な男は謝りがちです。
ところで、いい加減「世界一不幸な男」と打つのにも疲れてきました。今後は、「世界一不幸な男(通称“ふこお”)」このルールに従いたいと思います。
「そんなバカな!」
「いきなりバカって、失礼ね!」
パシン!
と、まぁこれはお約束。お決まりのパターンというやつですが、せっかくなので。
ギッタンバッタン!
こうしておきます。
「ぎゃふん!」
バカらしさ満載の呻き声を合図に、女性は尋ねます。
「あなたさっき、彼女と何を話していたの?」
「え?あ、ええっと…。」
「声が小さい!聞こえない!」
「ス、スミマセン!」
「声が大きい!うるさい!」
「す、すみません…。」
男は今、とても悲しい気持ちです。
「なんか、ストーカーがどうこうって、聞こえた気がしたんだけど。」
勘の悪い男も、なんとなく事態を察したようです。顔がうっすら青ざめています。
しかしうっかり、尋ねてしまいました。
「もしかしてあなたは、例のストーカーさんですか?」
「違うわ、私はサトウよ。スズキって言ったらひっぱたくわ。シュガーちゃんって呼ばれるのは、嫌いではないわ。」
ストーカーではなかったようです。セーフでした。
「あの、サトウさん。」
「……。」
「シュガーちゃん。」
「なに、どうしたの?」
「
「黙れ!!!」
思わず口を紡いだ男に、シュガーちゃんは畳みかけます。
「あなた今、彼女の名前を口にしようとしたの!?そんなことして万が一彼女に何かあったら、あなたどうするつもりなの!?信じられない。もし次に彼女の名前を口に出そうとしたら、あなたの名前をこの世から消し去ってやるから。覚悟しておいて。」
アウトでした。そういえば、ふこおでした。
「え、あの、じゃあ…。」
「そうね。あなたもこれからは、“彼女”と呼びなさい。もちろん、ガールフレンドって意味じゃないわ。ヘイ、カノジョ、オチャデモド~ウ?の時の“彼女”。あなたには全くもって無関係な女、という意味の“彼女”よ。」
僕たちの愛しい“彼”が、辛辣な言葉を浴びせ掛けられています。笑えます。辛すぎてカレー、なんちゃって。
「あのね、彼女はね、とっても素敵な、完璧な女性なの。」
シュガーちゃんが、何やら語り始めました。皆で静聴しましょう。
「そんな彼女の趣味はね、カレーを作るときに、隠し味に醤油を三滴入れることなの。それで本当に味が変わるのかって?そんなことは知らないし、どうでも良いの。大切なのは、その瞬間の彼女の仕草がとっても華麗で、笑顔が可憐すぎるってこと。そして、それを眺めている時が、世界一幸せだってことなの。」
ふこおはシュガーちゃんを見ています。じ~。
「だから、違うって言ってるでしょ!私は卑劣なストーカーとは違うの!真のストーカーなの!」
「ストーカーなんじゃないですか。」
「だから違うの!真のストーカーはストーカーにあらずって言葉、知らないの?」
「知りません。なんですか?その、フォーマットだけは名言みたいな言葉。」
決まった!と思ったのでしょう。ふこおの鼻は高々です。
バキボキ。
ぎゃーす。
「あなた、本当に頭が悪いのね。良い?私は、“そのままの彼女”を眺めていたいの。それなのに私が彼女に関わりを持ったら、意味がないでしょ?」
「ま、まぁ…。」
「世界中の人間が私のことを知ったとしても、彼女にだけは、私のことを知られてはいけないの。“私のことを知っている彼女”はもう彼女ではないの。彼女のいない世界なんて、意味がないの。」
「ぱ、ぱぁ…。」
ふこおには少し難しすぎたようです。ぱっぱらぱーの顔をしています。
「現にさっき、一瞬でも私の気配を感じた?私は、卑劣なストーカーとは違うの!!!」
「おぎゃあ。」
産まれました。
「まして、彼女を困らせるなんて!そのせいで、醤油を五滴も入れてしまったのよ!許せない。良い?私は、私の幸せな世界のために、卑劣なストーカーを消し去らなくちゃいけないの。」
「そ、そうなんですね…。」
「うん。それじゃ、手伝ってね。」
「え!?いやいやいやいや、何でですか?イヤですよ。」
「は?どうして?」
「ど、どうしてって…。そんな危なそうなこと、絶対イヤですよ。やるなら一人でやってくださいよ。」
「無理よ、私はただのか弱い女なんだから。できるわけないでしょ。私を一体何だと思ってるの?」
「え、えっと…。」
確かに、それは少し難しい問題です。
正解は、「“彼女”の真のストーカー、シュガーちゃん」です。(3点)
さて。シュガーちゃん一行は、元気にストーカーをしています。
「彼女、やっぱり可愛いなぁ。」
「うるさい、振られたくせに。振られたっていうか、相手にもされてなかったくせに。」
「ひ、ひどすぎる…。それにしてもあの男、本当に怪しいですね。」
二人の視線の先には、中肉中背、いたって普通の冴えないサラリーマンという感じの、明らかに怪しい男がいます。
「そうでしょ。あっ、あいつ!」
「え?」
「あいつ!ストーカーのくせに二股なんて、本当に許せない!」
言われてみれば例のストーカー、さっきからチラチラと、こちらを見ている気がします。
嘘です、あしからず。
「あれ?あの子、僕の友達です。」
「そうなの?じゃあ、ストーカーされてるかもって教えてあげれば?っていうか、マスクしてるのに良く分かったわね。気持ちわる。」
「あんまりだ…。まぁ確かに、放ってもおけないですしね。」
マスクを付けた謎の少女、その正体やいかに!?
次回!恋の万有引力、不純異星交遊待ったなし!?
~他に話し相手がいない二人は、なんだか見つめ合う時間が増えてきて…~の巻。
しばし休憩、寝ないで待て!
……。
「―――。と、いうわけなんです。どうもすみませんでした。」
元はふこおだったボロ布が、地面に落っこちています。
「友達では断じてない」という宣誓パンチから、渾身の右ストレート。出会い頭の見事なコンビネーションで、ふこおはKOされたのでした。
「いえいえ。そうとは知らず、こちらこそすみませんでした。それにしても、相変わらず世界一不幸そうですね。」(こなれた感じのパクパク)
優しさの見返りがぶん殴りだったふこおを見て、宇宙人、懐かしい気持ちです。
ちなみに、どうしてマスクをしているんですか?
(あぁ。なんか、いちいち喋れない説明するの面倒くさいから、喉風邪ってことで一件落着にしてるんだよね。)
なるほどですね。それなら、マスクに「喉風邪」って書いときますよ。
(やめて。)
少女の怒りが燻っています。ファイヤー!ボロ布が燃えました。感動の再会にふさわしく、煌々と輝いています。
「あなたたち!」
ドン!っとボロ布を踏みつけて、火を消すシュガーちゃん。さすがです。ほんのり、カラメルの香りがします。
「これから私が言うことをよく聞いて!」
「あの、そういえばあなたは?」
「私はサトウ。スズキって言ったらひっぱたくわ。シュガーちゃんって呼ばれるのは、嫌いではないわ。」
「は、はぁ。」
「いい?私たちで、卑劣なストーカーを捕まえるわよ!」
「え?」
「やっぱり!そんな危険なこと、嫌ですよね!?」
「うるさい!」
ここぞとばかりに立ち上がったふこお、敢え無く撃沈です。
「あの、シュガーちゃん。」
「なに、どうしたの?」
ふこお、何やらガッカリして、白き灰がちになっています。わろしです。
「あの、“彼女”にもこのことを伝えれば良いんじゃないですか?」
溜息をつくシュガーちゃん。ふこお、今度はニッコリしています。まるで不死鳥です。
「分かってない。真のストーカーは、決して姿を現してはいけないの。」
ぐぅの音も出ない正論パンチ(通称“ぐぅパンチ”)が決まりました。試合終了です。
「さぁ!そうと決まったら、さっそく作戦会議を始めるわよ!」
(あいあいさー!)
何だか面白そうなことが始まったと、少女は大喜びです。意外です。
―作戦会議―
作戦会議が始まりました!
お気に入りの一曲で、気分を盛り上げるのがオススメです!
イケイケでノリノリに?重厚でシリアスに?ぽつりぽつりとアルペジオなんてのも、きっと最高でしょう!あなたの一曲は決まりましたか?決まりましたね!それじゃあ!
「それじゃあ!アイデアがある人!」
しーん。
(ちょっと。あんた宇宙人なんだから、何かあるでしょ。)
静まり返った会議室(ファミレス)に、無茶苦茶なオーダーが飛び込みました。
(いやそんな、急に言われても…。まぁ確かに、宇宙人だから色々できるんだけどさ。)
宇宙人って色々できるんですって、すごいですね。大気圧でペシャンコになっちゃえ。
(色々?例えば?)
(うーん。例えば、このテレパシーとか。あと、この変身とかかなぁ。)
(変身?あそっか、元々はその見た目じゃないんだ。)
(うん、まぁ。一応宇宙人だし、本当はもうちょっと宇宙人っぽいよ。)
(え、気持ちわる。)
(ひど、ヒトだけに。)
しーん。
(あ、特殊メイク。)
しーん。
(特殊メイク!!!!!)
「と、特殊メイク。」
「えっ?」
「え、えっと。実は僕、特殊メイクが趣味なんです。それで、僕が彼女に変装して、ストーカーを誘き出すっていうのは、どうですか?」
すっかり拡声器と化していた宇宙人。我に返って驚いて、口をパクパクさせています。
「でも特殊メイクくらいじゃ…。」
ふこお、シュガーちゃんの顔色を窺いつつ、呟きます。
「……。あなた…。」
緊張の瞬間です。
「あなた、素晴らしい人ね!自分の彼女のために、自ら危険な役を引き受けるなんて!カッコいい!それに、特殊メイクができるなんて!スゴい!スゴすぎるわ!」
シュガーちゃん、大絶賛です。宇宙人、にやついています。
(彼女じゃないですよ。おーい、彼女じゃないですよー。)
聞こえていません。にやにや。
「いや、で、でも…。」
ふこおの呟きにも気付きません。にやにやにや。
「あなた、頼りになるわね!」
にやにやにやにや。
(あなた、頼りになるわね!)
にやにやにやにやにや。少女の嫌味にも気付きません。重症です。
「で、でも!誘き出した後って、どうするんですか?」
「うるさい!そん時はそん時よ!はい、決定!それじゃ、誘き出すルートを決めに行くわよ!」
シュガーちゃんが意気揚々と席を立ち、ふこおも溜息をついて後に続きます。
向かいの席の宇宙人はというと、目をつぶって腕を組み、先ほどの大絶賛をまだ噛みしめています。そう!それはまるで、ガムみたいにね!
(いつまでにやついてんの?)
少女の言葉ではなく、スネに走った激痛が宇宙人を目覚めさせました。キシリトール!
弁慶だけでなく宇宙人にとっても、スネは泣き所だったみたいです。とっても痛そうです。
(ビックリした。トールの雷が落ちたのかと思ったよ。)
(しゃらくさ。)
(ねぇ、宇宙人さん。どうして、さっきあんなににやついていたの?)
(私のセリフみたいにしないで。)
(ゴメン。)
シュガーちゃんたちの後を追いかけながら、宇宙人、遠くを見つめます。
(僕の星の住人って、皆なんでもできちゃうんだよね。もちろん、僕も含めてね!)
(……。)
(だから、他の誰かに褒めてもらったことって、一度もなくてさ。あ、自画自賛は得意なんだけど!)
(知ってる。)
(だからさ、さっき、すごい嬉しかったんだよね。当たり前だと思ってたことが、あんなに褒めてもらえるなんて。考えてもみなかったよ。)
(ふーん。)
(なんか、あれだ。できないことがあるって、すごいね。)
(……。)
(…、バカにしてるわけじゃないよね?)
(うん、もちろん。)
(ま、危険な役、頑張ってね。)
(あっ。)
どこかに向かって歩いていく、てんでバラバラな背中たち。バックグラウンド・ミュージックに合わせて、スキップしたりつまずいたり。楽しそうです。
ちょっと、鼻歌まじりの散歩に行ってきます。それでは。ふんふふんふ~ん。
―作戦当日―
「ス、スゴい。スゴすぎる…。」
“特殊メイク”を目の当たりにしたふこお、愕然としています。
「あなた、本当にすごいわね!人間離れしているわ!」
「いやいや、そんなことはありません!」
謙遜ではなく、真剣に否定している宇宙人。必死です。
少女が楽しそうに笑っています。
「それじゃ、行きましょうか!」
(えいえいおー!)
メイン=テーマが流れ、“彼女”が颯爽と歩き出します。スローモーションで描き出されるその様は、銀幕のヒロインそのものです。思わず見惚れてしまいます。美しい。
コソコソコソ。マスクや帽子で素顔を隠した黒子たち、少し離れて追いかけます。おっとっと。音楽に合わせてずっこけるのは、もちろん忘れてはいけません。
(こんな作戦で、本当に大丈夫かな?)
(うん。少なくとも、誘き出すのには成功してるみたい。大丈夫かは分かんないけど。)
まさかの電報です。
(危険な役、頑張ってね!)
少女の声援に応えるかのように、“彼女”の歩くスピードが上がります。駅伝のラストスパートみたいです。がんばれ!
きっと自身を鼓舞しているのでしょう。両の拳をきつく握り、肩が小刻みに震えています。武者震いですね。ファイト!
一方こちらは第二号車。冴えないサラリーマン、一定の距離を保って追いかけます。
ニッポンの朝の風物詩、通勤ラッシュ仕込みなのでしょう。安定したフォームを見るに、まだまだ余力がありそうです。
先頭、ぐんぐんスピードが上がります。小走りを一足飛びに飛び越して、既に全力疾走です。美しく髪をたなびかせて走る姿は、とても素晴らしいです。よ、ニッポンイチ!
サラリーマン、息も絶え絶え、必死に喰らいつきます。余力、ありそうなだけでした。もはや終電間際の酔っ払いです。これはこれで味があります。見応えバッチリです。
ちなみに第三号車。裏路地を通って楽をしようとした結果、どんがらがっしゃんです。
急がば回れ、肝に銘じてください。ドント・ドントマインドです。
さて、そろそろゴールテープが見えてきても良い頃です。見えてきました!
ここまで何千何万と紡がれてきた歩み。その最後の一歩が今、踏み出されました。
そして、ゴール!
沸き起こる歓声とは裏腹に、ガックリとうなだれ、頼りなく地面に倒れこむ小さな背中。静寂が一瞬を支配します。誰もがその勇姿に釘付けになり、しかしただ彼女の人差し指だけは、高らかに天を指しています。鳴り響く大歓声が、続いてゴールする選手たちを迎えています。
おっと。いつの間にかすっかりお正月気分でした。コタツにミカンが恋しいです。
皆さんも、お正月ボケにはご注意くださいね!
というわけで、なんと見事にストーカーを誘き出した一行。
ここからは、「そん時はそん時よ!ノープラン大作戦!!!」です。どこからか溜息が聞こえてきます。ドンマイです。
あ。せっかくなので、ここは神社ということにしましょう。いい景色です。
「ストーカー!観念しなさい!」
口火を切ったのは、やはりシュガーちゃん。こういう時、頼りになります。
「え!?いや、んあ…。あの……。」
サラリーマン、くちびるを切ってるみたいな喋り方です。視線もスイング・スウィミング。走ったり泳いだり、こりゃ大変です。目指せ、トライアスロンです。
っと、泳いでいた目玉が、何かを見つけました。
「あっ!あなたは!!!」
目玉に映るは宇宙人。“変装”を解いて普段通り、いや、普段より遥かにファンキーな服装で、戦隊ロボットみたいに立っています。
(えっ、なに?こわっ。)
(ホント!?良かった。ストーカーを少しでも脅かしてやろうと思ってさ!)
(なるほど。こわっ。)
自信に満ち満ちた宇宙人。関節にボンドを注入し、ロボット感を増幅させています。
ロケットパンチ、発射です。ゴォォォォォォォォォ、ドカーン!ボンドを引きちぎって飛んでいきました。
「あ、あの…。もしかして、この前見てたのも彼の方なの?」
シュガーちゃん、突如しおらしげです。
「え、えぇ。まぁ…。」
サラリーマン、恐る恐る答えます。
「もしかして!あなたも同性愛者!?」
「え!?いやいや、違います!」
「そ、そう…。じゃあ、観念しなさい!この変態ストーカー!」
「いや、あの、私はストーカーではないんです。」
「ストーカーは皆そう言うのよ!」
束の間寂しげだったシュガーちゃん、手のひらを返してフル=スロットルです。
「あの、実は私、死神でして…。あっ、これ、名刺です。」
サラリーマンの口から、ありえない挨拶が飛び出しました。それもまさかの名刺付きで。
「あ、これはどうも。ご丁寧に。」
なんと宇宙人、教科書通りの受け答えをしています。なんなら、上手くできてちょっと得意げです。
「かっこいい。大人って感じね。」
シュガーちゃん、さっきのロケットパンチが頭に当たったみたいです。タンコブができています。痛いの痛いの、ロケットパンチと一緒に飛んでけ~。飛んでいきました。
「それで、今回目標を死なせないと、私リストラされちゃうんです…。」
「あっ、それで彼女を観察していたんですか。」
「そうなんです。どうせなら彼女にピッタリの、オーダーメイドな死に方を用意してあげたくて。あれ、そういえば彼女は?」
「ふっふっふ。あれ、実は私の変装だったんですよ。」
久方ぶりに、不敵な笑いが飛び出しました。
「えっ、そうだったんですか!?全く気づきませんでした!」
「ふっふっふっふっふっふっふ。」
「さすがは宇宙人さんですね!」
宇宙人の目玉が飛び出しました。
「えっ?」
「えっ、あなた、宇宙人ですよね?」
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ。」
宇宙人、とてもイヤがっています。
(え!?なんでバレたの?)
(うーん。ちなみにあの人って、本当に死神なの?)
(分かんない。けど、名刺には死神って書いてあった。)
(あっ。じゃあ、神通力とかでバレちゃったのかも。)
(そ、そっかー…。)
早く続きが読みたい少女、返事が適当です。ナイスです。
転校生が自己紹介をする時のような、独特の緊張感が辺りを包み込みます。
「あ、どうも、宇宙人です。どうぞよろしく。」
一同、目玉が飛び出しました。
「それにしても、さすがは死神さんですね。すぐに見破ってしまうなんて。」
すっかり信じたふこお。飛び出た目玉を押し戻しながら、割合ラフな感じで話しかけます。
「いやぁ、照れますねぇ。」
変装を見抜けなかったことは、すっかり帳消しのようです。
「でもまぁ、声と口が全然合っていなかったので!」
「う、うそ!?」
これは盲点でした。一同、今度は目からウロコが落ちています。
「言われて見れば…。って、そんなことより!」
(そんなことって…。)
(まぁ、何とかなるって。)
溜息をつく宇宙人。落ちていたウロコを、コンタクトレンズみたいに装着してみました。
仮面のライダーみたいになりました。ライダーキックです。とうっ!
「そんなことより!彼女は一体どうなるの!!!」
シュガーちゃん、一途です。
「あ、そうだった。あなたのせいで、彼女は困ってるんですよ!」
シュガーちゃんをチラ見するふこお、健気です。
「そ、そうだったんですか。私の仕事が遅いばっかりに、彼女に迷惑を掛けてしまっていたとは…。それでは、急いで死なせますね。」
「何を言ってるんですか!」
なんとかモテたいふこお、神をも恐れません。
「はぁ。一応お伝えしておくと、多めに死なせてしまう分には、そんなにお咎めないんですよ?小言くらいは言われますけど。」
「……。」
ふこお、何も言えません。平伏絶倒して、全身全霊で敬意をアピールしています。
「というか、むしろ多めに死なせた方が良いくらいなんです。科学の時代になってから、神様業界って大不況なんですよ。皆疑ってばっかりで、信じてくれないんですもん。まして死神なんて、何かと悪者扱いされてますし…。」
死神の背中から、サラリーマンの哀愁を感じます。
「ほら。ここの神社も、誰も住んでない空き神社じゃないですか。私も人の不幸は嫌いですし、死んでほしくない気持ちも分かるんです。でも、妻子もおりますし…。」
「甘い!」」
甘いと言ったら、シュガーちゃんです。
「甘い!仕事なら、最期までしっかりやり遂げなさい!ただし今回に限っては、私が先にあなたを消し去るけどね!」
「えっ!?えぇ…。」
死神、アンニュイな表情です。
「あっ、あの…。死神さんのお仕事というのは、地球限定なんでしょうか?」
口を開いたのは宇宙人。もうバレちゃってるのですが、クセでパクパクしています。
「えっ?それは分かりませんが…。どうしたんですか?」
「あのですね。私がこの星に来たのは、地球人の死の秘密を探るためなんです。私の星の住人は、どうも死ねないタチらしくって。皆、死にたくてしょうがないんです。死神さんって、死のプロフェッショナルなんですよね?」
「えっ!?しょ、少々お待ちください!すぐ上に確認します!」
死神、少し離れて電話を掛けます。これまたクセで、ペコペコしています。
(そんな用事で地球に来てたんだ。)
(あ、実はそうなんだよね。自分でもちょっと忘れてたけど。)
(やば。てか、死なない人なんかいるんだ。やばいね。)
(いや、やばくはないんだけどさ。なんか、つまんないんだよね。)
(えっ、なんで?)
(うーん、なんて言うんだろ。なんか、締まらないっていうかさ。気長にやれるから、結局何でもできちゃうし。何やっても身が入らないんだよね。)
(ふーん。それで死にたいの?)
(うん、まぁ。あと単純に、死ねないから死んでみたいっていうのもあるかな。)
(やば。そういえばさ、死なないなら、ストーカーに追われるのとか別に平気じゃないの?)
(いやいや。痛いのとか怖いのとか、普通にめっちゃ嫌だよ。そりゃ死にはしないけど。)
(そっか。)
「お待たせしました!」
死神が、ニコニコしながらやってきました。とても怖いです。
「上司に問い合わせたところ、地球以外の星でも問題ないとのことでした!ちなみに、どれくらいの人口の星なんでしょうか?」
「えっ?えっと、多すぎて数えたこともないんですが…。星自体が地球より大きくて、しかも長生きでして…。」
「ほ、本当ですか!?すいません、またちょっと電話してきます!」
「あ、あの、何かマズかったんでしょうか?」
「いえいえ、とんでもない!こんな大口顧客は初めてです!上司も大喜びですよ!」
突如舞い降りた名誉挽回のチャンス、そして永遠の中で待ち望んだ死との遭遇。二人はぷ、万歳三唱しています。
「ねぇ!じゃあ、もしかして!」
「はい!もう死ぬ気のない人をわざわざ死なせることはありません!いやぁ、久々に腕が鳴りますよ!」
「やったー!」
シュガーちゃんの歓喜の声が、ハッピーエンドの扉を叩きました。
飛び上がった彼女の華麗な着地を合図に、大団円にピッタリな、荘厳なメロディが響き渡ります。
おっと、少しだけボリュームを調節しましょう。
「それでは、これから急いで本社に戻りますので、お先に失礼します!今日はありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました!これで胸を張って星に帰れます!今後とも末永く、よろしくお願いいたします!」
(良かったじゃん。)
晴れやかな笑顔で、大きく手を振り去っていく死神。背広と言うのも納得の、凛とした後ろ姿です。
「はぁ、よかった。本当によかったわ。」
「本当に、何とかなってよかったです。」
作戦の大成功を噛みしめるシュガーちゃん。その横で、自身の無事に安堵するふこお。
「なんだか、男の人って頼りになるわね。」
「えっ!?」
おや、聞き間違いでしょうか?BGMのボリュームを、もう少しだけ下げてみます。
「男の人って、頼りになるわね。」
「はい!」
「あの…。」
「はい!!」
「あの!もしよかったら!」
「はい!!!」
「今度また、私と一緒にストーカーしない?」
「えっ…。あっ……。」
「あっ。そっか、宇宙人さん、星に帰っちゃうのか…。じゃあやっぱり、“彼女”のストーカーね!はい、決定!それじゃ、またね!」
打ち出される軽快なリズムに合わせ、シュガーちゃん、スキップで帰っていきました。
「どっ。」
ド?
「どっ、どうしてそうなるんだぁぁぁ!!!やっぱり僕は、世界一不幸だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ふこおの叫び声が町を飛び越え空をつんざき、
「あっ。」
あっ。澄み渡る青空に、ロケットパンチが飛んでいます。一筋の、綺麗なロケットパンチ雲ができています。
…ん?あれっ?あっ。
「あっ!お前!!!待てぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
力強いコーラスに背中を押され、ふこお、いざ傘返せと走り出しました。
そしていよいよ主旋律。ポップにロックに楽しげに、そして元気にいきましょう!
「あははははははは。」
「あれ?口、動いてない?」
無音になって、そして宇宙人の方を向く少女。驚き尋ねます。
「えっ?」
あるところに、一人の少女がいました。
「はじめまして。出席番号○○番、○○です。」
このセリフが言えなかった少女は、それ以来、話すことができなくなってしまいました。
(おはよう、ミケ。)
町なかで猫に出会ったら声をかけるのが、少女の恒例行事でした。
(あのね。死神さんは出世して、今は課長さんなんだって。“彼女”さんには、最近彼氏ができたみたい。二人が愚痴ってた。)
今日も元気に、少女は話しかけます。
(え?あの宇宙人?えっとね…。)
少女は、遠くを見つめます。それに釣られてか、猫も何かを見つめています。
(あっ!)
宇宙人が遅れてやってきました。
「それじゃあミケ、またね!」
少女は駆けていきました。
少しの間二人の方を眺めていた猫も、飽きてしまったのでしょう。陽だまりへと歩いていって、そして眠ってしまいました。
めでたしめでたし。
あ、エンディング・テーマはお好みで。
それでは。
おしまい。
「おしまい。じゃないわ!」
はてな。
「俺だけ全然ハッピーじゃないじゃん!なんかストーカーになっちゃってるし、なんなら傘も戻ってきてないじゃん!」
なるほど、さすがふこおです。
「ご丁寧にデスマス調なんか使って、勝手に話進めやがって!ふざけんな!」
あっ、バレた。
「てかこれ、カギカッコも逆なんだよ!何で俺に付いてんだ!ふざけんな!」
「分かった分かった、ゴメンって。でも、結構楽しかったでしょ?あっという間の物語だったでしょ?」
んなわけあるか。お前に振り回されたせいで、書きたいもの書いてる暇もなかったわ!
「あっ、なんだ、何か書きたかったのか。それなら頑張って書けばよかったのに。」
はぁ。分かってないな、それじゃダメなんだよ。こういうのは、出てくるの。頑張って書いたら、意味ないの。“努力は凡人に与えられた夢”って言葉、知らないの?
「いや、知ってるけどさ。でもその言葉って、“才能は凡人が諦めるための言い訳。結局やるかやらないか”って続くよ?」
……。
「まぁ、後半は俺の言葉なんだけどさ。」
ふざけんな!
「いやいや。生きるのって、やるかやられるかじゃん。だから結局さ、何事もやるかやらないかなんだって。俺はそう思うよ?」
………。
「そういうわけでさ。ラララバイバイ、よろしく頼むよ!」
ふざけんな!!!絶対に、最悪の隣人を用意してやる!!!!!
コツコツコツコツ。
ふと聞こえてきた足音に、思わず口を閉ざす。そのまま息を殺して、玄関へと向かう。左足をサンダルに置き、壁に両手をついて、覗き窓から外を見る。
「はぁ…。」
と溜息をついて、上階の住人が階段を登っていく。
左手に引っかかっているビニール袋。中身はどうせ、コンビニ弁当か何かだろう。不健康極まりない。
覗き窓から目を離す。今度はその場にしゃがみ込み、郵便受けから外を聞く。
カサカサとビニール袋の擦れる音。玄関を開け、そして再び溜息をつく。扉が閉まる。
立ち上がり天井を眺める。
靴を脱ぎ、冷たく軋む廊下を踏みしめる。咎める誰かもいないだろうに、静かに静かに歩を進める。きっと、自分を殺すのがクセになっているのだろう。
洗面台横の排水管を、温かなお湯が流れていく。しゃらしゃらしゃらしゃらしゃら。
今夜のにらめっこは、少し長丁場のようだ。
静かになった、畳の間にご到着か。
疲れた身体を引きずって、電子レンジをチンと鳴らして、そして寂しく眠るのか。
可哀想に。
あっ、そうだ!実はあいつ、めっちゃ怖い殺人鬼なんだよ!
「あんな死んだ目した奴の、一体どこが怖いんだ。」
…………。
「忙しくて死にそう。」
はぁ。
(続)
ラララバイバイ(上) リトルミックビリー @ho_ji_tya_rock
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ラララバイバイ(上)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます