ラララバイバイ(上)

リトルミックビリー

ラララバイバイ(上)

「暇で死にそう。」

 誰かに聞かれたらぶっ殺されそうな言葉が、うっかり喉から飛び出した。耳にしたのが数ヶ月前の自分なら、耳を引きちぎっていただろう。しかし現在、それはどんな偉人の言葉よりも心に染み入るものだった。なんてったって、僕は絶賛失業中なのだ。


 まぁ失業中の人間というのは、本当はやるべきことが山積みなのだ。が、やるべきことほどやる気が出ないというのは、世界中の人間の真実だろう。そう信じてやまない。

 ちなみに失業の理由は、「働くのが面倒になった」という非常にシンプルかつ大胆なものであり、今更、何かを率先してやるような気概は当然ない。


 さて、暇で死にそうな僕にとっての、唯一日課と呼べるものを紹介しよう。それは「スマホを開く」ことである。そうこれこそが、残り少ない(というか元々少ない)貯金を減らさず、気力や体力も要さず、そして日がな一日行うことができる、まさに人類の叡智の結晶と呼ぶにふさわしい遊戯なのだ。


 それでは満を持して、スマホを開こう。ポチっと。一筋の光が差し、世界と自身が一体となる。まさに全知全能、最高だ。

 神と化した僕は、ダラダラと世界を閲覧する。興味があればしばらく眺めれば良いし、なければ掃いて捨てれば良い。最高だだだだだ。


 スマホを眺めて幾星霜、こんなものを見つけた。

「絶対に当たる!あなたが本当に欲しいものが分かる心理テスト!」

 ワクワクする、さっそくやってみようじゃないか。


 ・思いついた順に、「○○したい」という短文を16個書き出してください。

(食べたい、知りたい、聞きたい等)

 ・1,2番目、3,4番目、と順番に「○○したい」を二個ずつペアにし、その二つの短文から連想されるものを書き出してください。(食べたい+知りたい→レシピ本等)

(計8個、連想することになりますね!)

 ・連想された8個のものを再び順にペアにし、4個のものを連想し書き出してください。

 ・4個のものから2個のものを、2個から1個を連想してください。

 ・最後に連想した3個のものを、順に打ち込んでください。


 それなりに時間がかかるテストだったが、何せ時間は死ぬほど持っている。むしろありがたい。早速結果を確認すると、どうやら僕は、「結婚」と「飲み会」を心から欲しているらしい。ちなみにストレス要因は、「人間関係」そして「孤独」とのこと。


 なぜか認めたくない気持ちになったが、当然大当たり。さすがは、「絶対に当たる!」心理テストである。それにしても、「素敵な女性や愉快な仲間に囲まれて、末永く幸せに楽しく暮らす」ことを夢にみているとは、自分はなんと模範的で素晴らしい人間なのだろう。


 ただ、そんな僕にはとある問題があった。「類い稀な存在であるが故の悩み」といったところなのだが、なんと僕には、友人というものが存在しないらしいのだ。恋人に関しては、言わずもがなである。


 ところがこれは幸か不幸か、先述された僕の憂うべき真実は、かねてより携えていたもう一つの問題を解決に至らしめた。その問題とは、「この物語のタイトルをどうするか」であり、そして今しがた決定されたこの物語のタイトルは、『最悪の隣人』である。

 字面を眺めてみた限り、なんと不幸なタイトルだろう。


 ※この物語をここまで読み進めてくださった方にとって、この物語のタイトルが『最悪の隣人』であることは周知の事実であろう。しかしこの、タイトルがプロローグの終わりにやってくるというお洒落な演出を、僕はどうしてもやってみたかったのである。



 ???



「そのタイトル、辛気臭いから却下ね。もう新しいのに変えといたから。」


 ??????


 何が起きているか分からず、物語のタイトルを読み返す。するとそこにはなぜか、「最悪の隣人」ではなく、「ラララバイバイ」という文字が並んでいる。


「いい感じの響きでしょ?タイトルはそれで頼むわ。」


 頭の中に「?」が浮かぶ。というか、「?????????」というのが、より正確な表記かもしれない。信じられない。なぜ、これから記そうとしている物語の主人公に、渾身のタイトルを否定されているのだろうか。それも妙な代案付きで。


「いや、だって辛気臭いじゃん、『最悪の隣人』って。絶対イヤだよ、そんな話の主人公。それにいい感じでしょ?『ラララバイバイ』って。」


 確かに、響きは悪くない。しかし、本当に響きだけである。響きだけすぎて、むしろ軽薄にすら受け取れる。というかもう、軽薄さが丸出しである。それならまだ、響きも悪い方がはるかにマシである。そして何より、僕がこれから描こうとしている重厚なストーリーに、一切マッチしていない。


「いや、そりゃそうでしょ。物語の展開を俺が知ってたら、それこそ最悪でしょ?」


 …………。

 かれこれ30分が経過していた。ただしこれは、スマホのデジタル時計の意見である。体内時計はほとんど永遠だったと主張しているし、机の上のアナログ時計も、その通りだと告げている。


「んなわけあるか。いい加減電池換えてやれ。」


 ……。

 ただ、わずか30分で永遠を体験できたおかげで、一つ思い出せたことがあった。そう、僕は世界一不幸なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『最悪の隣人』

 あるところに、金策が尽き死ぬことを考えている男がいました。

 彼の日課は、公園や高架下を散歩して、

(ここで段ボールに囲まれて生きるよりは、首を括る方がマシだよなぁ。)

 と、不思議な優越感に浸ることでした。

 そんな彼の前に、ある日老人が現れました。身に着けているものから些細な仕草まで、彼を取り巻く全てのものが、彼がお金持ちだと告げていました。

 老人は頭を下げ、言いました。

「あなたに、一年間生きられるだけのお金をお渡しします。その代わり、あなたのその一年間を、どうか記録させていただけませんか?もちろん、一年間、ただ食べて寝るだけでは面白くありませんよね?あなたが遊ぶためのお金も、もちろん上乗せいたします。」

 既に死ぬしかないと思っていた男にとって、その提案は素晴らしいものでした。突然目の前に神様が降り立ち、一年分の寿命をくれたようなものでした。それも、遊んで暮らせる一年です。

 当然男は快諾し、彼の最後の一年が幕を開けました。




「いやいやいや、何してんの?ダメだよ、勝手なことしちゃ。勝手に俺の人生開幕させないで?しかも一年後に死ぬっぽいし。(ここで段ボールに囲まれて生きるよりは、首を括る方がマシだよなぁ。)とか、何勝手にアテレコしてんの?ありえないから。」


 「ありえない」というセリフが、なぜ彼の口から出ているのだろう。今の僕ほど、「ありえない」という感情が似合う人間がいるはずがない。いてたまるか。ありえない。

 しかし、そんな僕の事情などお構いなしに、彼はまくし立ててくる。ありえない。


「まぁ、まだまだ言いたいことはあるんだけど、とにかく、辛気臭すぎるから。重厚でもシリアスでもなんでもなくて、ただ、なんかちょっと暗いね、風邪でも引いてんの?って感じだから。ホントやめて。早く『ラララバイバイ』書いてよ。」


 せっかく一年間生きられるはずだったのに。今すぐ消し去ってしまおう。


「いやいや、作者が主人公に愛着持ってないとか、ホントありえないから。そんなんだから、今までの作品も中途半端なとこで終わってんじゃないの?俺はホント嫌だからね。他の奴らみたいに、陰鬱な世界で宙ぶらりんにされたまま、忘れ去られてオサラバなんて。」


 ……。いや、違うんだって。大丈夫だから。今回はちゃんと、最後まで考えてあるから。


「どうせあれでしょ?老人から課題を提示されるようになって、それがだんだん重たいのになって、最後、人を殺せとか言われるんでしょ?」


 そうなんだよ!それで、結局他人は殺せないから、自殺するっていう!どう?めっちゃ良くない?


「めっちゃ辛気臭い。」


 いや…。他にも見どころが沢山あるんだって。なんか、一年の間にできた人間関係とか、人を殺せって言われた時の葛藤とか、なんやかんやあるからさ、大丈夫だって。


「なんやかんや!」


 …………。


「あとそれ。その、なんかあったらスマホ開いて時間潰すの、やめてほしい。これはあんまり言いたくなかったけど、『最悪の隣人』も、書いてる途中でスマホ開きまくってたじゃん。全然筆進んでなかったじゃん。向いてないんだって、カッコいいのは。モテたいのは分かるけどさ。」


 筆で書いてないし。


「は?」



 これ以上言い争っても、お互いにとって有益ではない。そう判断した僕は、とりあえずコンビニに向かうことにした。すると、小雨がぱらついてきた。本当についていない。伊達に世界一不幸じゃないな、まったく。


 荒んだ心持ちで冷たい雨の中を歩いていると、どうしても辛い記憶を思い出してしまう。それが人間というものだ。そして僕が今思い出しているのは、そう、あの哀しき就活の日々である。


「それでは、自己紹介をお願いします。」

「はい、本日はよろしくお願いいたします。○○と申します。―――。」


 挨拶は大切、親に教わった。先生もそう言った。

 しかし、僕はその言葉の意味を全く理解していなかった。両親や先生方がせっかく伝えてくれたその言葉を、ただただ引き出しにしまい込んでいた。


 そして、社会に出ようというその時になって、そこでようやく気が付いた。いや、気付かされた。いきなり飛び出た引き出しが、右の脇腹を突き刺した。めちゃくちゃ痛かった。


 挨拶は大切、その通りだった。


 それから何度、挨拶をしただろう。私の名前は○○ですと、自分の名前を呼んだだろう。 

 そしていったい何度、自分の名前に「×」を付けられたのだろう。


 くそったれ。


 あぁ、やっぱり僕は世界一不幸だ。

 そう呟いて傘の水気を払う、コンビニに到着だ。眩い光が目に飛び込む、随分景気の良いことだ。おまけに温かい空気がお出迎え。

 着いた途端に雨が止んだことも、思わず許してしまいそうになる。


「いらっしゃいませ~。」


 温かな空気に紛れ込んだ、気の抜けた挨拶が耳に入った。というか、入ったはずだ。全く気に留めていないので、定かではない。

 そんなことよりも今は、何を買うか決めなくては。冷やかしと思われるのは癪である。

 結婚も飲み会も置いていないし、友人には値引きシールがない。困ったな。


 ふと、菓子パンコーナーに残っていた焼きそばパンを手に取る。目に入ると手に取ってしまう、手に取れば食べたくなってくる。不思議な食べ物だ。

 少し愉快な気持ちになってレジに向かう。お会計をしながら、何気なく外を見る。傘立てにぽつりと刺さっていた傘が、ちょうど盗まれているところだ。


「雨、止んでるよ?」


 なぜか冷静にそう思う。落としてしまわないよう、お釣りをきちんとしまう。


「ありがとうございました~。」


 気の抜けた挨拶に背中を押される。置いておいた傘が、当然そこにない。

 冷たい空気を切り裂き走る、そして思わずこう叫ぶ。


「あぁぁぁぁぁ!!!やっぱり僕は、世界一不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 どこかの誰かの叫び声が、町を飛び越え空をつんざき、そして宇宙でピタリと止まる。

 静まり返った世界でなぜか、オールド=スタイルな機械音が意味ありげに鳴り響く。ゴウンゴウン。ゴウンゴウン。ゴウンゴウン。ふっふっふ。ゴウンゴウン。

 宇宙船の中に、不敵に笑う男が一人。


「ハローアイアムユミ。ウォーアイニー。ボンジュールボンセジュール。本日は晴天なり。

 完璧だ、ジャンボ。」


 宇宙にいるから、彼は当然宇宙人。

 足元には、所狭しと地球の教科書。こりゃさぞ大変だったろう。


「いよいよ地球に到着か。全てを手にした我々が目指す“最後の秘宝”。そのヒントが、まさかこんなところに転がっていたとは。何としても手に入れなくては。ふっふっふ、こういう時には、死ぬ気で頑張ります、と言うのだったな。ふっふっふ、死ぬ気で頑張ります。ふっふっふっふっふっふっふ。」


 ゴォォォォォォォォォ、ドカーン!


「よしよし、無事に着陸できた。それにしても地球人とやらは、完璧に私と同じ形をしている。さすが私だ、変身も抜かりない。これなら誰も、私が宇宙人だとは、思うまい。」


 ふっふっふ、ふっふっふと、相も変わらず不敵な笑い。彼は一体何を求めて、地球にやって来たのかしらん?

























 あなたが住んでる隣の町で、これから何かが巻き起こる!?

 隣町ファンタジー☆ミ

 『ハローアイアム』













 あるところに、一人の少女がいました。

 まぁ実際は、少女というほど幼くはないのですが。ささっと紹介してしまいたかったので、彼女の名前は「少女」になりました。とってもステキな名前ですね!


「はじめまして。出席番号○○番、○○です。」


 このセリフが言えなかった少女は、それ以来、話すことができなくなってしまいました。

 しかし、それはまぁそれとして、彼女は楽しくやっています。彼女の良いところですね!


「こんばんは、ミケ。」


 町なかで猫に出会ったら声をかけるのが、彼女の恒例行事でした。


「私の名前はミケじゃないぞ。」


 返事がありました。


「えっ!?」


「だから、私の名前はミケじゃないぞ。」


 彼女は驚いていました。当然です、彼女は話せないのですから。

 さっきの「こんばんは、ミケ。」も、変換が面倒くさかっただけで、本当は(こんばんは、ミケ。)なのです。「えっ!?」も、本当は(えっ!?!?!?!?)です。

 返事が来るなんてありえません。あと、猫は喋りません。


「……。あなた、宇宙人でしょ!」

「えっ?いやいやいやいや、何言ってるのあなた…。」


 急に挙動不審になった男がいます。彼はついさっきまで、少し離れたところから、少女と猫をジッと眺めていました。どう考えても怪しい男です。 

 少女は、その怪しい男をジーっと見つめます。


「……。な、なぜバレた!」

「だって、テレパシーで会話してるじゃん。」

「????????????」


 頭の中に、「?」がきっかり1ダース飛び込んできたため、少女は男を手招きしました。ポケットからスマホを取り出します。


「これ見て。」

「何これ?四角?」

「いや、違う。スマホ。知らないの?」

「う~ん、なんて言うかさ。知ってるんだけど、あれなんだよね~。電子書籍より、紙派っていうかさ~。分かる?もちろんスマホは知ってるんだよ?知ってるんだけどさ~。」


 会話をやり直す決断をした少女は、一度スマホをポケットにしまいます。そして取り出し、開きます。ポチっと。そして、適当な動画を流します。


「これ見て。皆、口が動いてるでしょ?」

「うん。」

「地球人は、こうやって口を動かして会話するの。」


 男はビックリ仰天しています。彼がもし地球人だったなら、開いた口が塞がらなくなっていたでしょう。危ないところでした。


「あなた、さっきから全然動かしてないじゃん。バレバレだよ。あと、話してるとなんか頭痛くなってくるし。」


「頭が痛いのはこちらの方だ!」


 と言わんばかりに、男、もとい宇宙人は頭を抱えうなだれます。


「いやぁ…。確かに、なんかおかしいとは思ってたんだよな~。うわぁ…。ホントだ、ホントに動いてるよ、口。バカみたいに。そんなの気付かないよ~、意味分かんないわ、マジで。はぁ…、どうすっかな~……。」


 今さら必死に口をパクパクさせて、心の声を発信しまくっている宇宙人。

 少女は仕方なく伝えます。


「誰にも言わないって。」


 少女の言葉に嬉々として顔を上げた宇宙人は、ふと、疑問を口にします。


「あれ?君も宇宙人?」(パクパク)

「そんな訳ないじゃん。」


「でも、パクパクしてないよね?」(パクパク)

「なんか、今ちょっと喋れないんだよね~。だから、あんたが話しかけてきた時、めちゃくちゃビビったもん。」


「あぁ、それで、(えっ!?!?!?!?)ってなってたのか。」(パクパク)

「うるせ。まぁそういうわけで、誰にも言わないっていうか、言えないから、安心してよ。」


「えっ、マジか。」

「おい、喜ぶのは別に勝手だけど、パクパク忘れてんぞ。」


 宇宙人との会話で頭痛がピークに達していた少女は、つい、少女らしからぬ物言いをしてしまいます。


「こわっ…。」(パクパク)

「あ、ごめん。そういえば、私は少女です。よろしく。」

「あ、どうも、宇宙人です。どうぞよろしく。」(以下パクパク割愛)



「待てー!!!!!!」


 少女と怪しげな男が佇む、静寂に包まれた夜の町。そこに突如、悲痛な叫びがこだまします。そして冷たい風と共に、二人の男が駆けてきます。一人はそのまま駆け抜けて、もう一人は目の前でこけました。あらま。なんだか世界一不幸そうな男です。


「……。あぁ、やっぱり僕は、世界一不幸だぁぁぁぁぁ!!!!!」


 思わぬところで正解したため、二人はうっかりハイタッチ!忍びなさげに尋ねます。

「あの…、大丈夫ですか?」


 世界一不幸な男、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで、吐き出します。

「どうして!傘を盗まれて!!!」


 配分を間違え、息継ぎを挟みます。すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。大きくすぅ。

「女の子に見下されなくちゃいけないんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 男の渾身の叫びに、二人は思わず顔を見合わせます。


(あっ。あんたが普通に話すせいで、喋れないのすっかり忘れてたわ。)

(えっ?なにその人のせいにする感じ…。)

(いいから、早く説明して!なんかこっち見てるし!)



 ……。



「―――。と、いうわけなんです。どうもすみませんでした。」

「いえいえ。そうとは知らず、こちらこそすみませんでした。それにしても、やっぱり僕は世界一不幸だなぁ…。」


 チラチラと視線を投げかける男をヨソに、パクパクの上達ぶりに宇宙人はホクホクしています。イライラを抑え、少女はシブシブ尋ねます。


(どうされたんですか?)

「ど、どうされたんですか?」


 少女の鬼の形相に気圧され、宇宙人は思わず復唱します。


「はい!実は、僕は世界一不幸で…。」


 男が喋り始め、安心したのも束の間のこと。

 ダラダラと垂れ流される辛気臭い言葉の波に飲み込まれ、少女は今度は水死体のように膨れ上がっています。全身が苛立ちで彩られ、真っ赤っかです。


「そ、それはお気の毒ですね…。」

「そうなんです!」


 言葉選び・タイミング・それっぽい顔、その他諸々全て満点な相槌に、男は思わず感嘆し、惚けています。勉強した甲斐がありました。すかさず、宇宙人は続けます。


「もし良かったら、温かい飲み物でも買って来ましょうか?せっかくこうして出会えたんですから!」

「え、良いんですか!?ありがとうございます!」


 自販機に向かいながら、少女も思わずこぼします。

(宇宙人とは思えない。)


 その一言に気を良くし、ガシャコン!と古風に落ちてきた飲み物を取り出そうとすると、ピロリン!と、これまた古風な音が響きました。せーのっ!!と息を合わせ、一人は飲み物を、もう一人はスマホを、それぞれ取り出します。

 ……。飲み物を渡そうとした宇宙人を遮り、男は高らかに宣言します。


「あの、なんかすいません!急用ができたので、ちょっと帰りますね!それ、どうぞ召し上がってください!あ、五円だけお支払いしますね、ご縁だけに!」


 五円玉を渡し颯爽と帰路に就く男を、二人は黙って見送ります。


 少女の怒髪は天を衝き、わずかに漂っていた雨雲の残滓を吹き飛ばしました。満天の星空の下、手持ちブタさんになった宇宙人は、持っていた五円玉を、ふと、怒髪に乗っけます。上手いこと刺さりました。まるで東京スカイツリーです。

 少女の拳が、宇宙人の右の脇腹を突き刺しました。




 ルンルンランランタンタカタン。

 この世のものとは思えない足音を連れて、一人の男がやってきた。ふらっとコンビニに出掛けたにしては、随分と遅いご帰宅である。


「ただいま!」


 声が大きい、うるさい。そのうえ、ニヤニヤニヤニヤにやついている。気色が悪い。

 何か、良いアイデアでも浮かんだのだろうか?まぁ、そんなはずはない。


「あのさ、ちょっと聞いてよ!なんかさ、大学の頃の知り合いから連絡があって、明日、久しぶりにお茶でもしませんかって!ちょっと、気分転換に行ってきてもいいかな?」


 わざわざ疑問形なのが鬱陶しい。


「いや~、困ったな!何着て行こうかな、懐かしいなぁ!」


 懐かしいとは、随分達者な文句を見つけたものだ。


「いやほんと、懐かしいなぁ!懐かしくて、会うのが本当に楽しみだなぁ!懐かしい!」


 とんだウハウハ野郎である。ついさっきまで、「世界一不幸」という肩書きを背負っていた自覚はあるのだろうか。


「なんか、ゴメンね!『最悪の隣人』とか用意しちゃって!『恋って素敵!』みたいな話作るからさ、ちょっとだけ待っててよ!あ、デートに行くならどこが良いとか、ある?あったら言ってね!作品に取り入れるからさ!」


 言われてみれば、人に『最悪の隣人』なんかを押し付けておいて、自分が世界一不幸だとは、メチャクチャにもほどがある。あと、『恋って素敵!』ヒドすぎる。


「じゃ!明日があるし、今日はもう寝るね!あっ、これあげる!おやすみ!」


 そう言って、男は布団に包まり寝息を立てる。なんと一方的なサヨナラだろう。

 まぁ、「最高の明日」が待っているのなら、それも仕方のないことか。


 当然、そんなものは待っていないが。

 明日もきっと彼は元気に、世界一の不幸を謳歌する。


 バフッ。パクパク。おっ、紅ショウガが効いている。旨い、最高だ。




 次の日。

 イカれた絵描きがインクをぶちまけたせいで、空は一面真っ青だ。


「懐かしいね!」

「そうだね、待たせちゃってゴメンね!」


 冴えない男の冴えない言葉をサラリと受け流す、美しい。しかも、男の野暮ったいエスコートにも女神のように微笑み、楽しそうにしている。優しい、優しすぎる。楽しいはずがないのに。

 冴えない男と共に、彼女は喫茶店に入る。カランコロン。


「今日は来てくれてありがとう!」

「いや~、別に!なんか懐かしいね!何かあったの?」


「えっと、実はね…。私、最近なんだかストーカーされてるみたいなの…。」

「えっ、ホント!?大丈夫?なんでも力になるよ?」


「ホント?そう言ってくれてすっごく嬉しい!頼りになるね!ありがとう!」

「いやいや、別にそんなことないけどさ!任せてよ!」


「そうしたら、もう少しだけ私と一緒に、ここにいてくれない?」

「えっ?」


「ここのお店、ガラス張りでとってもお洒落でしょ!」

「う、うん。」


「だからね!ストーカーさんが私たちを見つけるのも、きっと簡単だと思うの!」

「ま、まぁ…。たしかに、そうかもね…?」


「男の人と一緒にいるところを見たら、ストーカーさんの気が変わるでしょ?」

「えっ!?いや…。」


「友達は会社勤めの人ばっかりで、迷惑がかかっちゃうから誘えなかったの!本当に、今日は来てくれてありがとう!」

「…………。」


「ホント、ちょうど無職でいてくれて助かっちゃった!誘うのも気を遣わなくていいし、すっごく嬉しかった!」

「そ、あ、うん……。」


「それじゃ、今日は本当にありがとう!ごちそうさま!じゃあね!」

「え!?う、あっ…。」


 カランコロンと、彼女は大きく伸びをする。可愛らしい。そして後ろで真っ白になっている男に手を振り、颯爽と歩き去る。綺麗だ。

 別れの言葉すら告げられなかった男は、一人空しく呟いた。


「はぁ、やっぱり僕は世界一不幸だ…。これでストーカーがいなくなるとも思えないし…。なんか、ムダに傷ついただけの一日だったなぁ……。」


 ん?ストーカー?


 おや。

 どうやら彼の一日は、まだまだ始まったばかりのようです。



「ねぇ、ちょっと。あなた。」

「え!?あ!?スミマセン!」


 突然見知らぬ女性に声を掛けられると、世界一不幸な男は謝りがちです。

 ところで、いい加減「世界一不幸な男」と打つのにも疲れてきました。今後は、「世界一不幸な男(通称“ふこお”)」このルールに従いたいと思います。


「そんなバカな!」

「いきなりバカって、失礼ね!」


 パシン!

 と、まぁこれはお約束。お決まりのパターンというやつですが、せっかくなので。

 ギッタンバッタン!

 こうしておきます。


「ぎゃふん!」


 バカらしさ満載の呻き声を合図に、女性は尋ねます。


「あなたさっき、彼女と何を話していたの?」

「え?あ、ええっと…。」


「声が小さい!聞こえない!」

「ス、スミマセン!」


「声が大きい!うるさい!」

「す、すみません…。」


 男は今、とても悲しい気持ちです。


「なんか、ストーカーがどうこうって、聞こえた気がしたんだけど。」


 勘の悪い男も、なんとなく事態を察したようです。顔がうっすら青ざめています。

 しかしうっかり、尋ねてしまいました。


「もしかしてあなたは、例のストーカーさんですか?」

「違うわ、私はサトウよ。スズキって言ったらひっぱたくわ。シュガーちゃんって呼ばれるのは、嫌いではないわ。」


 ストーカーではなかったようです。セーフでした。


「あの、サトウさん。」

「……。」


「シュガーちゃん。」

「なに、どうしたの?」


「黙れ!!!」


 思わず口を紡いだ男に、シュガーちゃんは畳みかけます。


「あなた今、彼女の名前を口にしようとしたの!?そんなことして万が一彼女に何かあったら、あなたどうするつもりなの!?信じられない。もし次に彼女の名前を口に出そうとしたら、あなたの名前をこの世から消し去ってやるから。覚悟しておいて。」

  

 アウトでした。そういえば、ふこおでした。


「え、あの、じゃあ…。」

「そうね。あなたもこれからは、“彼女”と呼びなさい。もちろん、ガールフレンドって意味じゃないわ。ヘイ、カノジョ、オチャデモド~ウ?の時の“彼女”。あなたには全くもって無関係な女、という意味の“彼女”よ。」


 僕たちの愛しい“彼”が、辛辣な言葉を浴びせ掛けられています。笑えます。辛すぎてカレー、なんちゃって。


「あのね、彼女はね、とっても素敵な、完璧な女性なの。」


 シュガーちゃんが、何やら語り始めました。皆で静聴しましょう。


「そんな彼女の趣味はね、カレーを作るときに、隠し味に醤油を三滴入れることなの。それで本当に味が変わるのかって?そんなことは知らないし、どうでも良いの。大切なのは、その瞬間の彼女の仕草がとっても華麗で、笑顔が可憐すぎるってこと。そして、それを眺めている時が、世界一幸せだってことなの。」


 ふこおはシュガーちゃんを見ています。じ~。


「だから、違うって言ってるでしょ!私は卑劣なストーカーとは違うの!真のストーカーなの!」

「ストーカーなんじゃないですか。」


「だから違うの!真のストーカーはストーカーにあらずって言葉、知らないの?」

「知りません。なんですか?その、フォーマットだけは名言みたいな言葉。」


 決まった!と思ったのでしょう。ふこおの鼻は高々です。

 バキボキ。

 ぎゃーす。


「あなた、本当に頭が悪いのね。良い?私は、“そのままの彼女”を眺めていたいの。それなのに私が彼女に関わりを持ったら、意味がないでしょ?」

「ま、まぁ…。」


「世界中の人間が私のことを知ったとしても、彼女にだけは、私のことを知られてはいけないの。“私のことを知っている彼女”はもう彼女ではないの。彼女のいない世界なんて、意味がないの。」

「ぱ、ぱぁ…。」


 ふこおには少し難しすぎたようです。ぱっぱらぱーの顔をしています。


「現にさっき、一瞬でも私の気配を感じた?私は、卑劣なストーカーとは違うの!!!」

「おぎゃあ。」


 産まれました。


「まして、彼女を困らせるなんて!そのせいで、醤油を五滴も入れてしまったのよ!許せない。良い?私は、私の幸せな世界のために、卑劣なストーカーを消し去らなくちゃいけないの。」

「そ、そうなんですね…。」


「うん。それじゃ、手伝ってね。」

「え!?いやいやいやいや、何でですか?イヤですよ。」


「は?どうして?」

「ど、どうしてって…。そんな危なそうなこと、絶対イヤですよ。やるなら一人でやってくださいよ。」


「無理よ、私はただのか弱い女なんだから。できるわけないでしょ。私を一体何だと思ってるの?」

「え、えっと…。」


 確かに、それは少し難しい問題です。

 正解は、「“彼女”の真のストーカー、シュガーちゃん」です。(3点)



 さて。シュガーちゃん一行は、元気にストーカーをしています。


「彼女、やっぱり可愛いなぁ。」

「うるさい、振られたくせに。振られたっていうか、相手にもされてなかったくせに。」

「ひ、ひどすぎる…。それにしてもあの男、本当に怪しいですね。」


 二人の視線の先には、中肉中背、いたって普通の冴えないサラリーマンという感じの、明らかに怪しい男がいます。


「そうでしょ。あっ、あいつ!」

「え?」

「あいつ!ストーカーのくせに二股なんて、本当に許せない!」


 言われてみれば例のストーカー、さっきからチラチラと、こちらを見ている気がします。 

 嘘です、あしからず。


「あれ?あの子、僕の友達です。」

「そうなの?じゃあ、ストーカーされてるかもって教えてあげれば?っていうか、マスクしてるのに良く分かったわね。気持ちわる。」

「あんまりだ…。まぁ確かに、放ってもおけないですしね。」


 マスクを付けた謎の少女、その正体やいかに!?

 次回!恋の万有引力、不純異星交遊待ったなし!?

 ~他に話し相手がいない二人は、なんだか見つめ合う時間が増えてきて…~の巻。

 しばし休憩、寝ないで待て!



 ……。



「―――。と、いうわけなんです。どうもすみませんでした。」


 元はふこおだったボロ布が、地面に落っこちています。

 「友達では断じてない」という宣誓パンチから、渾身の右ストレート。出会い頭の見事なコンビネーションで、ふこおはKOされたのでした。


「いえいえ。そうとは知らず、こちらこそすみませんでした。それにしても、相変わらず世界一不幸そうですね。」(こなれた感じのパクパク)


 優しさの見返りがぶん殴りだったふこおを見て、宇宙人、懐かしい気持ちです。


 ちなみに、どうしてマスクをしているんですか?

(あぁ。なんか、いちいち喋れない説明するの面倒くさいから、喉風邪ってことで一件落着にしてるんだよね。)


 なるほどですね。それなら、マスクに「喉風邪」って書いときますよ。

(やめて。)


 少女の怒りが燻っています。ファイヤー!ボロ布が燃えました。感動の再会にふさわしく、煌々と輝いています。


「あなたたち!」

 ドン!っとボロ布を踏みつけて、火を消すシュガーちゃん。さすがです。ほんのり、カラメルの香りがします。


「これから私が言うことをよく聞いて!」

「あの、そういえばあなたは?」


「私はサトウ。スズキって言ったらひっぱたくわ。シュガーちゃんって呼ばれるのは、嫌いではないわ。」

「は、はぁ。」


「いい?私たちで、卑劣なストーカーを捕まえるわよ!」

「え?」

「やっぱり!そんな危険なこと、嫌ですよね!?」

「うるさい!」


 ここぞとばかりに立ち上がったふこお、敢え無く撃沈です。


「あの、シュガーちゃん。」

「なに、どうしたの?」


 ふこお、何やらガッカリして、白き灰がちになっています。わろしです。


「あの、“彼女”にもこのことを伝えれば良いんじゃないですか?」

 溜息をつくシュガーちゃん。ふこお、今度はニッコリしています。まるで不死鳥です。


「分かってない。真のストーカーは、決して姿を現してはいけないの。」

 ぐぅの音も出ない正論パンチ(通称“ぐぅパンチ”)が決まりました。試合終了です。


「さぁ!そうと決まったら、さっそく作戦会議を始めるわよ!」

(あいあいさー!)


 何だか面白そうなことが始まったと、少女は大喜びです。意外です。



 ―作戦会議―

 作戦会議が始まりました!

 お気に入りの一曲で、気分を盛り上げるのがオススメです!

 イケイケでノリノリに?重厚でシリアスに?ぽつりぽつりとアルペジオなんてのも、きっと最高でしょう!あなたの一曲は決まりましたか?決まりましたね!それじゃあ!


「それじゃあ!アイデアがある人!」


 しーん。


(ちょっと。あんた宇宙人なんだから、何かあるでしょ。)

 静まり返った会議室(ファミレス)に、無茶苦茶なオーダーが飛び込みました。


(いやそんな、急に言われても…。まぁ確かに、宇宙人だから色々できるんだけどさ。)

 宇宙人って色々できるんですって、すごいですね。大気圧でペシャンコになっちゃえ。


(色々?例えば?)

(うーん。例えば、このテレパシーとか。あと、この変身とかかなぁ。)


(変身?あそっか、元々はその見た目じゃないんだ。)

(うん、まぁ。一応宇宙人だし、本当はもうちょっと宇宙人っぽいよ。)


(え、気持ちわる。)

(ひど、ヒトだけに。)


 しーん。


(あ、特殊メイク。)


 しーん。


(特殊メイク!!!!!)

「と、特殊メイク。」


「えっ?」

「え、えっと。実は僕、特殊メイクが趣味なんです。それで、僕が彼女に変装して、ストーカーを誘き出すっていうのは、どうですか?」


 すっかり拡声器と化していた宇宙人。我に返って驚いて、口をパクパクさせています。


「でも特殊メイクくらいじゃ…。」

 ふこお、シュガーちゃんの顔色を窺いつつ、呟きます。


「……。あなた…。」


 緊張の瞬間です。


「あなた、素晴らしい人ね!自分の彼女のために、自ら危険な役を引き受けるなんて!カッコいい!それに、特殊メイクができるなんて!スゴい!スゴすぎるわ!」

 シュガーちゃん、大絶賛です。宇宙人、にやついています。


(彼女じゃないですよ。おーい、彼女じゃないですよー。)

 聞こえていません。にやにや。


「いや、で、でも…。」

 ふこおの呟きにも気付きません。にやにやにや。


「あなた、頼りになるわね!」

 にやにやにやにや。


(あなた、頼りになるわね!)

 にやにやにやにやにや。少女の嫌味にも気付きません。重症です。


「で、でも!誘き出した後って、どうするんですか?」

「うるさい!そん時はそん時よ!はい、決定!それじゃ、誘き出すルートを決めに行くわよ!」


 シュガーちゃんが意気揚々と席を立ち、ふこおも溜息をついて後に続きます。

 向かいの席の宇宙人はというと、目をつぶって腕を組み、先ほどの大絶賛をまだ噛みしめています。そう!それはまるで、ガムみたいにね!


(いつまでにやついてんの?)

 少女の言葉ではなく、スネに走った激痛が宇宙人を目覚めさせました。キシリトール!

 弁慶だけでなく宇宙人にとっても、スネは泣き所だったみたいです。とっても痛そうです。


(ビックリした。トールの雷が落ちたのかと思ったよ。)

(しゃらくさ。)


(ねぇ、宇宙人さん。どうして、さっきあんなににやついていたの?)

(私のセリフみたいにしないで。)


(ゴメン。)


 シュガーちゃんたちの後を追いかけながら、宇宙人、遠くを見つめます。


(僕の星の住人って、皆なんでもできちゃうんだよね。もちろん、僕も含めてね!)

(……。)


(だから、他の誰かに褒めてもらったことって、一度もなくてさ。あ、自画自賛は得意なんだけど!)

(知ってる。)


(だからさ、さっき、すごい嬉しかったんだよね。当たり前だと思ってたことが、あんなに褒めてもらえるなんて。考えてもみなかったよ。)

(ふーん。)


(なんか、あれだ。できないことがあるって、すごいね。)

(……。)


(…、バカにしてるわけじゃないよね?)

(うん、もちろん。)


(ま、危険な役、頑張ってね。)

(あっ。)


 どこかに向かって歩いていく、てんでバラバラな背中たち。バックグラウンド・ミュージックに合わせて、スキップしたりつまずいたり。楽しそうです。

 ちょっと、鼻歌まじりの散歩に行ってきます。それでは。ふんふふんふ~ん。



 ―作戦当日―

「ス、スゴい。スゴすぎる…。」

 “特殊メイク”を目の当たりにしたふこお、愕然としています。


「あなた、本当にすごいわね!人間離れしているわ!」

「いやいや、そんなことはありません!」


 謙遜ではなく、真剣に否定している宇宙人。必死です。

 少女が楽しそうに笑っています。


「それじゃ、行きましょうか!」

(えいえいおー!)


 メイン=テーマが流れ、“彼女”が颯爽と歩き出します。スローモーションで描き出されるその様は、銀幕のヒロインそのものです。思わず見惚れてしまいます。美しい。

 コソコソコソ。マスクや帽子で素顔を隠した黒子たち、少し離れて追いかけます。おっとっと。音楽に合わせてずっこけるのは、もちろん忘れてはいけません。


(こんな作戦で、本当に大丈夫かな?)

(うん。少なくとも、誘き出すのには成功してるみたい。大丈夫かは分かんないけど。)


 まさかの電報です。


(危険な役、頑張ってね!)


 少女の声援に応えるかのように、“彼女”の歩くスピードが上がります。駅伝のラストスパートみたいです。がんばれ!

 きっと自身を鼓舞しているのでしょう。両の拳をきつく握り、肩が小刻みに震えています。武者震いですね。ファイト!


 一方こちらは第二号車。冴えないサラリーマン、一定の距離を保って追いかけます。

 ニッポンの朝の風物詩、通勤ラッシュ仕込みなのでしょう。安定したフォームを見るに、まだまだ余力がありそうです。


 先頭、ぐんぐんスピードが上がります。小走りを一足飛びに飛び越して、既に全力疾走です。美しく髪をたなびかせて走る姿は、とても素晴らしいです。よ、ニッポンイチ!

 サラリーマン、息も絶え絶え、必死に喰らいつきます。余力、ありそうなだけでした。もはや終電間際の酔っ払いです。これはこれで味があります。見応えバッチリです。


 ちなみに第三号車。裏路地を通って楽をしようとした結果、どんがらがっしゃんです。

 急がば回れ、肝に銘じてください。ドント・ドントマインドです。


 さて、そろそろゴールテープが見えてきても良い頃です。見えてきました!

 ここまで何千何万と紡がれてきた歩み。その最後の一歩が今、踏み出されました。


 そして、ゴール!


 沸き起こる歓声とは裏腹に、ガックリとうなだれ、頼りなく地面に倒れこむ小さな背中。静寂が一瞬を支配します。誰もがその勇姿に釘付けになり、しかしただ彼女の人差し指だけは、高らかに天を指しています。鳴り響く大歓声が、続いてゴールする選手たちを迎えています。


 おっと。いつの間にかすっかりお正月気分でした。コタツにミカンが恋しいです。

 皆さんも、お正月ボケにはご注意くださいね!


 というわけで、なんと見事にストーカーを誘き出した一行。

 ここからは、「そん時はそん時よ!ノープラン大作戦!!!」です。どこからか溜息が聞こえてきます。ドンマイです。

 あ。せっかくなので、ここは神社ということにしましょう。いい景色です。


「ストーカー!観念しなさい!」

 口火を切ったのは、やはりシュガーちゃん。こういう時、頼りになります。


「え!?いや、んあ…。あの……。」

 サラリーマン、くちびるを切ってるみたいな喋り方です。視線もスイング・スウィミング。走ったり泳いだり、こりゃ大変です。目指せ、トライアスロンです。

 っと、泳いでいた目玉が、何かを見つけました。


「あっ!あなたは!!!」

 目玉に映るは宇宙人。“変装”を解いて普段通り、いや、普段より遥かにファンキーな服装で、戦隊ロボットみたいに立っています。


(えっ、なに?こわっ。)

(ホント!?良かった。ストーカーを少しでも脅かしてやろうと思ってさ!)

(なるほど。こわっ。)


 自信に満ち満ちた宇宙人。関節にボンドを注入し、ロボット感を増幅させています。

 ロケットパンチ、発射です。ゴォォォォォォォォォ、ドカーン!ボンドを引きちぎって飛んでいきました。


「あ、あの…。もしかして、この前見てたのも彼の方なの?」

 シュガーちゃん、突如しおらしげです。


「え、えぇ。まぁ…。」

 サラリーマン、恐る恐る答えます。


「もしかして!あなたも同性愛者!?」

「え!?いやいや、違います!」


「そ、そう…。じゃあ、観念しなさい!この変態ストーカー!」

「いや、あの、私はストーカーではないんです。」

「ストーカーは皆そう言うのよ!」


 束の間寂しげだったシュガーちゃん、手のひらを返してフル=スロットルです。


「あの、実は私、死神でして…。あっ、これ、名刺です。」

 サラリーマンの口から、ありえない挨拶が飛び出しました。それもまさかの名刺付きで。


「あ、これはどうも。ご丁寧に。」

 なんと宇宙人、教科書通りの受け答えをしています。なんなら、上手くできてちょっと得意げです。


「かっこいい。大人って感じね。」

 シュガーちゃん、さっきのロケットパンチが頭に当たったみたいです。タンコブができています。痛いの痛いの、ロケットパンチと一緒に飛んでけ~。飛んでいきました。


「それで、今回目標を死なせないと、私リストラされちゃうんです…。」

「あっ、それで彼女を観察していたんですか。」


「そうなんです。どうせなら彼女にピッタリの、オーダーメイドな死に方を用意してあげたくて。あれ、そういえば彼女は?」

「ふっふっふ。あれ、実は私の変装だったんですよ。」


 久方ぶりに、不敵な笑いが飛び出しました。


「えっ、そうだったんですか!?全く気づきませんでした!」

「ふっふっふっふっふっふっふ。」


「さすがは宇宙人さんですね!」

 宇宙人の目玉が飛び出しました。


「えっ?」

「えっ、あなた、宇宙人ですよね?」


「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ。」

 宇宙人、とてもイヤがっています。


(え!?なんでバレたの?)

(うーん。ちなみにあの人って、本当に死神なの?)


(分かんない。けど、名刺には死神って書いてあった。)

(あっ。じゃあ、神通力とかでバレちゃったのかも。)

(そ、そっかー…。)


 早く続きが読みたい少女、返事が適当です。ナイスです。

 転校生が自己紹介をする時のような、独特の緊張感が辺りを包み込みます。


「あ、どうも、宇宙人です。どうぞよろしく。」

 一同、目玉が飛び出しました。


「それにしても、さすがは死神さんですね。すぐに見破ってしまうなんて。」

 すっかり信じたふこお。飛び出た目玉を押し戻しながら、割合ラフな感じで話しかけます。


「いやぁ、照れますねぇ。」

 変装を見抜けなかったことは、すっかり帳消しのようです。


「でもまぁ、声と口が全然合っていなかったので!」

「う、うそ!?」


 これは盲点でした。一同、今度は目からウロコが落ちています。


「言われて見れば…。って、そんなことより!」

(そんなことって…。)

(まぁ、何とかなるって。)


 溜息をつく宇宙人。落ちていたウロコを、コンタクトレンズみたいに装着してみました。

 仮面のライダーみたいになりました。ライダーキックです。とうっ!


「そんなことより!彼女は一体どうなるの!!!」

 シュガーちゃん、一途です。


「あ、そうだった。あなたのせいで、彼女は困ってるんですよ!」

 シュガーちゃんをチラ見するふこお、健気です。


「そ、そうだったんですか。私の仕事が遅いばっかりに、彼女に迷惑を掛けてしまっていたとは…。それでは、急いで死なせますね。」

「何を言ってるんですか!」

 なんとかモテたいふこお、神をも恐れません。


「はぁ。一応お伝えしておくと、多めに死なせてしまう分には、そんなにお咎めないんですよ?小言くらいは言われますけど。」

「……。」

 ふこお、何も言えません。平伏絶倒して、全身全霊で敬意をアピールしています。


「というか、むしろ多めに死なせた方が良いくらいなんです。科学の時代になってから、神様業界って大不況なんですよ。皆疑ってばっかりで、信じてくれないんですもん。まして死神なんて、何かと悪者扱いされてますし…。」


 死神の背中から、サラリーマンの哀愁を感じます。


「ほら。ここの神社も、誰も住んでない空き神社じゃないですか。私も人の不幸は嫌いですし、死んでほしくない気持ちも分かるんです。でも、妻子もおりますし…。」


「甘い!」」

 甘いと言ったら、シュガーちゃんです。


「甘い!仕事なら、最期までしっかりやり遂げなさい!ただし今回に限っては、私が先にあなたを消し去るけどね!」


「えっ!?えぇ…。」

 死神、アンニュイな表情です。


「あっ、あの…。死神さんのお仕事というのは、地球限定なんでしょうか?」

 口を開いたのは宇宙人。もうバレちゃってるのですが、クセでパクパクしています。


「えっ?それは分かりませんが…。どうしたんですか?」

「あのですね。私がこの星に来たのは、地球人の死の秘密を探るためなんです。私の星の住人は、どうも死ねないタチらしくって。皆、死にたくてしょうがないんです。死神さんって、死のプロフェッショナルなんですよね?」


「えっ!?しょ、少々お待ちください!すぐ上に確認します!」

 死神、少し離れて電話を掛けます。これまたクセで、ペコペコしています。


(そんな用事で地球に来てたんだ。)

(あ、実はそうなんだよね。自分でもちょっと忘れてたけど。)


(やば。てか、死なない人なんかいるんだ。やばいね。)

(いや、やばくはないんだけどさ。なんか、つまんないんだよね。)

 

(えっ、なんで?)

(うーん、なんて言うんだろ。なんか、締まらないっていうかさ。気長にやれるから、結局何でもできちゃうし。何やっても身が入らないんだよね。)


(ふーん。それで死にたいの?)

(うん、まぁ。あと単純に、死ねないから死んでみたいっていうのもあるかな。)


(やば。そういえばさ、死なないなら、ストーカーに追われるのとか別に平気じゃないの?)

(いやいや。痛いのとか怖いのとか、普通にめっちゃ嫌だよ。そりゃ死にはしないけど。)

(そっか。)


「お待たせしました!」

 死神が、ニコニコしながらやってきました。とても怖いです。


「上司に問い合わせたところ、地球以外の星でも問題ないとのことでした!ちなみに、どれくらいの人口の星なんでしょうか?」

「えっ?えっと、多すぎて数えたこともないんですが…。星自体が地球より大きくて、しかも長生きでして…。」


「ほ、本当ですか!?すいません、またちょっと電話してきます!」

「あ、あの、何かマズかったんでしょうか?」

「いえいえ、とんでもない!こんな大口顧客は初めてです!上司も大喜びですよ!」


 突如舞い降りた名誉挽回のチャンス、そして永遠の中で待ち望んだ死との遭遇。二人はぷ、万歳三唱しています。


「ねぇ!じゃあ、もしかして!」

「はい!もう死ぬ気のない人をわざわざ死なせることはありません!いやぁ、久々に腕が鳴りますよ!」


「やったー!」

 シュガーちゃんの歓喜の声が、ハッピーエンドの扉を叩きました。

 飛び上がった彼女の華麗な着地を合図に、大団円にピッタリな、荘厳なメロディが響き渡ります。


 おっと、少しだけボリュームを調節しましょう。


「それでは、これから急いで本社に戻りますので、お先に失礼します!今日はありがとうございました!」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました!これで胸を張って星に帰れます!今後とも末永く、よろしくお願いいたします!」


(良かったじゃん。)


 晴れやかな笑顔で、大きく手を振り去っていく死神。背広と言うのも納得の、凛とした後ろ姿です。


「はぁ、よかった。本当によかったわ。」

「本当に、何とかなってよかったです。」

 作戦の大成功を噛みしめるシュガーちゃん。その横で、自身の無事に安堵するふこお。


「なんだか、男の人って頼りになるわね。」

「えっ!?」


 おや、聞き間違いでしょうか?BGMのボリュームを、もう少しだけ下げてみます。

  

「男の人って、頼りになるわね。」

「はい!」


「あの…。」

「はい!!」


「あの!もしよかったら!」

「はい!!!」


「今度また、私と一緒にストーカーしない?」

「えっ…。あっ……。」


「あっ。そっか、宇宙人さん、星に帰っちゃうのか…。じゃあやっぱり、“彼女”のストーカーね!はい、決定!それじゃ、またね!」

 打ち出される軽快なリズムに合わせ、シュガーちゃん、スキップで帰っていきました。


「どっ。」

 ド?


「どっ、どうしてそうなるんだぁぁぁ!!!やっぱり僕は、世界一不幸だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 ふこおの叫び声が町を飛び越え空をつんざき、


「あっ。」


 あっ。澄み渡る青空に、ロケットパンチが飛んでいます。一筋の、綺麗なロケットパンチ雲ができています。

 …ん?あれっ?あっ。


「あっ!お前!!!待てぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


 力強いコーラスに背中を押され、ふこお、いざ傘返せと走り出しました。

 そしていよいよ主旋律。ポップにロックに楽しげに、そして元気にいきましょう!


「あははははははは。」


「あれ?口、動いてない?」

 無音になって、そして宇宙人の方を向く少女。驚き尋ねます。


「えっ?」







 あるところに、一人の少女がいました。

 

「はじめまして。出席番号○○番、○○です。」

 このセリフが言えなかった少女は、それ以来、話すことができなくなってしまいました。


(おはよう、ミケ。)

 町なかで猫に出会ったら声をかけるのが、少女の恒例行事でした。


(あのね。死神さんは出世して、今は課長さんなんだって。“彼女”さんには、最近彼氏ができたみたい。二人が愚痴ってた。)

 今日も元気に、少女は話しかけます。


(え?あの宇宙人?えっとね…。)

 少女は、遠くを見つめます。それに釣られてか、猫も何かを見つめています。


(あっ!)

 宇宙人が遅れてやってきました。


「それじゃあミケ、またね!」

 少女は駆けていきました。


 少しの間二人の方を眺めていた猫も、飽きてしまったのでしょう。陽だまりへと歩いていって、そして眠ってしまいました。


 めでたしめでたし。

 あ、エンディング・テーマはお好みで。

 それでは。




 おしまい。

























「おしまい。じゃないわ!」

 はてな。


「俺だけ全然ハッピーじゃないじゃん!なんかストーカーになっちゃってるし、なんなら傘も戻ってきてないじゃん!」

 なるほど、さすがふこおです。


「ご丁寧にデスマス調なんか使って、勝手に話進めやがって!ふざけんな!」

 あっ、バレた。


「てかこれ、カギカッコも逆なんだよ!何で俺に付いてんだ!ふざけんな!」


「分かった分かった、ゴメンって。でも、結構楽しかったでしょ?あっという間の物語だったでしょ?」

 んなわけあるか。お前に振り回されたせいで、書きたいもの書いてる暇もなかったわ!


「あっ、なんだ、何か書きたかったのか。それなら頑張って書けばよかったのに。」

 はぁ。分かってないな、それじゃダメなんだよ。こういうのは、出てくるの。頑張って書いたら、意味ないの。“努力は凡人に与えられた夢”って言葉、知らないの?


「いや、知ってるけどさ。でもその言葉って、“才能は凡人が諦めるための言い訳。結局やるかやらないか”って続くよ?」

 ……。


「まぁ、後半は俺の言葉なんだけどさ。」

 ふざけんな!


「いやいや。生きるのって、やるかやられるかじゃん。だから結局さ、何事もやるかやらないかなんだって。俺はそう思うよ?」

 ………。


「そういうわけでさ。ラララバイバイ、よろしく頼むよ!」

 ふざけんな!!!絶対に、最悪の隣人を用意してやる!!!!!



 コツコツコツコツ。


 ふと聞こえてきた足音に、思わず口を閉ざす。そのまま息を殺して、玄関へと向かう。左足をサンダルに置き、壁に両手をついて、覗き窓から外を見る。


「はぁ…。」

 と溜息をついて、上階の住人が階段を登っていく。

 左手に引っかかっているビニール袋。中身はどうせ、コンビニ弁当か何かだろう。不健康極まりない。


 覗き窓から目を離す。今度はその場にしゃがみ込み、郵便受けから外を聞く。

 カサカサとビニール袋の擦れる音。玄関を開け、そして再び溜息をつく。扉が閉まる。


 立ち上がり天井を眺める。

 靴を脱ぎ、冷たく軋む廊下を踏みしめる。咎める誰かもいないだろうに、静かに静かに歩を進める。きっと、自分を殺すのがクセになっているのだろう。


 洗面台横の排水管を、温かなお湯が流れていく。しゃらしゃらしゃらしゃらしゃら。

 今夜のにらめっこは、少し長丁場のようだ。


 静かになった、畳の間にご到着か。

 疲れた身体を引きずって、電子レンジをチンと鳴らして、そして寂しく眠るのか。

 可哀想に。

 


 あっ、そうだ!実はあいつ、めっちゃ怖い殺人鬼なんだよ!

「あんな死んだ目した奴の、一体どこが怖いんだ。」


 …………。




「忙しくて死にそう。」

 はぁ。





(続)

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ラララバイバイ(上) リトルミックビリー @ho_ji_tya_rock

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