ごねるアーシャ

 ジェインと会った私は彼がまともでしかも頼りになる人物であることにほっとしつつ家に帰った。


 そう言えば今日はアーシャもレオンとの初対面だったような気がするが、どうだっただろうか。レオンはモラハラ気味なところはあるが、もしうまくいけばアーシャに慎みというものを教育してくれるかもしれない、などと期待しながら私は屋敷に戻る。


 が、家に入った私は困惑した。


 中では父上と母上が言い争いを繰り広げており、その隣の部屋でアーシャが涙を流している。よほどレオンのことが気に食わなかったのだろうか。


「ただいま」


 一応私が挨拶をするが、両親は言い争いに夢中でおそらく気づいてすらいない。

 アーシャはしばらくの間目をこすっていたが、私がやってくるのを見るとふと何かを思いついたようにこちらを見る。

 そして急に泣き止むと、なぜか愛想笑いを浮かべてこちらに歩いて来る。


「お姉様、お帰りなさい」

「う、うん」


 アーシャがこんなことを言ってくるのは初めてなので私は少し困惑する。

 これまでは私のことを物をもらう相手としてしか認識していなかったというのに。


「お姉様、醜男のジェインの相手は心労でしたよね。お疲れ様でした」

「いや、別にそんなことはなかったけど。ていうか他人の婚約者にそんなことを言うのやめてくれない?」


 私はアーシャの言葉にかちん、ときて強い口調で言い返す。

 するとアーシャは目を丸くした。


「そんな、私には隠さなくても大丈夫ですわ。確かにお姉様が婚約者の悪口を言うのは良くないですが、以前見たジェインの容貌はそれはもう酷い物でしたわ。ですからお姉様もきっとお辛いでしょう。私が慰めてさしあげてます」


 どうやら彼女は煽っている訳でもなく、本気で勘違いしているらしい。


 アーシャの目的は見えてこないが、先ほどからアーシャは言葉の端々でジェインを馬鹿にするのは不愉快だった。こんなわがままを言うしか能のない妹よりは、多少顔は悪くてもジェインの方がよほどいい人物だ。


「あの、どういうつもりなのか知らないけどさっきからジェイン殿のことを悪く言うのはやめてくれない? 不快なんだけど」

「え……嘘……。ということはお姉様は本当にあの男で構わないのですか?」


 アーシャは呆然とした表情で言う。


「うん。正直あんたの我がままで婚約者を入れ替えられた時はとても腹立たしかったけど、結果から言えば彼はレオン殿よりもよっぽど結婚相手にいい」

「そんな……私、せっかくレオンを返してあげようと思ったのに。私の好意を無にするなんて!」

「レオンを返す?」


 その言葉で私は大体アーシャの言いたいことを察した。こらえ性のない彼女のことだからレオンに会って一瞬で彼に我慢ならなかったのだろう。レオンの方もアーシャに腹を立ててかなり強い言葉を使ったのかもしれない。

 それでたまりかねたアーシャは私がジェインを嫌がっていると思って私にレオンを返そうとしたのだろう。


 もっとも意図が分かっただけで、どうしてそういう発想が出てくるのかは全然分からなかったけど。相変わらず彼女には常識というものがなく、自分の欲求だけで発言しているようだった。


「あんたがこうなるように仕向けたんでしょ? じゃあ憧れのレオン殿と幸せになってきたら?」

「そんな、お姉様までそんなことを言うなんて、もう知りませんわ!」


 そう言ってアーシャは泣きながら去っていくのだった。

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