アーシャとレオン
一方そのころ、アーシャはアーシャでレオンに会いに行っていた。アーシャにとってレオンはずっと憧れていた相手である。気高く格好良く、優雅で凛々しい。絶世の美少女である自分の相手にふさわしいのは彼しかいない。
その相手とついに結ばれることが出来るという事実に、彼女はこれまでにないほどのご機嫌だった。
そして呑気に鼻歌を歌いながらレオンの屋敷へと出向く。
レオンは一応来客を招く用意をしていたが、浮かれた表情で入ってくるアーシャを見て顔をしかめた。
そしてアーシャが席につくなり険しい口調で尋ねる。
「君の姉は一体どういう了見をしているんだ? 僕という婚約者がありながら他の男の元に嫁ぐなんて」
が、そんなレオンに対してアーシャは笑顔で答える。
「愚姉を責めるのはやめてくださいな。レオン様のような高貴な方にうちの愚姉はふさわしくありませんので私の方からお姉様にお伝えして婚約者を代わっていただきましたの。私はお姉様よりもレオン様にふさわしい自信がありますわ」
「何だと?」
アーシャは気づかないうちに墓穴を掘っていく。
そんなアーシャの世迷言を聞いてレオンの表情はさらに険しくなっていった。急に婚約者がいなくなったと思ったらこんな訳の分からないことを堂々と述べる女が来たので不愉快に思うのも仕方がない。
「それで、エーファはすんなりと同意したのか?」
「いえ、何か駄々をこねていましたが、私や母上がどうにか同意させましたわ」
アーシャはそれを手柄のように語るが、レオンは目の前の女こそがこの事件の元凶だと理解した。
そもそもエーファはレオンの婚約者であることに苦痛を感じていたが、レオンはエーファのことをしつけがいのある女だ、というぐらいに思っていた。それを自分にふさわしい女に教育しようと思っていたところに思い上がったバカ女が急にやってきたので不快で仕方ない。
「そうか、要するにお前の我がままのせいで僕の婚約者が変わったということだな?」
普通の相手であれば震えあがるようなドスの利いた声色であるが、理解力が低いアーシャは動じなかった。
「そうですわ。私、レオン様と結ばれるために頑張りましたの」
「頑張りましたじゃない! お前、自分が何をしたのか分かっているのか!? 何でお前ごときの我がままのせいで僕の婚約者が変えられなければならないんだ!」
そう言ってレオンはティーカップを叩きつける。
あまりの剣幕にようやくアーシャは自分が怒られているということを理解した。
おそらくこの場面に第三者が居合わせればたちどころに胃を痛くすることだろう。
「え、別にいいじゃないですの。私とレオン様が結ばれるのであれば細かいことはどうでもいいと言っていますわ」
「違う! そもそも僕は一度もお前なんかと結ばれたいと思ったことはない!」
「えっ……?」
レオンの言葉でようやく事態のまずさに気づいたアーシャはその場で凍り付く。
彼女にとって自分が姉よりもレオンの相手にふさわしいというのは自明のことであり、そこに疑いは微塵もなかった。
「そんな……何かの間違いですわ。私はお姉様よりも美しいし、お姉様のように暗い性格でもありませんもの」
「そんなことは聞いてない、この我がまま女め!」
苛立ったレオンは再びティーカップを床にたたきつける。パリン、という音とともにティーカップは割れた。
それを見てアーシャはひっ、と悲鳴を上げる。
これまで他人に怒られたことのなかった彼女はすぐに目に涙をためた。
「ひどいですわ……私はただレオン様と結ばれたかっただけですのにそこまで言うなんて……」
一方のレオンもそれを聞いて困惑した。まさか世の中にここまで話が通じない相手がいるとは思わなかったのだ。
そしてエーファのことを思い出す。彼女はまあまあ常識的な性格だったし、レオンの言うことをきちんと聞いてくれた。レオンにとってそれは当たり前のことだったが、思い返してみると少なくともこの女よりは大分ましだ。
「……縁談を元に戻してこい」
「今何と?」
レオンの言葉にアーシャは耳を疑った。
まさかこの世に自分より姉を選ぶ男がいるとは。
「縁談を戻してこいと言ってるんだ! お前のような我がまま女、僕はうんざりだと言っているのが分からないのか!?」
「そんな、私レオン様と結ばれるために頑張ったのに……」
そう言ってアーシャは突然号泣し始める。家庭内であれば、もしくは他の男であればアーシャの泣き声を聞けば父も母もちやほやしてくれたが、レオンはそうではない。むしろ余計にうっとうしいと思うだけだった。
「とにかく、お前にはもううんざりだ。とっとと家に戻って婚約者を戻してもらってこい」
「は、はい」
こうしてアーシャは追い出されるようにしてレオンの家を出たのだった。
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