ジェインⅢ
「そう言えば我が家の領地では最近小麦の値段が下がって領民が困っている、という話を兄上がしていましたがどう思います?」
その後も私はジェインと雑談をしていたが、たまたま話題が農業の話になったため、私はそんな話を振ってみる。
ちなみに私の兄であるクルスは政務を投げっぱなしの父に代わり、若いながらも領地を任されていた。正確に言うと投げっぱなしにされている、というのが正しいかもしれないが。
私は世間話の一つというぐらいの軽い気持ちで振った話題だったが、私の問いにそれまで普通に雑談していたジェインの表情が急に真剣なものになる。
「原因は何だと思う?」
「おそらくですが、農具の改良や肥料の開発で収穫量や農地が増えたからではないかと思います。収穫量が増えれば収入も増えることをあてにして新しい農具などにお金を費やした農民が困っているようです」
兄上から聞いた話なのであまり細かいことは分からないが、大まかにはそういう話だったと思う。
「なるほど、そういうことか。とはいえ王都を初めとする都市部ではまだまだ人口は増え続けている。そちらに売れば買いたたかれることもないと思うが」
「とはいえ、農民にそれは難しいのでは?」
「ならば領主である僕らが適切な価格で農民から買い上げて売るか、大商人にそうするよう頼むか、もしくは王都の商人を呼び込むかすればいいんじゃないかな」
「……なるほど」
率直に言って私はかなり驚いた。自分の領地のことについてまた聞きの知識を少し話しただけなのに、彼はたちどころにもいくつもの解決策を述べた。これがうちの父親だったら、「収穫量が増えたなら多少値下がりしても別にいいだろう」と言って終わっていたに違いない。
さすが若いながらも領地を任されているだけのことはある。
それとも、うちがあれなだけでよその貴族は皆ここまでしっかりしているものなのだろうか。
「ありがとうございます。そのように兄上に伝えてみます」
「兄上? 確か君の家の当主は父上ではなかったかい?」
何気なく言った言葉に彼は疑問を浮かべる。
「いえ、父はあまり地味な領地の政務に興味がなく、王都での人間関係の構築ばかりに熱心なのです」
しかも人間関係の構築と言えば聞こえはいいが、実際はただパーティーやお茶会を渡り歩いているだけだ。
それを聞いたジェインはため息をつく。
「本当かい? まさか公爵家の中にもそんな家があるなんて。地味な、とは言うが貴族というのは国から土地を預かっている身だ。貴族同士の人間関係よりもその領地をきちんと治めることの方がよほど大事なはずなんだけどね。婚約の件といい、どうやら君の家はかなり問題があるみたいだな」
「私も薄々そう感じていたのですが、やはりそうだったのですね」
「そういう家なら、こういう滅茶苦茶なことをすることもありえるのかもしれないな」
そう言ってジェインは頭を抱える。私は分かってもらえたことにほっとしつつも、苦笑するしかない。
「君には悪いが、父上は縁談相手を間違えたかもしれないな」
「あの、これからは時々家のことについて相談に乗ってもらってもいいでしょうか?」
王都にいる私の家族は皆あんな感じで真面目な相談を出来る人はいない。頼れる兄上は領地を離れることが出来ず、なかなか会うことも出来ない。そのため私はこれまで色々な悩みや愚痴があってもそれを言う相手がいなかった。
しかしジェインであればそれを聞いてくれ、悩みであればきちんとした答えを返してくれるかもしれない。私はそんな希望に包まれる。
「ああ、もちろんだ。僕で良ければいくらでも話を聞こう」
「ありがとうございます」
私はそんなジェインに心の底から感謝するのだった。
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