ジェインⅡ

 いよいよジェインと会う日になったので私は緊張しながら身支度をする。アーシャはジェインのことを顔の評判だけで馬鹿にしていたが、そもそもこれは政略結婚だ。相手がどんな顔であっても、どんな性格であっても家と家の繋がりを作るためにいい印象を持たれるために婚約している。だから私はジェインと会う時もレオンと会う時と同じ緊張感を持って会うつもりだ。


「行ってきます」


 私はうちで用意してくれた馬車に揺られて王都にあるエドワード家の屋敷に向かう。有力貴族ともなると、領地だけでなく王都にも屋敷を持っていることが多い。


 エドワード家は裕福なだけあって屋敷も最近改装されたのか、新築であった。門をくぐると中にはおしゃれな庭園が広がっている。建物に近い方には色ごとの花が植えられた花壇があり、離れていくと小川が流れている。

 たまに羽振りのいい貴族の庭に入ると、純金の像が建っていたり、様々な地方の珍しい草木や花をとりあえず集めていたりと下品なことがあるが、そういうのとは大違いだ。


 私は執事に案内されて応接室に入る。

 目の前に座っていた青年は確かに醜男だった。まるで顔を激しく打って腫れ上がったかのような形相だ。しかも機嫌が悪いらしく、こちらを見る目つきは険しい。確かにこれでは評判は悪いだろう。

 とはいえ私は丁寧に頭を下げて挨拶する。


「お招きいただきありがとうございます、エーファ・クレセントです」

「ジェイン・エドワードだ。まあかけてくれ」


 彼は少しぶっきらぼうに言う。私は部屋の中央にあるテーブルに彼と向き合うように座る。そこへ執事がお茶とお菓子を持ってきてくれたが、雰囲気が微妙で手をつける感じではない。


 執事が出ていくと、ジェインはそれを待っていたように尋ねた。


「君はレオン殿と婚約していたのだろう? それなのにうちに嫁いでくるとはどういうことだ?」


 それを聞いて私は彼の機嫌が悪い理由を察した。確かに普通の解釈だと私がレオンとの婚約から逃げ出したように見えるのかもしれない。確かにそういう女が婚約者であれば不機嫌にもなるだろう。


 が、逆にそれを聞いて私は安心してしまった。少なくともジェインは婚約者を入れ替えるということを異常だと思ってくれるまともな人物なのだ、と。


「おい、何がおかしい。僕は何でレオン殿と婚約していた君が僕の相手になったのかと聞いているんだ」

「すみません。ただ今回私がジェイン様に嫁ぐことをおかしいと思っていることに安心しまして」

「はあ、何を言ってるんだ? おかしいに決まっているだろう、馬鹿にしているのか?」


 これが婚約者を入れ替えるとなった時の普通の反応だ、と私は安心する。うちの家族が皆話が通じなさ過ぎて、話が通じるだけで嬉しくなるのは私も毒されているのかもしれない。


「いえ、そうではありません。では今回何でこんなおかしなことになったのか顛末をお話します。そもそも……」


 そう言って私はアーシャの我がままをなぜか父上も母上も受け入れたという話をする。最初ジェインは訝し気な表情を崩さなかった。

 当然だ、こんな話をすぐに信じる方がどうかしている。

 が、全部が終わると彼ははあっと大きなため息をついた。


「なるほど……信じがたい話ではないが、そうでもなければ説明がつかないな。どうも僕はとんでもない家と婚約してしまったようだ」

「申し訳ありません」


 私は悪くないが、家を代表して謝る。そんな私にジェインはもう一度溜め息をついた。


「君に謝ってもらったところで何にも嬉しくない。とはいえ、話を聞く限りだとアーシャが僕の元にやってくるよりはましな事態になったようだね」


 確かにジェインからすると、別の男と婚約していた女がやってくるのは不快だろうが、アーシャと婚約するよりはその方がまだましなのかもしれない。アーシャと結婚してしまえば今後もずっとこのような無茶な我がままに振り回され続けることだろう。


「とはいえ今後ともよろしくお願いします」

「君もなかなか大変なんだな。最初はちょっと嫌な態度をとってしまってすまなかった」

「いえ、ジェイン様の立場からしたら当然のことです」

「そういうことなら、これから少しずつ仲を深めていこうじゃないか」


 こうして最初の印象は最悪だったものの、ジェインがまともな人物だったことに私は安堵するのだった。

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