ジェインⅠ

「うふふ、ついにこの私がレオン様と結ばれるますわ」


 縁談の話が来た翌日から、アーシャは目に見えて上機嫌になった。普段はどちらかというと我がままを言って不満を募らせたり、周囲を困らせたりしてばかりなのに、今日は鼻歌を歌いながらおめかしをしている。


「絶世の貴公子と言われるレオン様の前に出るんだったら一体どんな服がいいかしら。悩んでしまいますわ。……あらお姉様」


 そんな彼女の後ろを通りかかると、ご機嫌な表情で私に声を掛けてくる。

 仕方なく私は挨拶を返す。


「おはよう」

「おはようございますわ。お姉様、レオン様の前に出るのだったらどんなドレスがふさわしいと思います? お姉様なら多少はレオン様の好みも分かるのでは?」


 珍しい、アーシャが私に「〇〇が欲しい」以外の用件で声をかけてくるなんて。レオンは譲れたし、うっとうしいアーシャは大人しくなったし、もしかして私にとって天国が訪れたのではないか、と思ってしまうほどだ。


「そうね、それなんかいいんじゃない?」


 私はちゃんとアーシャに似合いそうなドレスを教えてあげる。基本的にレオンは婚約者であればきちんと美しく着飾ることを求めるので、その点だけにおいてはアーシャは相性がいいのかもしれない。

 もっとも、いつもの我がままを発動させた瞬間にキレると思うけど。その様子を想像するとちょっと面白くなってしまう。モラハラ婚約者と我がまま妹が戦うとどちらが勝つのだろうか。


「ありがとうございますわ、お姉様。でしたら私もお姉様のドレスを……あ、でもお姉様の嫁ぎ先はジェーン様でしたね。じゃああんまり必要ないですね」


 アーシャは申し訳なさそうに言う。普通の女に言われたら嫌味を言われた、と思ってしまうところだが本音を包み隠すということを知らないアーシャのことだからおそらく本気でそう思っているのだろう。

 だからこそ余計に悪いとも言えるが。


「ちょっとアーシャ、言っていいことと悪いことがあるでしょう?」

「そうですわね。いくら相手がジェイン様でもちゃんと着飾っていった方がいいに決まってますものね」

「……」


 さすがに私は閉口してしまった。どうも彼女は甘やかされすぎて育ったせいで最低限の常識もないらしい。とはいえ今更私が彼女に常識を教える義理もないだろう。私は黙って彼女の元を去った。





「エーファ、ジェイン殿と初顔合わせの日が決まったぞ」


 それから数日後、私の元に父上がやってくる。


「本当ですか? 速いですね」

「ああ。アーシャではなくエーファが嫁ぐ旨を伝えたらすぐにでも会いたいと言ってきたのだ。きっと縁談に乗り気なのだろう」


 いや、それは何があったのか少しでも早く状況を把握したからではないか。普通縁談を申し込んですでに婚約しているはずの長女をどうぞと言われたら誰でも困惑するはずだ。

 こちらから滅茶苦茶なことを言っておいて相手が乗り気だと思い込んでいる父上に私は辟易してしまう。


「分かりました」

「この日のこの時間に、屋敷に来て欲しいとのことだ」

「はい」


 こうして私はジェインとの初顔合わせの準備を始めたのだった。

 私はドレスなどの準備をする傍ら、ジェインについて顔以外の評判も調べてもらった。するとどうも、彼はまだ十六歳ながらすでにエドワード家の政務にも関わり、一部の領地を任されて自分で取り仕切っているという。もしそれが上手く出来ているなら有能な人物だ。また、周囲の評判も悪くはないらしい。


 アーシャはそこまで考えていなかったが、これはもしかして素晴らしい相手ではないだろうか。私は密かに期待しながら準備を進めるのだった。

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