縁談Ⅰ
と言う訳で私は我が儘な妹とモラハラ婚約者の板挟みに遭って心労が絶えない日々を送っていた。
そんなある日のことである。
「夕食後にちょっと話がある。少し残ってくれ」
いつものように夕食を食べていると、突然父上が真剣な顔で言った。一体何だろうか、と思いながら私とアーシャ、そして母上は夕食を食べ終えるとテーブルに残った。
「それで何でしょう、父上」
「うむ、実は我が家にエドワード公爵家から嫡子のジェインに縁談の申し入れがあった」
「それは良いことですね」
私は答える。
エドワード公爵家というのは王都から少し離れたところに領地を持っている貴族である。名門の家柄ではあったが、近年領地では商業を発達させて経済力を急速に伸ばしつつある。そのような家と結びつきが強まれば我が家も安泰だろう、と思ってそう言ったのだが、なぜか周囲の空気は微妙だった。
「あの、エドワード公爵家であれば結構いい相手だと思いますが」
すると私の問いに微妙な空気の発信源となっているアーシャが答える。
「何を言っているのでしょうか、お姉様。エドワード公爵家の長男ジェインと言えば醜男で有名です。お姉様がもう嫁いでいる以上、うちから嫁ぐとすれば次は私です。そのような方は嫌ですわ」
「……」
何を言っているのでしょうか、はこちらの台詞だ。私はアーシャのあまりの言葉に思わず耳を疑ってしまう。
他家の嫡男に醜男とか言うのは失礼だ、というのはさておきそもそも政略結婚というのは好きな相手に嫁ぐためのものではない。
が、なぜか母上はそんなアーシャの我がままに同意する。
「あなた、これではアーシャが可哀想だわ。何とかならないの?」
「そう言われてもな。わしにもエドワード公との付き合いがある手前断れないのだ」
母上のねだるような言葉に父上もなぜか弱った表情で答える。当主なのだからそこは一言「政略結婚だから仕方ない」の一言でいいのではないか。どこに弱る必要があるのだろう。
「そうですわ、それなら私ではなくお姉様が嫁げばよろしいのです!」
不意にアーシャがいかにも名案を思い付いた、というふうに言う。
「忘れてるかもしれないけど、私はすでにオーランド公爵家のレオン様に嫁いでいるの。そんなことは出来ない」
「さすがに私も覚えていますわ。だから私が代わりにレオン様に嫁ぐということですわ」
アーシャはなぜか堂々と言う。
さすがにその言葉には頭を抱えた。まず「忘れてるかもしれないけど」は嫌味のつもりだったのにそれが理解されていないし、婚約者というのはそんなにほいほいと代われるものではない。
さすがにここまで言えば父上か母上が彼女を諭してくれるだろう、と思っているが二人ともそういう空気はない。
それどころか父上までアーシャの言葉に頷いている。
「ふむ、確かにそれでもいいかもしれないな」
「そうね。エーファ、レオン様はアーシャに譲ってあげたら?」
「はあ?」
譲るとか譲らないとかそう言う問題ではない。レオンは私のものではないし、婚約も別に私からさせてと頼んだ訳ではない。
が、困惑している私に母上はなおも言う。
「元々レオン様と婚約する時もアーシャが譲ってあげたんだったでしょう?」
「そうですわ。だから今回はお姉様が譲ってくださってもよろしいのではありません?」
百歩、というか一万歩ぐらい譲ってアーシャが私にレオンとの婚約を譲ってくれたのだとしても、譲り返すのはおかしい。
それにレオンとの縁談はそもそも私に来たものである。
私はその時のことを思い出した。
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