レオンⅠ

 アーシャについて語ったので次はレオンについて語ろうと思う。




「オーランド家の跡取りのレオン様は大層お美しい方ね」

「男性なのにあそこまで美しい方は初めて見たわ」

「しかも武芸に優れ、たいそう聡明らしいのよ」


 私が婚約する前のレオンの評判は大層良かった。私も会ったことがあるが、まさに彼は絵画の中から出てきたような人物であった。身長は百八十以上あり体は鍛えられているが、男性にありがちな荒々しさはなく鼻筋は整って美しい顔立ちをしている。彼が立っていると廃屋の中でも周囲が王宮ではないかと錯覚するほどだった。

 その上武芸にも優れ、学問でも好成績を出しているという。眉目秀麗、文武両道とは彼のためにある言葉なのだろう。

 そのため貴族令嬢たちの誰もが彼との結婚を夢見ていたし、熱烈にアタックしたものも多かったという。


 そんなレオンとの婚約を告げられた当初、私は嬉しかった。まだエーファの我がままもそこまで酷くなく、今思えばその時が人生で一番幸せだったのかもしれない。

 が、私はすぐにレオンの本性を知ることになる。


 婚約のパーティーが終わった後、私とレオンは二人で出かけることになった。

 最初に私が引いたのは喫茶店に入った時だった。注文を終えて何気ない会話をしていた私たちの元に店員が料理と飲み物を運んでくる。私は楽しみにしていたケーキが来たことに嬉しくなった。

 が、その瞬間なぜか急にレオンの表情が険しくなる。


「おい、何だこれは! 僕のケーキだけクリームが崩れているじゃないか!」

「す、すみません」


 慌てて店員は頭を下げるが、隣にいた私はそれまで見たこともないレオンの急変に戦慄した。彼の声は周囲にいる者を威圧するような鋭さがあり、直接言われている訳ではない私ですらびくりとしてしまった。

 が、彼はなおも語気を荒げる。


「すみません? こういう時は申し訳ございません、だろう! 言葉もきちんとつかえないのか?」

「も、申し訳ございません」

「そう思うなら今すぐちゃんとしたものと取り換えてこい!」

「ま、待ってください」


 たまりかねた私が間に入る。確かにケーキのクリームは若干形が崩れているが、だからといって文句を言うほどのことはない。百歩譲ってそれに腹を立てるとしても、取り換えさせられるほどの崩れ方でもない。あまりに理不尽だ。

 私もレオンの急変は恐ろしかったが、公爵家の長男である彼に意見出来るのはその場に私しかいない。店員は涙目になっているし、他の客は慌てて席を立ち始めた。そのためやむを得ず私が口を開いた。

 が、そんな私をレオンはぎろりと睨みつける。


「おい、女は口を出すな」


 は? あまりの言葉に私は絶句する。


「こんな崩れたケーキを堂々と客に出すような店はありえない。僕はそれを教えてやっている最中だから君は黙って見ていてくれ」

「で、ですがそれはあまりに……」

「申し訳ございません、すぐお取替えします!」


 私はなおも食い下がろうとしたが、それ以上のやりとりは堪えられなかったのだろう、店員は崩れたケーキを持ってキッチンに引き上げていった。

 後に残された私の全身から冷や汗が噴き出す。

 するとレオンは先ほどまでとは別人のように穏やかな表情に戻って言った。


「怖がらせてしまって済まなかったね。ただ僕はこういうことが許さなくてね。だからそういうことがあっても君は黙っていてくれて大丈夫だ」

「……」


 私は咄嗟に反論出来なかったが、おそらく彼は内心私を下に見ているのだろうということが露骨に伝わってくる。そして店員はさらにその下なのだろう。

 その後私はレオンへの恐怖で、楽しみにしていたケーキを食べても全く味が分からなかった。

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