アーシャⅡ
エーファの我がままを見た私は去年のことを思い出す。ちょうどそのころうちはオーランド公爵家といううちと同格ぐらいの貴族家と縁談を結ぶことにした。そしてオーランド公爵家の跡継ぎであるレオンと私が婚約した。当時レオンも私も十三で、結婚には少し早かったためだ。
そしてオーランド公爵家に赴いた私はそこでレオンにネックレスをプレゼントしてもらった。ネックレスといっても、稀少な動物の革で作られ、ちゃんとした宝石がついた結構高いものである。
当然私はその日ネックレスをつけて家に帰った。
そしてたまたま居間にいたアーシャがそんな私に声を掛ける。
「お帰りなさい、お姉様」
「アーシャ、ただいま」
「あら? お姉様、そのネックレスお綺麗ですね」
アーシャは私のネックレスに気づく。まあ、高級品だったので目立ったというのもあるが。
とはいえ、アーシャの物欲しそうな視線に私は嫌な予感を覚えてしまう。
「そうかしら? レオンさんにもらったの」
「そうですか。お姉様、頼みがあるのです」
不意にアーシャが私の首元を見ながらこちらに上目遣いをする。
「何?」
「そのネックレス、私にくださらない?」
「それは無理です。これはレオンさんからいただいたものなのだから、軽々しく他人にあげることは出来ないわ」
嫌な予感が的中したことに内心舌打ちしながらも出来るだけ穏やかに答えた。
が、私の答えにアーシャは露骨に不満そうな表情に変わっていく。
「そうですか。お姉様にとって私は所詮他人に過ぎないということなのですね」
「そういう意味じゃなくて、これはレオンさんにもらったものだからあげられないってこと」
「そうですか。ではお姉様はイケメンな彼氏にもらったきれいなアクセサリーをただ私に見せつけたということですね。私がまだ子供でそういう相手がいないと分かっていて」
「そんな訳ないでしょ、ただ婚約者からもらったものをつけただけで」
それに確かにレオンはイケメンではあるが、婚約者として素晴らしい人物かと言われると、そういう訳でもない。とはいえレオンの悪口をアーシャに言う訳にもいかないし、それ以前の問題でもある。
「ぐすっ、お姉様の意地悪」
が、アーシャは私の言葉に耳を貸そうともせず、なぜか泣き始める。
そしてさらに間の悪いことにそこに母上が姿を現す。そして泣いているアーシャの姿を見て声をあげた。
「アーシャ泣いてるじゃない、一体どうしたの!?」
「ぐすっ、ひっ、お母さま、お姉様が私に意地悪するのです!」
ここぞとばかりにアーシャは泣き叫ぶ。
「そ、そんなこと!」
私は否定しようとしたが、母上はアーシャを抱きながらこちらを睨みつけた。
「またアーシャをいじめたの?」
「違う、ただエーファがこれを欲しいって言ったからで。でもこれはレオンさんからもらったものだからあげられるものじゃないの。母上からもアーシャに言って欲しい」
当時の私はまだ母上のまともな判断力にある程度の期待を残していた。
が、母上の返事は私の予想を裏切るものだった。
「別にレオンさんだって可愛い妹の頼みを断れなんて言う訳ないでしょう! 仮にそう言われたとしたってあなたから事情を説明すればいいじゃない」
母上の言うことは滅茶苦茶だ。そもそもなぜ私がアーシャにネックレスを譲ることが前提になっているのだろうか。
「そんな。そもそもこれは私のものなのに!」
「うわあああああん! やっぱりお姉様は私のことなんてどうでもいいのですね!」
ここぞとばかりにアーシャは声をあげて泣き始める。
それを見て母上ははあっとため息をつく。
「全く、妹がここまで悲しんでいるのにそれを見て何も思わないなんて。あなたには血も涙もないのね」
「……」
あまりにあんまりな言われように、私はどこから反論すればいいのか分からなくなってしまう。まともな論理が通じるのであればとっくにアーシャが諭されて終わっているはずなのに。
私が絶句していると、母上はなおも私をなじった。
「可哀想なアーシャ。ほらエーファ、さっさとネックレスを渡しなさい? 今ならまだ許してあげるわ」
「分かった」
面倒になった私は観念してネックレスを渡すことにする。それに、私は別にレオンがそこまで好きかと言われるとそういう訳でもなかったというのもあった。きっとこの後レオンにも何か言われるだろうが、家で母と妹にずっとあてつけられるよりはましだろう。
「ありがとうございます、お姉様」
ネックレスを受け取ったアーシャはぱっと表情を輝かせる。
しかし今思えばこういう妥協の連続で、どんどんアーシャが間違った方向に育っていったのだった。
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