我がままの代価

今川幸乃

アーシャⅠ

「ねえお母様、あの噴水とてもきれいですね」

「そうね。相変わらずアーシャは感受性がいいわね」


 ある日のこと。私、エーファ・クレセントは一家ともども王宮のお茶会に招かれていた。その帰りに、王宮の庭を見ながら妹のアーシャと母上が何かを話しているのが聞こえてくる。


 さすがに王宮は王族が住んでいるだけあって建物だけでなく庭も立派であった。今アーシャが指さしている噴水だけでなく、暖色から寒色まで色別の花を集めた花壇や、上から見ると美しい絵画のようになっている庭園など美しい庭園が広がっている。

 そんな中、アーシャが一番気に入ったのはユニコーンの石像の角から水が噴き出す噴水であった。

 確かにきれいな庭園の中央にある噴水は美しいし、夏であれば涼をとるにもいい。


「あれはとても素晴らしいものですわ。我が家の庭園にも造れないかしら」


 しかし当然噴水など造ろうと思ってすぐに造れるものではない。費用も手間も時間もかなりかかるだろう。


「アーシャ、さすがにそれは無理だから」


 が、私の言葉にアーシャはそれまでの笑顔を一転、不機嫌な表情に変わる。


「お姉様は夢がありませんわね。ああいう美しい物を見て素直に美しいと思う感性がないから心が狭いのではありませんか?」

「いや、それ反論になってないけど」

「ちょっとエーファ。あなたは何でいつもそうやってアーシャに突っかかるの?」


 そう言ってなぜかアーシャに味方したのは母上だった。母上はよほどアーシャが可愛いのか、何かあるたびにアーシャの肩を持つ。そのたびにアーシャは我がままになり、さらに母上がアーシャの我がままを叶え、とどんどん悪循環がループしていた。

 そしてついに噴水までねだるようになってしまった訳だが、それでも母上は一向に彼女をたしなめる様子はない。噴水まで行くと夢があるとかないとかそういう話では済まない。


「いや、だって常識的に考えて無理でしょ」

「あーあ、エーファは庶民みたいなことを言うようなつまらない人間になってしまったものね。大丈夫よ、アーシャ。このことは私が絶対に実現させてみせるからね」

「はい、庭の噴水を見て過ごせばお姉様も心が豊かになるでしょう」

「本当に、そうなってくれるといいのだけどねぇ」


 そう言って母上はため息をつく。だが、それを見て溜め息をつきたくなるのは私だった。


 母上がアーシャばかりを可愛がるのは実は私でも分かる。まずアーシャは華奢で色白で、いかにも庇護欲をそそる容姿をしている。くわえて、反抗期が速めにきて母上をてこずらせた私と違って彼女は昔から母親っ子だった。乳母がどれだけあやしても泣き止まなくても、母上の顔を見るだけですぐに泣き止むと言う話も聞いたことがある。そのため、母上としてもアーシャが可愛くて仕方ないのだろう。


「あなた、そういう訳で今度はうちの庭に噴水をお願いね」

「分かった」


 そしてそんな母上の言葉にあっさり頷く父上。父上は一応クレセント公爵家の当主のはずなのだが、致命的に金銭感覚がいい加減で、アーシャの我がままが母上を経由して上がってくると、何でも頷いてしまう。貴族家の当主でここまで何も考えていない人物もそういないだろう。


「あの、父上、いくら何でもさすがに噴水は」

「大丈夫だ。わしはお前たちにお金の心配などさせない」


 そして父上は私の指摘にも堂々と答えるのだった。いや、私は父上が心配しないからかえって心配しなければならなくなってるのだけど。

 そんな訳でクレセント公爵家は一見大貴族ではあるものの、かなり先行きが不安であった。

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