第20話

 もはや、肉眼じゃ追うことができなくなった。剣と手がぶつかり合って、止まるその瞬間だけが見える。早すぎてどうなってるのかもわからない。

 地面が抉れて、建物に穴が開いて。次の瞬間には空中に姿が見えたりと周りの被害が大きくなるが、この檻はびくともしない。飛んでくる破片も、檻の手前で弾かれる。

 こうなってくると暇だな。戦闘を目で追うこともできないし、暇だ。檻につかまってる俺が言うことじゃないが。


『枝垂さん』

『ああ、ジャンヌかなんだ』

『すごい音してますけど』

『本気で戦っているからな。もうどうなってるかもわからん』

『そうですか、この辺にいるフリアージはすべて倒しました』

『倒したって、大きいのもか』

『はい、ちょっと大変でしたけど。槍を刺して内側からこう槍を生やしてブスブスッと』


 俺がジャンヌになってる時よりやってることが過激だな。放送できませんみたいな感じになってるんだろうな。まあ、そう時間がたたないうちに消えるんだろうが。


『フリアージがいる場所はわかるもんなのか』

『はい、なんか感覚的なもので。外れたことはないですよ』

『じゃあ、この辺りにはもういないんだな』

『はい、あまり数は多くなかったみたいですね』


 確かに、最初に大量に出てきてからは出てなかったか。あの大きいのが最後だったのかもな。

 音の前の二人は変わらず戦ってるらしい。どっちが勝ちそうなのかもわからないが。建物への被害はすごいことになってるな。まだビルが崩れていないのが不思議なくらいだ。


『私どうしましょうか』

『今どこにいるんだ』

『さっきと同じビルですよ』

『ああ、居るな。とりあえず見てたらどうだ。介入すると面倒なことになりかねんしな』

『わかりました。ちなみに今アーサーさんが押されてますよ』

『そこから見えるのか』

『はい、どんな動きをしてるかくらいは』


 ヒーローっていうのはどこまでも規格外な存在だな。

 ザッと地面を踏みしめる音がして、視線を目の前に戻すと。アーサーとヴィオの二人の動きが止まった。


「力使わないの?」

「お前だって使ってないだろ」


 アーサーの力は光だよな。攻撃だったり、守りだったりに使っている。ヴィオの力は、この檻を作ったのくらいしか見てないからな。よく分からない。


「だって使っちゃったら、すぐ終わっちゃうんだもん。それじゃ集まらないでしょ?」

「戦いは楽しむものじゃない!」

「違うよ。戦いは、争いは、楽しむものだよ」


 ヴィオの声が低くなり、空気が一気に重くなった。アーサーの顔が引き攣り、冷や汗が流れ出した。俺も息が苦しい、呼吸が上手くできないっ。


「あっ。おにーさんごめんね」


 息苦しさがなくなり、重苦しさも無くなった気がした。だが、アーサーの顔は未だ引き攣ったままで。冷や汗も止まっていない。器用だな、俺だけあの重苦しい雰囲気から外したのか。


「それで、あなたの答えは。ヒーローさん」

「変わらないっ。戦いは楽しむものじゃない!」

「そっか。じゃあいいや、やーめた。楽しくないのに戦っても、しょうがないもんね」

「なっ」


 やめたと言って檻のところまで戻ってきたヴィオに、アーサーの動きが止まり、驚きを隠せずにいた。


「だって楽しくない人と戦ってもつまらないんだもん。そもそもなんで戦ってたんだっけ?」

「ヴィオが始めたんだろう」


「そうだっけ。まあ、いいや。おにーさん、一緒に行こ」

 ヴィオが檻に触れると、砂のようにサラサラと崩れて行く。俺が立ち上がると椅子も同じように崩れていく。

 檻と椅子のすべてが消えて、ヴィオが俺の手をつかもうとこちらに手を伸ばした時。復活したアーサーが割り込んだ。


「何をするきだ」

「何って、一緒に行くんだよ。この世界は私たちに侵略されるから安全なとこに」

「そんなことさせない。この世界の侵略も、この人を連れていくことも」

「だって私に勝てなきゃ、この世界を守ることなんてできないよ?」

「勝つ。俺一人で無理なら仲間と」

「ふーん、おにーさんは?」

「まだいけないな。この世界に未練がなくなったら、一緒に行くさ」

「ちょ、先輩っ⁉」

「お前はすこしだまってろ」


 アーサーがなんか言ってるが無視だ。こいつは関係ないからな。


「そっか、じゃあヴィオたちが侵略しちゃえばいいんだね。だって未練がある世界がなくなるもんね」

「まあそういうことだな。未練自体をなくそうとは思わないのか」

「ヴィオ的にやだ。ヴィオだって未練はたくさんあるもん。だからおにーさんの未練をどうこうすることはしないの」

「そうか」

「うん」


 突然、ヴィオの背後に小さな亀裂ができて、穴が開く。空にある亀裂よりは小さいが同じようなものだろう。


「今日は侵略宣言しに来ただけだから。まあ会おうね、おにーさん。ばいばーい」

「あ、まだ聞きたいことが」


 穴の中にヴィオが消え、その穴も空の穴も消えて辺りに静寂が戻り。穴のあった方に手を伸ばすアーサーと俺だけがその場に取り残された。


「あのー先輩」

「なんだ」


 アーサーが遠慮気味に話しかけてくる。と言うか少し前からいつもの口調に戻ってるから。浅野って言った方が正しいか。

 姿がアーサーなのに口調が浅野の時のだと違和感がすごいな。コスプレしてるようにしか見えないぞ。


「先輩って、面倒ごと嫌いだったすよね」

「そうだな」

「言いにくいんすっけど、一緒に来てくれないっすかね」

「来いの間違いじゃなくてか」

「まあ、そうともいうんっすけど」

「わかったよ」

「たすかるっす。じゃあ少し待っててほしいっす、あっちの子にも声かけてくるんで」

「わかった」

『ジャンヌそっちに行くぞ』

『わかりました』


 こうなるだろうとは思っていた。フリアージが消えてるんだ、ジャンヌがいることはわかってたんだろう。俺がここに居るから逃げようにも逃げれないしな。

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