第21話

 ほどなくして、アーサーがジャンヌを引き連れて戻って来た。


「お待たせしたっす、先輩」

「ああ」

「この子が昨日活躍した子だと思うっす。ちょっと違う感じがするっすけど」


 こいつが知ってるのは中に俺がいる姿だからな。違って当たり前だ。だが、こいつジャンヌだと気がついてないな。兜をしてる訳でもなく、素顔のままで要るのに。

 ジャンヌをアーサーに紹介されたが、ジャンヌも俺も話すことは無い。初対面で話が出来る方がすごいと思うが、浅野はそれを当たり前にするからな。

 こいつが特殊なんだろう。俺とジャンヌのあいだに無言の時間が過ぎる。もちろん、その間隠れて話をしてはいるが。


『どうしましょうか』

『なるようにしかならないだろ。変身を解くまでは何も話すなよ』

『分かりました。初対面を装うんですね』

『そういう事だ、浅野もお前がジャンヌだと気がついてないみたいだからな』

「あはは……そろそろ迎え来ると思うっすから、それ乗ってほしいっす」

「乗り物か」

「そうっすね。あっ来たっすよ」


 アーサーが指さしたのは空。雲の隙間から姿を現したのは、飛行機だった。


「垂直離陸可能な、輸送機っす」


 浅野に促されるままに輸送機に乗り込んだ。乗り込むと浅野は変身を解いて、私服姿になっていた。


「この中なら身バレすることもないから、変身を解いても大丈夫っすよ」


 ジャンヌに向かって言っているが、ジャンヌは変身を解くことなく俺の方を見つめていた。


「ああ、先輩なら大丈夫っす。話しませんっす」

『いいですか?』

「いいぞ」

「いいぞってなんすか先輩?」


 ジャンヌが変身を解き、そしてその姿を見た浅野が、予想していた通り固まった。目を見開いて口をパクパクとさせてデメキンみたいだな。いやデメキンに失礼か。まあ、間抜けな顔だ。


「え、ジャンヌちゃん。え、ジャンヌちゃん?」

「はい、浅野さんこんにちは。黙っていてすみません」

「先輩?」

「なんだ」

「ジャンヌちゃんがヒーローって」

「知ってたぞ、面倒ごとが嫌いだから黙っていたんだ」

「いやでも、えぇ。じゃあ黒いのもジャンヌちゃんなんすか。槍とか同じだったすけど」

「はい、そうですよ」

「嘘だぁ」


 嘘ではないな、中身が俺だったということを除けば。浅野は頭を抱えて、あーでもない、こーでもない。と、ぶつぶつ呟いて自分の世界に入ってしまった。


『枝垂れさん』

『なんだ』


 今更隠れて話すこともないと思うがジャンヌが話しかけてきた。


『浅野さんヒーローですけど、一緒に居て大丈夫なんですか?』

『ああそのことか、あの姿にならなければ大丈夫だ。心の整理はついてるからな。アーサーの姿は由衣を殺したヒーローとは違うからな、逆恨みになる』

『それならいいんです』

「浅野」

「あ、はいっす」


 浅野に声をかけるとすぐに返事が返って来た。


「どこに向かってるんだ」

「本来なら世界教会の日本支部、という予定だったんすけど。昨日に続いて今日もフリアージが出てきたんで、活動拠点が変わってるんすよね。今はそっちに向かってるっす」

「世界教会の管理する場所には違いないか」

「そうっすね。でも着いたら驚くと思うっす。ジャンヌのちゃんもよく来ることになると思うっすよ」

「それはヒーローとしてか」

「大丈夫ですよ、枝垂さん。もともとヒーローもとして、頑張るつもりでしたから」


 確かに最初からそういう予定ではあったが。少しくらい心配にはなる。変わっちまったからな、人の心配するくらいには。


「まあ、ほとんど強制的にすっけど。こんなことがあったんで、戦力を確保したいすっからね。でも最初から協力してくれるとほんと助かるっす」


 そのまま空の旅を続けていると、ドンっと揺れた。


「着いたっすね」


 降り着いた場所は、どこかの格納庫の様だった。浅野について行って、エレベーターに乗り込んだ。そしてエレベーターの扉が開いた向こう側には空が広がっていた。正確にはガラスの向こう側に。下には雲、上は青空。空の上に俺たちはいた。


「世界教会の技術を惜しみなく使って建造された航空艦[ノア]っす」


 目の前に広がる景色に、言葉を失っていると横から声をかけられた。


「ようこそノアへ」


 そこにたっていたのは、紛れもなく少女だった。


「艦長のアリスさんすっ」

「艦長のアリス・エスぺリルコープよ。極東支部支部長もしてるわ」


 そこ言葉に耳を疑い、姿に目を疑った。


「なによ」

「何でもない」


 今日だけで、少女に二回あってどっちも普通じゃないって。なんだろうな。アリス艦長の手には二枚のカードが握られていて、それを差し出してきた。


「これ仮登録証。これがあれば艦内を移動するときに役に立つわ。ちゃんとしたのは後でね」

「じゃあ、あとは簡易検査して終わりっすね」

「俺はどこで待ってればいい?」

「先輩もっすよ。あの律者に何されてるかわかんないんすから」

「わかったよ」

「じゃあ、こっちっす」


 浅野の後ろをついて行っているが、内部構造が複雑で一人じゃ迷いそうだな。


「じゃあそこに寝ててくださいっす。数分で終わるっすから」


 着いた場所は医務室のような場所でいろいろな器具が立ち並ぶ中、診察台に寝かされた。


「検査ついでに話しておくことがあるっすけど。今後会議とか、出動の際は基本ここから行くことになるっす。近場ならそのまま向かっていいんすけどね。先輩はどういう扱いになるかわからないっす。ヒーローなのはジャンヌちゃんすっからね」

「だろうな」

「まあ、ジャンヌちゃんの居候先っすし。関係者って感じにはなるとは思うっすけど」

「じゃあここに来るのは私だけってことでしょうか」

「多分っす」


 しばらくは、ジャンヌと入れ替わるのはやめておいた方がよさそうだな。ジャンヌには頑張ってもらうことになるが。どうやっても説明ができないからな。ばれるまではこのままでいいだろう。


「終わったっす。ジャンヌちゃんも、先輩も健康っすね。特に異常はなかったっす」

「そうか」

「ジャンヌちゃんはこのまま残ってもらう必要があるっすけど。先輩どうします?」

「話を聞かれるかと思ってたが」

「多分聞かれるとは思うっすけど。今日は帰っても大丈夫っす。何なら後で俺が聞くっすから」

「そうか、ジャンヌ頑張れよ」

「はい」

「帰りもあの輸送機か」

「そうっすね。世界教会の建物に着陸して、そこから陸路で帰ってもらうことになるっす」

「わかった」


 ジャンヌを一人ノアに残したまま、輸送機に乗り込んだ。夜には帰ってこれるようにすると浅野が言っていたし、信用してもいいだろう。

 世界教会の所有するビルの屋上に着陸して、そのまま家路についた。今日は色々起こりすぎた。少女に逆ナン誘拐されたと思ったら、檻に閉じ込められたりと。

 忙しなかった。肉体的疲労よりも、精神的に疲れたな。

 玄関の扉の鍵を開け、取っ手を引こうとしたとき。後ろから服を引っ張られた。ヴィオなのかとも思ったが、力が弱く少し動いただけで振りほどけてしまった。

 近所の子供がいたずらでもしてるのかと、振り向いて注意しようとして。すべての動作が一瞬止まった。

 呼吸も、思考も何もかもが。一瞬止まり再び動き出した鼓動は限界を知らないかのようにどんどん早くなっていく。

 思考しようとした端から、思考が崩れていき考えがまとまらない。

 目を見開いて、鏡で見たら瞳孔も開いてるだろう。

 それほどまでに、目の前の光景が異常だった。ありえなかった。

 夢じゃないかとすら思ってしまうほどに。

 目の前には、子供がいた。少女だ。十にも満たないように見える子供だ。近所にいる子供ではなかった。

 この少女のことを知らないと言い切れるのに。ただ一つだけ、たった一つのことだけは見覚えがあった。知っていた、覚えている、触れたことがある。

 その少女の顔だ。忘れようとも忘れることができない、由衣の顔だ。少女だ、年だって全然違う。

 だというのに、その顔は由衣の幼い顔だと言い切れる。なんども見た顔だ、忘れることのできない顔だ。

子供はいるはずがない。妹がいるという話も聞いたことはない。親戚だっていなかった。

 じゃあ、この子供は何だ。由衣をそのまま小さくしたような、この子供は一体、なんなんだ。

 少女の口が開いた。何か言葉を紡ごうとしている。少女の視線が俺の目を見つめている。少女の瞳の中に俺が写っている。

 そして、少女の声が響いた。


「ぱぱ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る