第19話

「その人を、離せー!」


 遥か頭上、雲の中からヒーロー落ちてくる。昨日もアーサーは空からやって来たな。ジャンプ力が高いのか、もしかしたら空の上に何かあるのかもしれないな。

 このまま落ちてくれば、ヴィオか俺に当たるような軌道のまま落ちてくるアーサーを、ヴィオはそのまま横にずれて避けた。

 軌道をずらせないのか、アーサーはそのまま地面に激突し粉塵が舞った。


「おにーさん、ヒーロー死んじゃったみたいだけど」

「あそこまで馬鹿だとは俺も思わなかったんだ」


 粉塵の中から、いまだにアーサーが姿を現さない様子を見るに。あいつ、本当に死んだんじゃ……


「勝手に殺すな!」

「「あっ、生きてた」」

「ちょっと先輩まで、殺さないでください!」


 未だに粉塵は晴れないが、声は元気そうだから生きているらしい。昨日までは格好いいヒーロだと思っていたアーサーだが。

 中身が浅野だと思うと格好よく思えないのはなんでだろうな。どちらかと言えば頼りない気がしてくるんだが。


「あのヒーロー本当に強いのお兄さん」

「訂正させてくれ、多分強いはずだ」

「じゃあ、戦ってみればわかるよね」


 ゆっくりと地面に降りていく間、アーサーは粉塵から出てくることはなかった。


「さてと、おにーさんはそこに居てね」


 地面に降りたヴィオは俺から手を離すと、檻のような何かを作り出して俺を閉じ込めた。

 材質もわからない、この檻には触れる気にはなれないな。あとご丁寧に、椅子まである。


「檻にも椅子にも触っても大丈夫だからね。それに硬いから、攻撃が飛んできても大丈夫だよ」

「ありがとよ」

「どーいたしまして。おにーさんはヴィオのお気に入りだもん」


 そろそろ、粉塵が晴れるころだが。アーサーはなにをしているんだ。

 徐々にアーサーの姿が見えてくる。立っていれば見えそうな位置には姿が見えず。それよりも低い腰のあたりから影が見え始めた。しゃがんでるようにも見えるが。


「あっ」

「はぁ……」


 粉塵が完全に晴れて、はっきりとアーサーの姿が見えた。片足が地面に嵌った、馬鹿らしい姿が」


「ねぇおにーさん。私今からあれと戦わないといけないの?」

「一様あんな姿でもヒーローだ。情けないことにな」


 ヴィオは足が抜けるのを律儀に待つらしい。四苦八苦して地面から、足を抜いたアーサーが剣を構えた。


「ヒーローに会ったら名乗れって言われてるから名乗ってあげる。律者機関、第一律者ヴィオヴェルーエチェ・ヴァゼフォートよ」

「俺はアーサー・ペンドラゴン。勝負だヴィオベツッ」

「ヴィオヴェルーエチェ・ヴァゼフォート」

「ヴィオヴェルチッ……」

「ヴィオヴェルーエチェ・ヴァゼフォート」

「第一律者!」

「もうそれでいいよ」


 なんとも締まらな状況のまま戦いは始まった。

 アーサーが持つのはもちろん剣だ。聖剣エクスカリバーとかそんな名前だったはずだ。

 相対するヴィオは武器らしいものを持たないまま、素手で戦っている。アーサーが剣を振るえば、素手でそれを弾く。そして、弾いた勢いのままアーサーを殴りつけていた。

 片方が武器を持っていて、片方が素手だったとき。余ほどのことがない限り、武器を持っている方が有利だ。

 だがヴィオはその余ほどのことに当てはまるらしい。素手のままアーサーと戦い、そして互角以上に戦っている。

 武器を使わないで、ここまで強いとなると。素手自体が武器なのかもしれないな。格闘家なんかは素手自体が武器だといわれるくらいだ。ヴィオもそんな感じかもしれないな。


『枝垂さん怪我はありませんでしたか』


 突然ジャンヌの声がした。すっかり忘れていたが、こうやって話せたんだったな。


『ジャンヌ。大丈夫だ今のところは』

『良かったです。今ビルの上にいるんですけど見えますか?』

『どこのビルだ』


 大きいビルから小さいビルまで。周りには沢山ある沢山ある。


『枝垂さんから見て右にある一番高いビルです』

『見つけた。豆粒くらいにしか見えないが』

『良かったです』

「ねぇヒーローさん。こんなところで私と遊んでていいの。フリアー沢山出てきてたのに」


 ヴィオが戦いの最中、話しかけていた。内容を聞くに確かに、アーサーはここで戦って大丈夫なのか。

 亀裂が開いたとき大量のフリアージが出てきた。今もそこらかしこにフリアージの姿が見える。大きいフリアージも健在だ。未だに人々が逃げているはずだが。


『枝垂さん、なんだか街が変なんですよ』

『ああ確かに変だな』


「大丈夫じゃなきゃ戦ってない」

『絶対わかってないです、その言い方は。いいですか枝垂さん、今この街には』

「今この街には」

「『人が誰も居ないんです』だ」


 ジャンヌとアーサーの言葉がそろった。


「昨日の空間震、異空間の中に捕らえるはずだったのに現れなかった。そして今回も。だから急遽変えたんだ、捕らえる対象を人に。そしてこの街には、今人が居ない。襲う対象のいないフリアージはただ街を彷徨っているだけ。第一律者、お前を倒してからでも、フリアージは問題ないんだ」

『そうらしいな。とりあえずジャンヌ、フリアージを倒していてくれ。こっちはアーサーが何とかするらしい』

『わかりました』


 ビルの上から、豆粒みたいな大きさのジャンヌが降りるのが見えた。とりあえず、何もしないよりはいいだろう。

 アーサーとヴィオは変わらず戦っているが。戦い方が変わって来た。ヴィオがあまり動かなくなった。

 アーサーは動き回って攻撃をするのに対して、カウンターをしている。それに、なんだがヴィオの顔がつまらなそうな表情になっている。


「それってヴィオを倒せるって思ってるの」

「ああ」

「無理だよ、だってだいぶ手加減してあげてるもん。えいっ」


 ヴィオのかわいらしい声とともにアーサーが殴られて吹き飛んだ。まるで、瞬間移動でもしたみたいにアーサーの前に現れてただ殴っただけなのに。

 ヴィオが立っていた地面は抉れていて、それだけで実力が分かってしまう、手加減されていたんだと。アーサーは建物の壁を突き破って中から出てこない。


「今のに反応できなきゃ、ヴィオは倒せないよ。百年くらいしたら勝てるかもね?」

『すごい音しましたけど、大丈夫ですか?』

『俺はな、アーサーの方はわからんが』

『とりあえず倒せそうなのは倒してますけど。助けは必要だったりしますか』

『アーサー次第だろうな。ダメなときは俺が誘拐されるし、駄目になったら呼ぶさ』

『すでにその状況が駄目な気がしますけどわかりました』


 建物から、アーサーが出てきた。目立った傷はなさそうだな。さすがはヒーロー。

「あれ、けっこう頑丈だね」


「ヒーローを甘く見るなっと。一つ聞きたいんだけど、あの檻はどれくらい頑丈なんだ」


 アーサーが俺のいる檻を指さしててヴィオに聞いた。


「さっきのパンチでも余裕だよ」

「そっか。じゃあ許可も出たことだし。はっ!」


 今度はアーサーがヴィオの目の前に急に表れてその剣を振るった。ヴィオはその剣を弾いて、後ろに下がった。

 アーサーが出てきた建物の壁は、さらに穴が広がっている。


「そっちも手加減してたんだ」

「いろいろあるんだよ、そっちと違って」


 そう言えば最初、異空間の中で会ったときは周りの建物はボロボロだったな。そして昨日は、最後の方にちらっと来ただけだが。建物に被害はなかった。

 異空間では全力を出せて、現実世界では抑えなくてはいけない事情。まあ、周りへの被害だろうな。現実世界じゃ、そこで生活する人がいる。

 建物が崩れれば苑で働いていた人が職を失ったりと色々ある。さっき言った許可っていうのは多分そのことだろうな。

 全力を出せる許可、つまりは建物を破壊してもいい許可か。何もかもが十年前に戻ったみたいだな。


「楽しく遊べそう、壊れないでね?」

「勝つさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る