第15話

 ほんと、ヒーローって嫌になるわ。だってこんなにも強いんだから。こっちは殺す気で槍を振るってるのに、涼しい顔してるし。

 憎い憎い、憎くてたまらないのに、私の力は弱い!

 お互いに距離を取って、武器を構える。


「優しいだけで居られるのは子供のうちだけ。大人になったら、優しさは捨てないと生きていけないのよ」

「君に何を言っても無駄みたいだ」

「それはそうよ。憎しみを糧に戦う私と、希望や優しさなんてものを掲げて戦うあなた。相容れないのは始めからわかっていたことよ」

「それでも」


 アーサーの力強いその目に、見られただけで動けなくなる。穢れなんて知らない、人の黒い感情を知らないその綺麗な透き通った目に見られるだけで。息が苦しくなる。


「絶対に優しさは必要だってことをわからせる。俺の優しさで、あなたも救って見せる!」

 まっすぐなヒーローらしい言葉。だけど、この私を救う?


「あなたには私を救うことなんてできないわ。それだけは断言してあげる。私はもう落ちるところまで落ちたのよ。今さら救いなんて求めて無い、私にあるのはこの憎しみだけ。燃え盛る憎しみの復讐の憎悪の炎だけなのよ!」


 そう、何にもない私に残された唯一の物。ヒーローの力に消されてしまうなら。消されないくらい強い憎しみの炎を燃やせばいい。

 私が手にする槍は憎悪の炎に包まれ、アーサーの持つ剣は光に包まれる。


「これで終わりにしましょう」

「絶対に救って見せる」


 距離を詰めるのは同時だった。

 先に攻撃したのは私。アーサーの足元から槍を突き出す。でも最初からわかっていたみたいに、アーサーはそれを上に飛び上がって回避した。

 最初から当たらないのはわかっていた。ただ、アーサーを上に誘導するための攻撃に過ぎない。

 力の弱い私が勝つために必要なことだった。飛び上がって、剣を振り下ろすアーサーに下から槍を突き刺す。地に足を付けた私の方が有利なはず!


「アーサー!」

「はぁぁぁ!」


 剣と槍がぶつかりあい、火花と炎を散らす。そしてアーサーが後ろに着地した。


「やっぱり、ヒーロって存在は嫌になるわ。情けをかけられるなんて」


 兜がなくなっていた、槍がまとっていた炎は消えて。地面を包んでいた炎すらも消えてしまった。でも左目の炎は消えてないみたいね、謎だわ。

 ヒーローに対する憎しみが、今じゃほとんど無いからよね、これって。戦うことで発散したのか、あの光で消されたのか分からないけど。完全に私の負けね。


『今どこにいるの』

『枝垂さん無事なんですね。よかった。今家に帰ったところです』

『そう、今からそっちに行くから』

『わかりました』


 さて逃げる準備をしないとね。


「情けをかけたんじゃない。救う相手を傷けないようにしただけだ。なあ、こっちを向いて顔を見せてくれないか」

「隠していた顔を見たがる男はモテないわ」

「別にそういうつもりじゃ」

「でもそうね、いいわ。少しだけ見せてあげる」


 敗者は勝者に従うものだものね、普通は。

 ゆっくりとアーサーのいる後ろに、振り向く。その途中で私の周りを炎で包む。話し方がイラついたから簡単に炎が出たわ。


「何をしてっ」

「敗者はただ消えるだけよ。それに炎の隙間から少しは顔が見えるんだからいいでしょ」


 体を覆っていた鎧と、槍を消す。服はジャンヌが来ていた服のままね。

ちょうど沈む夕日が後ろにあるからアーサーの焦ってる顔がよく見えるわ。もしかしたら逆光で私の顔が見えてないかもしれないけど、問題ないわね。


「待ってくれ、俺はただ」

「あなたの言って言ったこと、否定だけはしないでおくわ。確かに優しくすることはいいことよ。時と場合を選べばね。それじゃあさようなら」


 そういえば、ジャンヌにやり方聞いてなかったわね。今更消えれなかったら、これ恥ずかしいことになるわね。


『ジャンヌ、そっちに行く方法ってどうやるの』

『ふぇ。んん、私のとこ。ええっと枝垂さんのことを強く思い浮かべればこっちに来れます』

『何か食べてるでしょ』

『お腹すいちゃって……』


 はぁ、とりあえず方法はわかったし。この炎を消される前に居なくなりましょう。

 自分のことを強く思う。毎朝よく見る顔だから簡単ね。


「待っ……」


 体が引っ張られるような感覚がして、周囲の音もなくなって。次に聞こえてきたのは、何かをすする音だった。


「私にあれだけカップ麺がああだこうだって言っておきながら、今私の目の前でカップ麺を食べてるのはどこの誰かしら」

「ほはえひははい」

「飲み込んでから喋ってくれる?」

「ん。ごちそうさまでした。おかえりなさい枝垂さん。今戻しますね」


 ジャンヌが手を握ってきて、目の前が真っ暗になると。体は元の戻って、目の前にはジャンヌが居た。

 あと、空腹が消えてほどほどの満腹感がある。すごく変な感じだ、さっきまで腹がっ減ってたのに、今は腹が減ってない。しかも食べてたのはジャンヌだから食べた実感がない。


「ジャンヌ」

「はい?」

「夕食抜きだ」

「そんな!」

「今食べただろうが。俺の体で」

「私は食べましたけど、食べてないからお腹減ってるんです。それに戦ったから余計に!」


 戦ったのは俺だが体はジャンヌの体だったしな。仕方ないか、半分は俺の責任だ。でも、俺が食べれないのは納得がいかない。


「わかった、食べてもいい。ただし、二時間後な」

「二時間も待てませんよー」

「俺の腹が減るまで待て」

「そんなー」


 まあ、今日は俺が料理しよう。ジャンヌが頑張ってくれたからな。

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