第14話

 目の前が暗くなり視界が開けると、目の前には槍に貫かれたフリアージが居た。遠くには自分の姿が見える。

 辺りに居た逃げ遅れた人の数は減り、フリアージは新たな犠牲者を求めてこの場所より遠くへ行こうとしていた。


「どこに行くつもり、逃がさないわ」


 散らばっていくフリアージを燃やす。消えることない憎悪の炎で、燃やし尽くす。

 逃げ遅れた人に飛び掛かろうとしているフリアージを、地面から槍を突き出して止める。

 そして、目についた逃げ遅れた子供に近寄る。


「なに泣いてるの」

「えぇぇぇん!」

「やかましいわね」


 子供の襟をつかんで、ジャンヌの所に飛ぶ。


「ジャンヌ、これその辺に捨ててきなさい」

「任せてください、安全なところに連れていきます」


 捻くれたこの言葉遣いでもちゃんと理解してくれるのはジャンヌだけかもな。

 それにしても自分の声でジャンヌの口調で喋られると、すごく変なかんじだ。気持ちが悪いというか、ジャンヌには言わないでおこう。

 この姿になって、すぐに憎悪の感情に飲まれるかと思ったがそんなことは無かった。平常心までは行かないが、それなりに穏やかな感情のままでいられる。

 それは憎む相手がフリアージになったからかもしれない。ああ、でもヒーローに思うことは一つだけある。

「ほんと、ヒーローって使えないわね。ヒーローじゃない私がこんなことしなきゃいけないなんて。使えないわ。使えなさ過ぎて、イライラしてくる」


 落ちてくるしずくを、フリアージという形をとった瞬間に燃やすか、突き刺す。

 突き刺さった死体だけは消えることがなく、辺りは地獄と言われてもおかしくないよな光景になっている。

 動いていない以上、死んでるんだろうが。消える消えないの違いは何なんだろうな。

 燃やして刺して、それを何回も何百回も繰り返してると徐々にイライラが溜まっていく。


「あーもう、めんどくさい!」


 周りにはもう人はいない。いるのはフリアージだけ。なら派手にやってもいいだろ。足を一歩踏み出す、それだけで、炎が地面を覆っていく。


「槍に刺された死骸だけじゃ味気なかったわ。でも、これなら地獄って言ってもいいわよっアグゥゥゥ!」


 左目に激痛が走る。あの痛みだ、体が侵食されるあの痛み。それが左目に走った。右目の視界に炎がちらつく。

 地面に落ちているガラスの破片に映る左目には、黒い炎が灯り目の周りが黒く浸食されたいた。


「力を使い過ぎたのかしらっ!」


 徐々に痛みが引いてきたものの、浸食と炎はそのままだった。空にある亀裂の下、フリアージが落ちるすべての場所が火の海になる。

 槍に刺された死骸すらも燃えて消えていく。落ちてくるフリアージは地面に着いた瞬間に燃えて消える。


「ふふふ、これですっきりしたわね。でも、あの亀裂どうしようかしら」


 フリアージはどうにかなった。あとは大本の亀裂だけ。しかし、あの亀裂をどうこうする考えはない。そもそもヒーローじゃないからな。知らないものは知らない。

 試しに炎を伸ばしてみても、高すぎて届かない。槍はそもそも論外。打つ手なしなわけだ。


「ヒーロを待たなきゃいけないのって、こんなにも退屈なことなのね」


 落ちては燃えていくフリアージを眺めていると、空からフリアージじゃない何かが落ちてきた。

 現れたのは突然、まるで見えていなかったものが急に見えるようになったみたいに突然だった。

 遠目にも、今ならはっきりと見える。あれはヒーロー、それも一昨日見たのと同じ格好の。

 ヒーローの姿を見た途端。内から、あのどす黒い憎悪の感情がうごめきだす。

 やっぱりヒーロは憎いわ。このまま落ちるところに槍を出したくなるくらいに。でも我慢しないといけないのよね、だってあの亀裂をどうにかできるのはあのヒーローだけだし。

 落ちる場所にはもちろん炎があるけど。まっ、ヒーローならどうにかするでしょ。

 うごめく憎悪を必死に抑えて、落ちてくるのを待つ。

 落ちてくるヒーローは、地面に向けて剣をふるうと炎を吹き飛ばした。ちょうど人が一人立てるくらいの空間が出来上がった。


「遅かったじゃない、ヒーローさん。いえ、アーサー」

「ありがとう」

「はぁ?」


 私、耳が悪くなったのかしら。このヒーロー「ありがとう」って言った気がするんだけど。一昨日殺されそうになったはずよね。あの時と別のヒーローとかじゃないわよね。

 たたずむアーサーを上から下まで見ても、あの時と変わらない姿で立っていた。


「ここに居た人たちを助けてくれたんだろ。だから、ありがとう」

「底抜けの馬鹿だわ」


 あら、ボケっとした面白い顔になったわね。でも、すごく腹が立つわ。なにをしても人をイラつかせる天才なのかしら。


「一昨日殺されそうになったの忘れたの?」

「忘れてない。でも人を助けてくれたことは事実だ」

「はぁ、ほんとあんたと話してると調子が狂うわ。さっさとあれどうにかしてくれないかしら」

「わかってる。聖剣開放」


 胸の前に掲げた剣が光始めると、周りの炎も消え始め。光が強くなるにつれてその範囲も増えていく。聖なる力に憎悪の炎が弱いのは当り前よね。だって弱点じゃないどう見ても。


「我が勝利は約束されている。エクス……カリバー!」


 上から下に剣は振り下ろされた。光る剣筋は空にある亀裂を切り裂き、夕暮れの空を取り戻した。光の剣筋が起こした衝撃で周りへの被害はない。

 うまく加減したのね。

 周りでの被害だけで言えば、私の方が破壊してるわよね。地面から槍を突き出すときにタイル破壊しちゃし。ま、悪いのはフリアージだから私には関係ないわ。


「ほんとヒーローって嫌になるわ。美味しい所全部持っていかれるし」

「何を言ってるんだ、一番活躍してるのは君だ。大勢の人を助けてくれたじゃないか」

「助けるね。成り行きでそうなっただけよ。私はただ目障りなフリアージを殺しただけ」

「そうだとしても、助けたことに変わりはないだろ。それに君は教会に認められたヒーローじゃない。助けないで逃げることもできた。それなのに君は大勢の人を助けた。君は勇気があって優しいんだね」


 優しい、優しさ。そんなもの今の私にはないわ。あるのはそう、今にも飛び出しそうになっているヒーローへの憎しみだけ。


「優しいと本気で思ってるのなら、馬鹿馬鹿しい。私に優しさなんてないわ」


 一蹴り、それだけでアーサーの元にたどり着く。互いに手にした剣と槍がぶつかり合い、鈍い音を鳴らした。


「アーサー、あなたみたいなヒーローにはわからないかもしれないけど。世の中、優しさを持っていると損をするようにできているのよ。優しさに付け込まれて破滅する。だから優しさなんて必要ないのよ!」

「それは違う!」

「どこが!」


 もう憎悪の感情よりも、イラつきの方が勝ってる。それでもヒーローを憎んでいることには変わりがないから、攻撃の手は止まらない。それどころかもっと苛烈になる。


「誰かに優しくすれば、必ず相手も優しくしてくれる。困ったときに助けてくれる。優しい人は、得をする人だ!」

「それにも限界があるわ。昔助けられたからって、力が弱い人間は力の強い人には適わないのよ。搾取され、道具のように扱われ、そして最後に待っているのは破滅だけ。力の強いあなたには絶対に理解できないことよ!」



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