第13話

「目立っちゃいますね」

「仕方ないだろうな」


 これでも小さくしたが、抱えないといけないほどの袋を持ってたら見られるだろうな。


「ふう、どうします?」

「どうって?」


 服を置いてきて、夕焼けを背にしてベンチに座りながら休憩していた。


「晩御飯です。外に出てますし外食します?」

「あーそうだな」


 ここまで外に出たら、食って帰るのもありか。


「何食べたい」

「うーん、麵系じゃないのがいいですね。麺は大量に家にありますし」

「カップ麺だって美味しいだろ。さて、近くにある店探すか」


 スマホを開いて、その辺の店を探してると。急に画面が暗くなり、空間震と赤い文字がでかでかと出てきた。

 それと同時に、スピーカーから最近聞いたことある音が聞こえてきた。


「空震警報音! 空震警報音! 付近で空間地震の予兆を観測しました。フリアージが出現します。付近にお住まいの皆様は避難指示が出るまで家から絶対に出ないでください」

「繰り返します。現在……」

「またか」

「あっちですね」


 ジャンヌが指をさしたのは何もない空だが、おそらくそこに空間震が起きていてヒーローが居るんだろう。


「わかるのか」

「もともと、聖遺物ですからね」

「これじゃ外食どころじゃないな、帰るか」


 俺はベンチから立ったが、ジャンヌはベンチに座ったままだった。


「帰るぞ」

「もう少しここにいていいですか」


 俺を見るジャンヌの目は、不安に揺れていた。


「何がそんなに不安なんだ」

「私には、あそこに空間震があると。フリアージがいるとわかります。なのに、目の前はこんなにも平和なんです。ずれているんです、私の知る感覚と。それがたまらなく恐ろしい」


 自分の両腕を抱きしめ、ジャンヌ俯いている。俺はどうするべきだ。ジャンヌは、おびえている。

 本来喜ぶべきこの平和に。平和こそが恐ろしいと、真逆の考えを抱いて。

 今すぐジャンヌの手を引いて、この場を離れるべきだろうか。それともこのまま、ジャンヌの隣にいるべきだろうか。俺はどっちを選ぶべきなんだ。

 わからない、どちらを選ぶべきなのか。

 昔なら悩まなかったのかもしれない。誰かのためにそばに寄り添っていたから。だが、今はそうじゃない。

 誰かのそばに寄り添うことを、やめてしまった今の俺には。なにを選ぶべきなのか、わからない。

 突っ立ている俺と、下を向いたまま動かないジャンヌ。結果的に、俺はジャンヌのそばに居続けた。

 そして、下を向いていたジャンヌが上を。さっき、指さした空に顔を向けた。


「来るっ」


 なにが、と。俺がその言葉を口に出す前に空が割れた。

 瞬きをして、もう一度見た。

 空が割れている。夕焼けの空に、向こう側の見えない、黒い亀裂が広がっていた。

 道を歩く、会社帰りの女性が。子供を連れた親子が。その場にいた、ありとあらゆる人が。空を眺めていた。

 そして、亀裂から黒いしずくが一つ落ちてきた。落ちてきたしずくは地面にぶつかると、水たまりのように広がり、そして徐々に形を取り始めた。

 辺りは静寂に包まれ、しずくが形をとるのを人々は傍観していた。

 徐々に、その形は鮮明になっていき。一つの形をとった。獣の形をしたフリアージに。

 フリアージは、首を動かし子連れの親子を見た。

 首だけでなく、体も同じ方向を向いた。

 フリアージが地面を蹴り、親子に飛び掛かるその瞬間。その場にいたほとんどの人が動けないでいた。ジャンヌという一人を除いて。

 右手に槍を持ち、その身を鎧に包み。すでにフリアージの頭上に居た。

 槍がフリアージを地面に縫いつけ、動かなくなると同時にジャンヌが口を開いた。


「逃げてっ!」


 その一言に、動いていなかった人々が一斉に動き出した。悲鳴と怒号が飛び交い、平穏で平和なひと時が崩れ去った。

 その光景は、十年前を彷彿とさせる。阿鼻叫喚の世界が瞬く間に広がった。

 空から落ちるしずくは増えていく。

 誰かが逃げた先に、しずくが落ちる。そのすべてに対応することはジャンヌにはできなかった。どうにか襲われそうな人を助けることはできていたが。四方に散らばっていくフリアージには対応できないでいた。

 俺は、逃げなかった。いや逃げれなかった。動くことができないでいた。それは、ヒーローという力を手に入れてしまった代償なのかもしれない。

 幸いにも俺の周りにはフリアージが来なかった。今ネックレスに触れて、ジャンヌに声をかけて。体を入れ替えれば、今この場にいるすべての人を救うことができる。

 だがその行為を躊躇っていた。俺に何ができるんだと。あの時死にゆく妻を目の前に何も出来なかった俺になにがと。もうあの時から誰かを救おうとすることをやめた俺に。何が、と。

 ペンダント握る手の、指にはめられた指輪に目が行く。妻からもらった指輪。優しいといわれていた、あの頃なら俺はどんな選択をするだろうか。どんな選択をすれば妻は喜んでくれるだろうか。

 そう考えると、自然と体が動いていた。


『ジャンヌ、変われ』

『は、はい!』

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