第12話

 浅野を後ろに連れて、家路につく。


「へー先輩ってこの辺に住んでるんすね」

「ああ」

「この辺って、一昨日空間震あったところですよね」

「よく覚えてたな」


 空間震と言っても、危険がなくなり。ただ警報が鳴るだけになってしまった今、ニュースでもテロップで出るだけで報道すらされない。

 だから空間震があった場所にいたならともかく、無関係の場所にいて二日前に起きた空間震のことを覚えてるやつは珍しい。


「テレビのテロップに流れてたのを見たんっす。ちょうどいい所をテロップに邪魔されて、たまたま覚えてただけですって」

「本当にたまたまだな」

「普段そんなに気にしないっすからね。発生するのもそんなに頻繁じゃないっすし」

「そうだな」


 月に一回あるかどうか。年間でも二桁行かない年もある。小さいものならっけこうな頻度であるらしいが、自然消滅するものらしく警報もならない。本当に平和になったもんだよ。


「立派な家っすね」

「ただいま」

「あっちょ待ってください先輩」


 鍵を開けて玄関を開けると、リビングから走ってくる音がした。


「枝垂さんおかえりなさい。早かったですね」

「たまたまな」

「お邪魔しまーす」

「お客さんですか?」

「先輩の後輩で浅野って言います。留学生って聞いてたっすけど日本語上手っすね」

「私ジャンヌって言います。日本が大好きで、日本語頑張って勉強したんです」

「へーそうなんすね」


 意外にもジャンヌと浅野は話が合うらしい。


「ほら麦茶」

「コーヒーないんすか」

「あるけど贅沢言うな」

「分かりましたよ」

「それで浅野さんは何しに?」

「ただ来たくてきたらしい。ということで帰れ」


 こいつがここにいる理由もないだろ。さっさと帰らせた方がいい、部屋の片付けも出来やしない。


「いやまだ来たばっかなんすけど」

「プライベートに首突っ込むなって言っただろ。今日は帰れ」

「分かりましたよ。でも、今度食事誘った時は来てくださいよ」

「わかった」

「約束ですからね。それじゃお邪魔しましたー」


 浅野が帰って家の中が静かになった。


「よかったんですか、せっかく来てくれたのに」

「今日は都合が悪いんだ」

「プライベートですか?」

「ああ、部屋を片付けようと思ってな」

「部屋ってもしかして」

「ああ、今ジャンヌが使ってる。由衣の部屋だ」


 階段の後ろ。ジャンヌがついてくる。ただ階段を上るだけなのにとてもゆっくり上がっているように感じる。

 いや、もしかしたら本当にゆっくり階段を上がってるのかもしれない。後ろにいるジャンヌが言わないだけで、ゆっくりゆっくり階段を上ってるのかもしれない。

 そう思ってしまうくらいに、俺の足取りは重かった。由衣の部屋に行くだけで、こんなにも足取りが重かった日はあっただろうか。

 部屋の中で泣き崩れることは多々あったが、部屋に行くだけでこうなったことはなかった。

 階段を上って、二階に上がるだけだというのにこんなにも疲れるだなんて思いもしなかった。


「片付けよう」

「はい。と言ってもだいぶ綺麗ですけど」

「まあな、来るたびに綺麗にはしていた。だが此処には由衣の物が多すぎる。ジャンヌが過ごすには片付けた方がいいんだ。俺が過去と決別するためにも」

「枝垂さんがそう決めたのなら、お手伝いします」


 ジャンヌと始めた片付けは、一人でやろうとした時とは比べ物にならないくらいに進んだ。

 俺の動きが止まるとジャンヌが声をかけてくれて、片付けに戻してくれる。

 ジャンヌが必要ないといったものは部屋の隅にまとめる。俺が判断すると全部残してしまいそうだからな。この部屋を使ってるジャンヌが必要なものだけを残すことにした。

 クローゼットにあった服は半分捨てることになった。小物はほとんどがそのまま。ぬいぐるみもジャンヌが残したいというので残すことになった。


「これで終わりですね。ほとんど服ですけど」

「あまり部屋に物を置かなかったからな。服以外はほとんどがぬいぐるみしかなかっただろ」

「そうですね、それにしても、ぬいぐるみとってもお好きだったんですね」


 窓がない壁一面にぬいぐるみが置いてある。小さいのから大きいものまで、小さな山になるくらいだ。よくねだられて買ったものだ。

 プレゼントも欲しいものは何か聞けば、必ずぬいぐるみだったしな。まあ、ここまで数が増えたのはここ十年くらいなんだが。

 誕生日、命日。何かあるたびにぬいぐるみを買ってきては、ここに置いた。誰も帰ってこない部屋にぬいぐるみだけが増えていって。

 このぬいぐるみを残しておきたいとジャンヌが言ってくれて、少しうれしかった。もしかしたらジャンヌもわかってたかもしれないがな。


「大好きだったさ。俺の気持ちが変わらないうちに捨てるぞ」

「そうですね」


 持ってきた袋に服を詰め込む。詰め込んだ服は、リサイクルしてくれる場所までこの後持っていく。

 捨ててもよかったが、ジャンヌがリサイクルにしましょうって言ってきたからそうすることにした。

 持っていく場所は、ジャンヌの服を買った、あのショッピングモールだ。

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