第11話
「早いですね、枝垂さん。おはようございます」
「おはよう」
目を覚ますために、コーヒーを飲んでるとジャンヌが起きてきた。現在時刻は六時だ、いつも通りの時間。違うのはジャンヌがいることか。
「枝垂さん、家出るの何時ですか?」
「七時半だけど、どうした」
「いえ、朝ごはん食べる時間あるかなと思いまして。間に合いますね」
そういえば昨日朝ご飯食べるように約束させられたんだったな。コンビニのパンで済ませるつもりだったが、まあ食べれるなら食べていくか。
「あ、忘れてましたね。その顔は」
「いつもと違うことになれてないだけだ」
「本当ですか」
「本当だ」
「食べる気みたいですし、いいってことにしますけど、明日からは忘れないでくださいね」
「わかったよ」
朝のニュースを見ながら、久しぶりにまともな朝ごはんを食べた。ジャンヌの料理の腕はそれなりだった。
「枝垂さん、これお弁当です」
「弁当って、どこから弁当箱出してきたんだ」
「棚の奥にしまってありましたよ」
「ああ、そうか」
朝飯を食べてからキッチンで何かしてると思ったら。弁当を作っていたとはな
棚の奥に弁当箱があったのは、俺がそこにしまったからだろうな。思い出したくないから。
当然この弁当箱にも由衣との思い出がある。一緒に買いに行って、由衣の作った弁当を持って仕事に行って。そんな幸せだった思い出が。
「どうせお昼も簡単なので済ませる気だと思ったので作りました。ちゃんと食べてくださいよ」
「わかったよ」
本当は家に帰ってきて食べるつもりだったが。まあいい、職場で食べてから帰ってくるか。
いつもは荷物なんて少ないのに、今日は弁当があるからか鞄がだいぶ重く感じる。電車を乗り継いで職場に着くと社長の姿はなく、出社してる従業員の数も少ない。まあ、社長以外はそのうち来るだろう。
「あ、先輩おはようございます」
「おはよう。
こいつの名前は
にしても、いつも休みの次の日は元気だっていうのに。今日は元気がない。
「いや、そうなんですよ。友達に呼び出されて遊びに付き合ったら昨日休めなかったっす」
「そうか、まあ今日は仕事ないみたいだからな。昨日の分休めばいいさ」
「そうしまーす」
この会社は仕事があるときはとてつも無く忙しいが。その仕事が終わった後は仕事がないから、ほとんど休みみたいなものだ。
すでに枕持参して寝てるやつもいるからな。
昼頃に社長から電話が来て「今日の仕事はないから帰って良し」ってなるわけだ。職場に来て社長がいないということは、仕事探しに行ってるからすることがない。
逆に社長がいるときは新しい仕事が来たってことになって、忙しい日々がまた始まるわけだ。
前に嵐の前の静けさとか言ったやつもいたが、まさにその通りだな。
「せんぱーい」
「なんだ」
だんだんと従業員が来た頃。スマホゲームで時間をつぶしてると、休んでた浅野が話しかけてきた。
「業界でこの会社がなんて呼ばれてるか知ってるっすか」
「知らないし、興味もない」
「そんなこと言わないでくださいよ。泣いちゃうっすよ」
「勝手に泣け」
「ひどいなあ。まあいいや。で、この会社がなんて呼ばれてるかなんですけど。防波堤って呼ばれてるらしいっす」
「防波堤か、ピッタリじゃないか」
「ですよねー。ほんとしっくりきすぎですよ。納期ぎりぎりの仕事ばかりやってますからね」
「たまに、普通の仕事もあるだろ」
「たまにって、半年に一回じゃないですか。それもすぐに終わっちゃって。すぐ納期ぎりぎりの仕事来るんですから」
毎回のハードワークのせいか。この会社の人間のスキルは、普通じゃない。
だからたまに来る普通の仕事は、半分の納期で納品。すぐいつものハードワークが戻ってくる。そんなのが当たり前になっていた。
まあ、そんなに優秀なら引き抜かれてもおかしくないのかもしれないが。そんなことが起こったことはない。
多分そんなことしたら、他の会社から睨らまれるからだろうな。引き抜いて防波堤が崩れたら困るからな。
「とりあえず、束の間の休息を味わえ」
「そうしまーす」
半数が睡眠、半数がゲーム。そんな社内に一本の電話がかかってきた。
「はい、はい、お疲れ様です。お前ら、仕事終わりだぞ」
社長からの電話、もちろん内容は今日の仕事が無いことを報告する電話だった。
「帰るか」
「お先でーす」
「お疲れさまでした」
すでに帰える支度をしていたものから帰り始めていく。
「先輩は今日も直帰っすか?」
「弁当食べたらな」
「へー弁当っすか。先輩が弁当?」
「なんだ」
「いやだって、三食コンビニで済ます先輩が弁当って。もしかしてあれっすか、恋人」
「寝言は寝てから言え」
「だって先輩結婚してるけど、奥さんいないし。じゃあ、自分で作ったんすか?」
「いや」
「じゃあやっぱり、誰かに作ってもらったんじゃないすか。それで、恋人じゃないなら何なんですか」
「居候だ」
「居候って、男っすか女の子っすか」
「女だ」
「じゃあやっぱり恋人じゃないっすか」
「だからどうして恋人だって決めつける」
さっきからこいつは、恋人だっていう前提でしか話をしない。一緒に住んでるからって、それが恋人だとは限らないだろに。
ジャンヌの作ってくれた弁当は定番の卵焼きにウインナーが入っていた。
「いただきます」
「だって先輩に妹とかいるなんて話聞いたことないっす」
「そりゃあいないからな」
「ほらやっぱり。そもそも先輩が知らない女性を家にあげるような人には見えないんすよ。なのに一緒に住んでるってことは恋人しか考えられないっす」
「はぁ。留学生だ、ホームステイしてるんだよ」
「えー、先輩がホームステイ」
「悪いか」
「全然そんなことするようには見えないっす」
「人を見た目で判断するな」
「なーんか先輩のキャラじゃないっていうか」
「事情があるんだよ、事情が」
「事情っすか。じゃあ先輩行っていいすか」
こいつまさか、家に来ようとしてないだろうな。
「どこに」
「先輩の家に。前から行ってみたいと思ってたんすよね」
「却下」
「そんなこと言わないでくださいよー」
「そもそもなんで連れて行かないといけないんだ、お前を」
「いや、俺が行きたいからなんですけどね」
「そうだろ。俺に何の得もないだろ」
この卵焼きいい塩加減だな。
「いやほら得ありますって」
「なんだ」
「これでも俺、英検二級なんすよ。留学生との通訳できますって」
「残念だったな。日本語で会話できてる」
「うそーん」
「本当だ」
「じゃあじゃあ、何でもするんで連れって言ってくださいよー。俺帰っても一人で暇なんすよ」
「ごちそうさまでした」
それにしても。だんだんこいつの相手するのも面倒になって来たな。一回連れて行けばおとなしくなるか。
「今回だけだぞ」
「しゃ!」
「本当にわかってるんだろうな」
「わかってますって、次からは無理言いませんから」
「催促はするのか」
「そりゃあ、先輩と仲良くなりたいんで。だーれも仕事以外で先輩と会ったことないっていうんですもん。俺は先輩の後輩ですし、仲良くなりたいなーって。いけませんでした?」
仕事以上の関係にならないように、気を付けてきたつもりったが。知らないうちに浅野が内に入ってきてたか。親しい人間なんて、俺にはもう必要ないのにな。
ここで突っぱねてもよかったが、仕事に支障が出ても困る。浅野が内に入るのがうまかった、そういうことにしておこう。
「わかったよ。ただし、プライベートに踏み込んでくるなよ」
「わかってますって、そこまで非常識じゃないっす」
浅野も分別ある大人だその辺は信じてやるか。
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