第10話

  それから冷めた、汁と飯を温めて食べてから。今度は明日以降の食材を買いにスーパーに行って、ついでにジャンヌが使う生活用品も買って、家に帰ってくる頃には少し日が落ちていた。


「これで一週間は持ちますね」

「こんなに買って何作るつもりなんだ」

「もう決めてありますよ。実は家でレシピ集を見つけたんです。なのでそれを見ながら作ろうかなと」

「そうか」


 家にレシピ集があるなんて知らなかった。由衣が買ってたんだろう。そんなに料理はしなかったし、キッチンにもあんまり入らなかったからな。多分俺の知らないものがまだあるんだろうな


「さて、お米とがないと。夕飯に間に合いませんからね」

「ジャンヌ、その知識どこから来てるんだ」


 ふと気になったことを聞いてみた。電車に乗る時だって、今だって。普通に電車に乗って、当たり前のように米を洗ってる。

 ジャンヌ自体だいぶ前の人間だ、それこそ米の洗い方なんて知るはずもないし、電車の乗り方もそうだ。

 その知識は一体どこから来てるのか、気になった。


「初めからというのは変かもしれませんが、聖遺物の意識として目が覚めた時に一通りの知識が流れ込んできました。知識としてだけで本当に使える場面なんて来るはずもないんですけどね。普通は」

「聖遺物が、体を持つことは無いからか?」

「はい。本来なら聖遺物の中に宿る意識は、聖遺物から出ることができません。なので使い手、つまりヒーローとの会話くらいにしか役に立たないんですよ」

「そうか」

「はい」

「変なこと聞いて悪かったな」

「いえ」


 リビングにジャンヌが米を洗う音だけが響く。由衣が米を洗ってる時も俺はここでそれを……

 はぁ、思い出さなくていい事ばかり思い出す。また、苦しくなるじゃないか。会いたくなるだろうが。くそっ……


「よし、これでお夕飯の時には炊けますね」


 炊飯器に米をセットしたジャンヌがこっちに来た。


「枝垂さん、これを」


 目の前に来たジャンヌが握っていた手を広げて見せてきたのは、ペンダントだった。


「なんだこれは」

「聖遺物の分身みたいなものです。これがあれば距離がどれだけ離れていても会話が出来ます」


 ペンダントを手に取り目の前に持ってくる。デザインは旗に見えなくもない。


「私の方はこれですね」


 ジャンヌが横髪をかき分けて、見せてきた耳には。細長い棒のようなイヤリングがあった。


「槍か」

「はい、枝垂さんのは旗をイメージしました。あと、ちょっと試したいことがあるので部屋の端に行ってもらえますか?」

「わかった」


 部屋の端にに歩いて行くと、ジャンヌも反対側に歩いていった。


「行きますよ」


 ジャンヌが手を胸の前で組むと、身体が淡く光だし。スっと光の粒子になって目の前で消えた。


「ジャンヌ?」

「はい」


 消えたジャンヌの声が聞こえてきたのは、真横からだった。


「どうやったんだ」

「あ、あれ。驚くと思ったんですけど」

「昨日あれだけのことを経験したんだ。それくらいじゃ驚かない」

「そ、そうですか。えっと説明しますね。これは元々は聖遺物がヒーローから離れた場所にあった時。距離や場所を関係なくその場所に出現する為のものです」

「最初俺の前に現れた時もそうなのか」


 腹に何かが刺さって死にかけていた時に、ジャンヌが、槍が俺のところに現れた時のこと。


「はい、あの時もこれを使いました。それで本来なら聖遺物がヒーローの元に現れるためのですが。今回は私自身をヒーロー、つまり枝垂さんのところに移動させました」

「でも、その体は聖遺物じゃないだろ」

「そこが特殊なところで。この体は聖遺物の力とフリアージの力で形作られているだけで、ほとんど実体はないんです。そして、半分は聖遺物の力。聖遺物で作られていると言っても過言ではありません」

「つまりはなんだ。その体はどんなに離れていても俺の所にだけ飛んでこれると、そういう事か」

「そういうことですね。あとペンダントとイヤリングに触れてる時は話もできちゃいます」

『聞こえてますか?』

『聞こえてる』

「とまあこんな感じです。つまり無痛に身に着けてれだ話もできて、枝垂さんの所に行けます」

「そうか覚えておくよ。しかしこれがあるなら要らなかったか」


 手にあるペンダントを触りながら思った。


「何がですか?」

「お前の電話、明日あたり届くようにしてたんだ。連絡がつかないんじゃ不便かと思ってな」

「え、いつの間に」

「服を買う前に、居なくなったろ。あの時に手続きしに行ったんだ」


 ショッピングモールに服を買いに行った時。ジャンヌを一人服屋に置いて新しい電話の手続きをしてた。プライベート用と仕事用で二つ持つのなんて珍しくないからな。


「ま、今更キャンセルするのも面倒だ。好きに使え」

「優しいですよね、枝垂さんって。ありがとうございます」


 必要だからやっただけで、優しさのかけらなんて何処にもない。


「それとですね、実はこんなこともできるみたいです」


 スっと落ちるような感覚がすると。目の前に俺がいた。


「ちょっと、ジャンヌ!」

「すぐ元に戻しますから」


 もう一度、スっと落ちるような感覚がすると。自分の体に戻って、目の前にジャンヌが居た。


「なんだこれは」

「意識の入れ替えもできちゃうみたいです」

「手をつないだりしなきゃダメなんじゃないのか」

「多分ですけど。会話をしてる時って、このペンダントとイヤリングを使って意志を繋げてるんです。なので意志を繋げてるから、ペンダントとイヤリングを通して意識自体の交換もできるんじゃないかなって」

「はっきりとしたことはわからないか」

「はい、ごめんなさい」

「いやできるってわかっただけでも、収穫はあったさ」


 夕飯は、昼間の汁の残りと買ってきたサラダに炊き立てのご飯だった。


「ジャンヌ、先に風呂に入ってしまえ」

「いいんですか?」

「ああ、俺は後から入るから」

「わかりました先に入らせてもらいますね」


 ジャンヌが風呂に入ってる間に心の整理をする。ジャンヌの姿に今日は何度由衣の姿を重ねただろうか。

 一度や二度じゃない、そのたびに俺は苦しくなった、会いたくなった。

 昔の思い出に浸るのはもうやめようって思ってたのにな。昨日由衣の部屋に入ったのも数年ぶりだ。

 中に入って片付けようとすると、手に取るもの一つ一つに思い出が詰まっていて。その思い出に浸ってしまう。

 孤独な自分を慰めるように、思い出に浸って無意味な一日を過ごす。途中で会えないことに辛くなって泣いて。

 だから辛くならないために、部屋に立ち入らないようにして。思い出しそうな事もしないようにしていたっていうのにな。

 この先、必ず俺はジャンヌの姿に由衣を重ねるようになる。ジャンヌが由衣の服を着ていようと、着ていなくても。

 その動きが言葉が。記憶の中の由衣と重なればいやでも思い出してしまうから。

 そろそろ、この気持ちにいい加減決着をつけろってことなのかもな。停滞していた日常が、ジャンヌが来たことで動き出したんだ。

 俺も変わって行かないといけないんだろう。

 とりあえず、由衣の部屋をか片付けることから始めるか。ジャンヌが居れば、どうにかなるだろ

 少なくとも一人で片付けようとして、思い出に浸ることはないはずだからな。


「枝垂さん、お風呂いいですよ」

「わかった」


 湯上りのジャンヌにまた由衣の姿が重なる。これにも慣れていかないといけないのか。

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