第8話
「んっ……朝か」
たしか今日は休みだったはず。カレンダーが間違ってなければ。
スマホの電源を入れて日付をみる。今日は二十三日。部屋の壁にかけてあるカレンダーを見れば、二十三日は日曜日で赤く色付けされている。つまり定休日だ。
いつも納期がギリギリの仕事をしてる俺達だが。どれだけ納期が近かろうと日曜は絶対休みだ。
社長がそう決めてるんだから、従うしかない。それに休んだ次の日の月曜日は、作業が二倍のスピードで進むから。
どちらかと言えば良い方だ。午前中で納品して午後は休みなんてこともあるくらいだからな。
二度寝するほど眠くもないし、朝飯食べに行くか。
何時もはカップ麺だが、休みの日はちゃんとしたものを食べる。行きつけの店は、コーヒーも飲めてサンドイッチが食べれるカフェだ。
顔を洗いに一階に降りると、女が居た。のんきに椅子に座って何かを飲んでいる、どこから入ってきた。昨日確かに鍵を。
と、そこまで考えて昨日のことを思い出した。
「あっ、枝垂さん。おはようございます、大丈夫ですか。昨日急にテーブルで寝ちゃうんですから。部屋まで運ぶの大変でしたよ」
「ジャンヌか」
「そうですけど、どうしました?」
「いやなんでもない。朝飯食べに行くぞ」
「食べに行くんですか?」
「なんだ、行きたくないのか」
「そんなこと言ってません。カップ麺食べるんだと思ってました」
「休みの日くらいは、ましなものを食べるさ」
「すごく怪しいですね」
「来ないならいいぞ」
「行きますってば!」
顔を洗って着替えて、玄関まで行くと靴が一足しかなかった。ジャンヌはというか俺が鎧のまま帰って来たから靴がないか。
いつもは使っていない靴棚が視界にあった。中には妻の靴がしまってある。
ただ置いてあるよりはましか、ジャンヌが靴を履ければの話だが。
「お待たせしました」
二階からジャンヌがお降りてきた。着替えた服は当然妻のもの。何度か着ているのを見たことがあった。
「服が一式で揃えてあるなんてすごいですね。選ぶのが楽でした」
「いろいろ揃えたがったんだ」
俺が今着てる服だって、あいつが揃えてくれた物の一つだしな。
「確かその服の時に履いていた靴はこれだったか」
だいぶ古い記憶を思い出して、靴を出した。
「履けるか」
「えっと。大丈夫みたいです」
「そうか」
靴を履いている後姿だけを見れば妻に……
見えるわけもないか。ジャンヌはジャンヌだ。服のサイズが同じで、靴のサイズが同じでも。その後ろ姿に妻を重ねてしまっても、もう妻はいない。
「どうしたんですか、早く行きましょうよ」
「先に外に出てくれ。鞄をとってくる」
部屋から鞄を持ってきて、ジャンヌと外を歩く。みんな家の中でくつろいでるのか、人の姿は少なかった。
まあ、近所の人に見つかったら説明するのが面倒だから都合がいい。
「ジャンヌ、もし近所の人が来たら留学生でホームステイしてるとでも言っておけ」
「わかりました」
横を歩くジャンヌは何かが珍しいのか、きょろきょろしながら歩いてる。
「転ぶぞ」
「大丈夫ですよ、ちゃんと前見て。きゃっ!」
前に転びかけたジャンヌの体を支える。
「言わんこっちゃない」
「すみません」
「何を見てるんだそんなに」
「いえ、平和だなと」
「平和か。ジャンヌが生きていた時代は平和じゃなかったから珍しくて見てたのか」
「はい、いつもどこかで争いが起きていました。空気もよどんでいてこんなに綺麗じゃありませんでした」
「そうか、ほどほどにしておけよ。また転ぶぞ」
「わかってますよ」
ジャンヌを気にかけつつ歩くこと十分くらい。大通りから一本脇道にそれた所にある、カフェ。バーシュ。
店の扉を開けると、チリンチリンとベルが鳴った。
「いらっしゃい。枝垂、そろそろ来る頃だと思ってたよ」
「よう」
「ん、なんだ今日は連れがいる……由衣ちゃん?」
後ろから入って来たジャンヌを見て、店長がこぼした由衣という名前。それは死んだ妻の名前だった。
「ボケてきたのか、別人だよ」
「そ、そうだよな。すまねぇ、いらっしゃい。それにしても枝垂が女の子連れとはどうしたんだよ」
「ホームステイしてる、留学生だ。挨拶しとけ、何回も来ることになるだろうからな」
「ジャンヌです、よろしくお願いします」
「ほー、綺麗な日本語だな。俺は店長の
「はいよろしくお願いします」
「枝垂、いつものでいいか?」
「ああ、ジャンヌのも同じでいい」
「わかった」
金を渡すと峰が奥に引っ込んでいった。カウンター席に座ったジャンヌは、店の中をあちらこちらと見ている。
「そういえば由衣ちゃんて」
「妻の名前だ」
「そうなんですか。よく来てたんですか、ここ」
「初めて一緒に来てからずっとな」
「だいぶ長いんですね」
思い出したって、辛くなるだけなのに。未練がましくここに通ってる。決まって座る席、ジャンヌが座ってるのは、由衣が良く座ってた席だ。
「先にコーヒーな。ジャンヌちゃんは、お好みでミルクとか入れな」
「はい」
ほどなくして、サンドイッチも出てきた。ベーコンにレタス。それから卵サンド。ボリュームもそれなりで。朝に食べるにはちょうどいい。
「美味しいか」
「はい美味しいです」
「それにしても、なんでジャンヌちゃんは由衣ちゃんの服を着てるんだい」
「持ってきた服を、全部洗濯してしまって。枝垂さんが貸してくれました」
ジャンヌもうまい言い訳を考えたものだ。
「そうか、そりゃ災難だったな。しかし、枝垂まだ捨てれてないのか」
「何もな」
「まったく女々しいね」
「好きに言ってろ」
「そうだ、ジャンヌちゃん。どうせこいつ休みだから、服買いに連れて行ってもらいなよ」
「おい、峰」
「洗濯して着る服ないんだろ。いつまでも由衣ちゃんの服を貸すわけにもいかないんだから。買ってやりなよ、どうせ金余ってるんだろ。金使って経済を回しておけって。それにジャンヌちゃん来たばっかりなんだから、街を案内してやるのが優しさってもんだろ」
ちっ、確かに峰の言うことはもっともだ。このまま由衣の服を着せるわけにもいかないか。仕方ない、買いに行くか。
それにしても案内してやるのが優しさか。優しさなんてそんなもの十年前に置いてきたさ……
服を買いに行くことを告げようと、ジャンヌの方を見ると。その横顔に由衣の姿が重なって見えた。
「美味しいね、枝垂くん」
くそ! 由衣はもう居ないんだ。幻を見てんじゃねぇ、しっかりしろ、俺。
「食ったら、ショッピングモール行くぞ」
「ふぁい」
「返事は口の中の物飲み込んでからにしろ」
「はい」
「楽しそうで何より。あっ、昨日枝垂のとこ空間震来てただろ。大丈夫だったか」
「それ聞く必要あるか?」
十年前から空間震での被害は皆無だ。
「念のためだよ。そんで、ヒーローは見たのか?」
ヒーローか。会話をして、一緒に戦って。最後には脅しもしたか。まあ、
「見てないな。そもそも急いで家に帰ったんだ。気づかないさ」
「そうか、ニュースじゃアーサーが向かったって言ってたから、見たかと思ったんだけどな」
「興味ないな」
「お前も変わったよな。由衣ちゃんと一緒に来てた頃は、」
「ご馳走様、ジャンヌ行くぞ」
「ふぇ?」
ジャンヌはまだサンドイッチをおいしそうに食べている最中だった。
「店の外にいる、食ったら来い」
「ふぁい」
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