第7話

 この家は元々妻と暮らすために建てた家だ。ローンを組んでな。今じゃローンも支払い終わって、一人だけで住んでた。今は一人じゃないわけだが。


「ここだ、服はクローゼットの中だ」


 ジャンヌが妻の部屋に入っていく。

 それにしても、妻以外の女性を家に入れて。妻の部屋に入らせるなんてな。いや、そもそも妻の遺品を十年もそのままにしている俺も俺か。

 何度か捨てようと部屋に入ったが、結局捨てることもできず一日を妻の部屋で過ごすんだ。

 部屋に入った時は、掃除だってしてる。部屋の主が帰ってくることなんてないのに。


「お待たせしました」

「ああ……」


 ジャンヌが着てきたのは妻がお気に入りの部屋着だと言っていた洋服だった。ジーンズにティーシャツという楽な格好。

 仕事中はピシッとした服を着てるから、家にいる時くらい楽な格好がいいと。そう言っていたことを思い出す。


「泣きそうですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、少し昔を思い出しただけだ」

「奥さんのことですか?」

「そうだ。ほら着替えたんだ、これからのことを話そう」


 場所をリビングに移した。


「麦茶でいいか」

「はい」


 パックを急須に入れてお湯を入れコップに注ぐ。来客用のコップなんてないから、妻のものだったコップを使う。


「ふぅ。とりあえず、私ここに住んでもいいですか?」

「行く宛てなんて無いだろうからな」


 一人で住んでいた家に、同居人が一人増えた。


「じゃあ次ですね。世界教会ことですが。ヒーローになりたいですか?」

「なりたくはない」

「ですよね、ヒーローのこと嫌いみたいですし。でも世界教会は私たちを探してくるでしょう」

「新しい戦力の確保か」

「はい。実のところ、フリアージの力は年々強くなっていますから。新たなヒーローは世界教会が今一番欲しているものです」


 世界教会は簡単に言えばヒーロー達を抱える組織だ。フリアージが現れ始めた頃から存在していて、ヒーローたちの支援とか聖遺物の管理とか色々やってる。表舞台に出てきたのはここ数十年の話だ。


「聖遺物は力を失っていますから、聖遺物の力を追って見つけることはできません。ですが、世界教会は色々な場所に目を持っています。なので見つからないためには、私はこの家を出ない方がいいでしょう。枝垂さんも面倒ごとは避けたいですよね」

「そうだな、じゃこの家を出てって」

「わーわーわー!」

「冗談だ」

「無表情で言わないでください。枝垂さんのは冗談に聞こえないですよ!」

「よく言われる」


 冗談をいえば本当だと思われて、本当のことをいえば冗談だと思われる。ほとんどこの顔のせいだ。


「まだこの体にいた時のほうが表情豊かでしたよ」

「その体にいるときは感情の制御が難しいんだ」

「奥さんを殺したヒーローに対する憎悪ですか。すみません、浄化する時記憶みちゃいました」

「そうか。その通りだよ」

「本来ならあり得ないことなんですけどね。民は私たちにとって守るべき存在なので」

「あのヒーローにとってはそうじゃなかったみたいだけどな」

「そうみたいですね。って話が脱線しましたけど。私はこの家から出れません。そしてご飯も必要です」

「ただ飯くらいか」

「家事くらいはしますよ。失礼ですね」

「わかった。まあどうせ金は余ってるんだ。通販で買いたいのがあれば買っていいぞ。だだし二万までだ」

「いいんですか。見つかる危険が増しますよ」

「ああ。どうせずっとは隠し切れないからな。それにヒーローなのはジャンヌだろ。その体といったほうが正しいかもしれないけどな」

「それはそうですね」

「となればヒーローとして戦うのはジャンヌってことになる」

「私を生贄にする気ですね!」

「人聞きの悪い。ヒーローも立派な仕事だろう。働かざる者食うべからず。それまでは養うさ」

「確かにこの体なら戦えますけど。能力が使えません」

「能力?」

「聖遺物としての力は、フリアージの力に浸食されたことで反転しました。黒い炎がそうです。あれは憎しみがないと使えませんから。今の私にできるのは、槍を地面から突き出すくらいです」

「十分じゃないか?」

「使い勝手はいいですからね」

「ならそれでいいだろ」

 無言の時間が続く。ジャンヌも、俺も。見つめあうだけで何も言わない

「気まずすぎますよ、なんですかこの空気は」

「とりあえず見つかったときはジャンヌが戦ってくれ。俺はそもそも戦闘するのに向いていないんだ」

「わかりました。でも、もしもの時は助けてくださいね」

「それは約束する」


 ぐー。

 ジャンヌがお腹を押さえて、恥ずかしがっている。


「そういえば晩飯がまだだったな」

「すみません」

「別にいいさ。と言ってもカップ麺しかない……」

「どうしました?」


 二日酔いみたいに頭がガンガンして、視線が定まらない。

 額が痛い、目の前が真っ暗だ。


「し…………で……か」


 ジャンヌ、何言ってるか聞こえない。

 すごく眠い、そうか、仕事終わりで寝るんだった。寝る……か。

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