第6話

「おかえりなさい」


 どうにも聞きなれた男の声がした。


「誰っ!」


 目の前には誰もいない


「後ろですよ」


 振り向けば、そこには俺がいた。男だった俺だ。見間違えるはずがない、数十年毎日見た顔だ。


「あんた誰。なんで私がいるの」

「それを答えてもいいですが。ここでは人目に付きますから、家で話しませんか」


 自分の声で自分の姿をしているのに。中身は別人だ。俺がここに居るからな。信用してもいいのか、疑問が残るが。

 槍を持ち、鎧を付けたままここで話すのも問題だ。ここは、おとなしくしたがった方がいいか。


「さっさといきましょ」

「そんなに急がないでください。家の鍵を持ってるのは私ですよ」

「なら鍵をよこしなさい」

「いやです。ほら行きますよ」


 俺の姿をした誰かの足取りは確かで、すぐ家に付いた。

 

 先に家に入った俺が、玄関で待っていた。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 十年、十年だ。十年間、誰も帰りを待ってくれる相手がいなかったのに。俺が「おかえりなさい」て言っている。おかしな話だ。

 俺の姿をした誰かは、リビングの椅子に座り。俺は壁に寄り掛かってる。邪魔な兜を脇に抱えて。鎧を着たままじゃ椅子になんて座れないからな。


「それじゃあ、お話ししましょうか」

「なんで私の姿をしてるのよ」

「そうですね、そこから話しましょうか。この体も、あなたのその体も。どちらも防人さきもり枝垂しだれという人間の体です」

 防人枝垂、それが目の前にいる俺の名前だ。だからこそ、この女の体も、防人枝垂の体ということがわからない。

「あなたは、あの空間でフリアージの攻撃を受けました。腹部に直撃したその攻撃は、徐々にあなたの体を蝕んでいきました」


 体が黒くなっていったあれか。


「そしてヒーローが来る頃には完全に侵食され、フリアージになっていました」

「待ちなさい。どういうことよ」

「あなたの体は、フリアージになっていたのです。それも、ヒーローが来る前から。しかしあなたは、意志の力だけで、フリアージになった体を抑えていました。普通の人間であれば不可能なことです」


 あの時すでに、フリアージになっていた?

 じゃあこの体は、それに目の前にいる俺は何なんだ。


「話を続けますね。そしてヒーローが居なくなると。あなたの目の前に聖遺物が現れて、あなたはそれをつかんだ」


 そう、そして体が内側から燃えているような激痛に襲われた。


「聖遺物の力で、フリアージになっていた体は浄化されていきます。しかし、フリアージの力が強すぎて、逆に聖遺物は浸食されていきます」


 この体になるときの話か。


「そしてあなたの身体は、浄化された身体と、フリアージの体に別れてしまいました」

「待って、別れたってどういう事よ」

「そのままです。あなたはフリアージの体でフリアージを倒しに行きました。後ろを見なかったので気づかなかったかもしれませんが、後ろには浄化されたあなたの体があったのですよ」

「じゃあ、あなた誰よ」

「私は、元は聖遺物に宿っていた意志。聖遺物が侵食され追い出されてしまった存在です。聖遺物という入れ物を失った私は消えてしまう。だから、あなたの置いていった体の中に入りました」

「元はこの聖遺物の中に居たっていうの」

黒く染まった槍を見つめる。

「はい。ちゃんと名前もあるんですよ。聞きたいですか?」

「聞いてあげるわ」

「オルレアンの乙女。ヒーロー英雄としての名前はジャンヌ・ダルクと言います」

「じゃあ、この槍は」

「私が使っていたものですね」

「この姿は」

「生前の私によく似てますね。肌と髪の色は違いますが」

「じゃあ何、ジャンヌダルクの意志が防人枝垂になって。防人枝垂の意志はジャンヌダルクになったていうの」

「そういうことですね」


 馬鹿げてる。けど、目の前に自分の顔で、声で、言われたことが嘘だと思えない。


「私の体返しなさいよ!」

「返しますよ。もともとそのつもりでしたから」

「そ、そう。早くしなさいよ」

「手を出してください」

「これでいいの」


 差し出した手に俺が手を重ねると、意識が、視界が吸い込まれ。目の前に女が立っていた。ただ髪色も肌の色も変わっていた。


「これで戻れましたね」

「お前、姿が」


 白かった、髪と肌の色が変わっていた。薄いブラウンと健康そうな肌に。それに来ていた鎧も、布の占める割合が多くなり、ドレスの一部に胸当てや小さな防具がついているような。そんな姿になっていた。


「ジャンヌで良いですよ。これは元々の髪色と肌の色です。鎧もあんなに硬そうなものではなかったんですよ。おそらくフリアージの力は枝垂さんの魂に付随してるみたいですね」

「まて、俺はどうなってるんだ。肌の色は変わってるようには見えないが。髪はどうなってる」

「ちょっと白っぽくなってますね。大丈夫ですよ、白髪に見えるだけですから」

「まあ、それくらいならいいか」

 どうせ見る相手は男連中ばかりだ。営業をする訳でもない。見た目に気を使う必要も無い

「早速これからのことを話したいのですが。その前に着替えはありますか、鎧を着たままだと色々動きづらくて」


 確かに、椅子にも座れないし。動きずらいだろう。


「妻の部屋に、服があるはずだ。付いて来てくれ」

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