第5話

 だが、あいにく、内に秘めた感情は、正義なんて綺麗なものじゃない。憎しみだ憎悪だ。ヒーローに対する、憎しみが体の内に渦巻いてる。


「あぁ、憎い。憎いわ。ヒーローが憎い」


 口にすればますます、その感情は大きくなっていく。


「ヒーロー、いるわね。外で戦ってるはずよ。憎いなら、そう。殺さないとね?」


 手にした槍を、杖にして立ち上がる。体を見れば、鎧に覆われている。甲冑というには線が細く、硬そうなスカートの様なものもついている。ドレスの様な鎧が一番しっくりくるかもしれない。

 兜越しでも周りがよく見える。体の調子も悪くない。仕事であれだけ酷使していたにも関わらずだ。

 槍をふるってみても、特に違和感はない。一度も使ったことはないが、手になじんでいる。ヒーローというのは、こういうものなのか。

 今ヒーローを殺そうとしている奴が、ヒーローなわけがないか。悪役がふさわしい。

 嫌、駄目だ。いくら憎かろうが殺すことだけは。意識を強く保たないと、憎悪に感情が流されそうになる。

 大穴の空いた壁まで歩く。あのヒーローが外で戦っているはずだ。

 そこから見える風景は、荒れていた。建物は半壊しているか、完全に崩れているものもある。そして、いまだにフリアージと、ヒーローの戦いは続いていた。いくら何でも長すぎる。

 ヒーローが一人いればフリアージ百体と同時に戦えるといわれている。それくらいヒーローの力はフリアージと比べても強い。

 なのに、今そのヒーローが、一体のフリアージに苦戦している。どれだけ大きなフリアージだろうと、一体だけなら十分戦えるはずなのに。

 目はヒーローをの姿を追っていた。ヒーローを憎む気持ちがまだ残っているからだろう。

 今の俺に何ができるだろうか。戦いなんてしたことがない。それこそ、命のかかった戦いなんて予想もしてなかった。

 助けることのできる力があるのに、助けることができないのか。もう誰かが死ぬのを目の前で見るのはごめんだ。だが実際に助けるとなると、俺には難しい。

 だから、この憎悪に身を任せてみることにした。ヒーローを殺そうとしていた時のあの状態なら、戦えるかもしれない。だけど、そのままじゃヒーローを殺しかねない。

 だから憎む相手を変える。妻を殺したのはヒーローかもしれないが。そもそも、フリアージが現れなければ死ななかった。だから憎む相手はフリアージだ。そう強く思い込んだ。

 ヒーローを追っていた目は、フリアージを見つめていた。成功した……のか。

 少しだけ、憎悪に身を任せてみる。

 その瞬間、足は床を蹴り出し空を舞っていた。ただ床を蹴っただけで。向かっている方向は、フリアージの方向。

 このまま、身を任せよう。そうすればきっと助けれる。

 屋根の上を蹴り、フリアージに近づいていく。

 あと一蹴りすればフリアージに届く距離で、跳躍した。手にした槍を両手で逆さに握りしめ、そのままフリアージの上から突き刺す。


「ギャアァァァァ」

「誰だ!」

 心配してくれるのはうれしいが、話しかけられると憎悪に意識が持っていかれる。

「目ざわりだから黙っててくれる?」

「なっ!」


 目の前にいるフリアージはとにかくでかかった。不思議と恐怖心はなかった。それどころか憎しみがわいてくる。フリアージのせいで妻は死んだ。フリアージが居なければ今頃俺は……

「あぁ、ほんと憎いわ。憎い憎い憎い。憎いから……死んでくれる?」

 右手に持った槍を地面に突き立てると、フリアージの足元から黒い槍が突き出す。黒い飛沫が傷口から流れ出るが、ひるむ様子もない。


「お前はさっきの」


 ヒーローが何かを言ってるが。返事をしてる余裕はない。


「刺してもだめなら、燃えてしまえばいいわ。憎悪の炎に焼かれなさい」


 槍に巻き付いていた何かが広がる。それは旗だった。旗から、黒い炎が燃え広がり、フリアージを包む。

 黒い炎は、憎悪の炎。消えることのない、憎しみの炎。それがなぜだかわかった。

 黒い炎に包まれたフリアージは苦しんでいた。槍に刺された程度じゃひるまなかったのに。

 勢いを増していく炎は、フリアージを燃やし尽くし何も残さなかった。

 ヒーローが弱らしていたから勝てたのか、相性が良かったのか。よくわからない。


「凄いじゃないか! ヒーローになったばかりとは思えないよ。俺は」

「うるさい」


 握手をしようと、手を伸ばしてきたその手を払いのける。フリアージを倒した、憎む相手がいなくなった。行き場をなくした憎しみは、どこに行く?


「殺すわよ?」

「なっ!」

 ヒーローの足元から槍が突き出し、後ろに下がったヒーローが剣を構える。この感情を抑えないと、本当に殺してしまう。

「私は、ヒーローが憎いのよ」

「何を言ってるんだ。君だってヒーローじゃないか」

「そうね、滑稽な話だわ。ヒーローが憎いのに、ヒーローになるなんて。でも、私がヒーローに見えるのかしら」

「それは」

「それが答えよ」


 憎悪の炎がヒーローと私の間に壁を作る。


「待ってくれ!」


 炎の壁の向こうでヒーローが叫んでいる。


「さようなら。もう会うことはないでしょうね」


 ヒーローを殺したいとうごめく憎悪を押し殺して、崩れた建物の上を駆け抜ける。追ってくることはできない、炎の壁がヒーローを囲んでいるから。

 徐々に、形ある建物が増えていき。気づけば家々には光が付き、生活の音がしていた。現実の世界に戻って来た。だが、これからどうする。俺はもう俺ではなくなってしまった。

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