鳥の話
「突然だけど、大空を自由に飛ぶ鳥っていいなって思う?
僕は、そう思う時もあるし、全くそうは思えない時がある。
風を切って気持ちよく飛んでいるようで、その実、行き場がなくただ彷徨っているだけに見える時があるから」
僕は、精神科の病院を、小さなクリニックに決めたんだ。
最初は、3か月程社会から隔離するアルコール依存専門の施設も考えたんだけど、まず小さなクリニックで、話をよく聞いて意見を貰ってからでもいいんじゃないかと思ったからなんだよね。それは、甘えなんかじゃないよ。もし、、その病院で施設に入った方がいいと言われたら、すぐにでも入る覚悟は出来ていたからね。
2人には朝一番に病院に来てもらい、付き添ってもらって、病院の最寄り駅から電車で4駅離れた所にあるクリニックへ向かったんだ。
最寄り駅と言っても歩いて10分はかかるし、雨が降って来たので、タクシーを使った。通院費は、全額医療補助から出るからと市役所の人が提案してくれたんだ。(支給されるまで1か月程かかったんだけど)
着くと、まず問診があった。問診室みたいな部屋があって、2人も同席してくれた。そこでは、さっき退院した病院へ入院した経緯を話した。忙しい仕事にかまけて通院をおろそかにし、挙句薬がきれた結果、痛さや息苦しさ、さらに幻覚や幻聴を見聞きするようになり、さらに、そこから逃れるためにお酒に走り、自殺未遂をした事。
1度退院はしたが、更に増す幻覚や幻聴の恐ろしさに勝てず同じような事をしてしまった事など。
問診が終わり、暫く待合のベンチで座っていると、主治医になる先生から、僕の名前が呼ばれた。ここでも2人は同席してくれた。
「暫く、このクリニックで様子を見ましょう。」との事だった。話をじっくり聞かなければ、今後どう治療すべきかなんて決められない、という説明だった。ただ、訪問看護は毎週1回来てくれる事になった。
当たり前の事だが、心の病とは、体の怪我や病気とは違うのだと思った。
2人とはそこで別れた。帰りもまだ雨が降っていたので、タクシーで帰った。2人は電車で帰って行った。
でも、僕も、支給日が分かっていたら、間違いなく電車で帰っていたけどね。
家に帰り着いたのは、昼過ぎで、当たり前だけど、病院に行く前のままの部屋があった。ゴミが散らかしっぱなしの部屋。お酒の瓶や缶があちこちに散らかって、服や靴や、書類があちこちに散らかって、足の踏み場もない部屋。
「さぁ、片づけますか!」と独り言を言いゴミを片付け始めた。
家の賃貸契約書なんかの大切な書類なんかや、服はクローゼットにしまった。途中近所のドラッグストアで、掃除道具と、おにぎりを買いに行き、遅めの昼食を取り、部屋が片付いたのは、夜になっていた。11月に入ったばかりで、開けっ放しの窓から入ってくる風は冷たかった。窓とカーテンを閉め(カーテンや、細々した日用品は、1回目の退院時に運んでいた。)片付いた部屋をまじまじと見たら、畳んだ布団と、テレビ、座布団が寂しそうに見えた。
そして、暫く忙しい日々が続いた。
月一度の通院、週1回の訪問看護、週2回のリハビリ、隔週の地域訪問サービスがあり、その合間をぬって、前の家から出来るだけの荷物を今の家に持ってこなければないし、処分する物は処分しなければならなかった。と、いうのも、11月いっぱいで前の家を引き払わなければならなかったんだ。
幸いにも、前の家には、少し大きめの台車があって、大概のものは運べたよ。
ガラステーブル2台やベッド、冷蔵庫や電子レンジやオーブントースター、洗濯機などなど、一体何往復しただろう。ばらせるものは、ばらして運んだが、1人では大きく、そして重く、すごくしんどかったなぁ。
後で地域訪問サービスの人や、市役所の人に「なんで声をかけてくれなかったんですか。」と怒られた。
後は、ディスカウントショップでテレビを置く棚を買ったりした。なんとか、部屋らしい部屋になっていった。でも、その間も、幻覚や幻聴は相変わらずだった。ただ、病気からくる、痛さは無かった。お酒も、1滴も飲んでいない。
ただしんどさは、病気で体力が落ちたからだろうな。
そして僕には、もう一つやらなければならない事があるんだ。
自己破産手続きだ。
病気になり働けなくなって、消費しかしていないからお金が無くなり、車のローンの残金や、払えていない家賃、光熱費や細々した支払い、税金など払えていないお金が、結構あった。特に車のローンが大きく総額で150万円くらいあった。自己破産の提案をしてくれたのは、市役所の人だった。
お金が無い人には、手続き等の費用の相談に乗ってくれ、場合によっては、費用を免除してくれる法テラスというものも紹介してくれた。さらに予約までして、付いて来てくれた。
その日は、運よく法テラスの近くに事務所を構える司法書士さんが当番だった。法テラスの手続きを済ませ、そのまま、司法書士さんの事務所へ向かった。市役所の人は、その時点で帰って行った。事務所では、手続き開始の書類づくりと、これから、必要になって来るもの(領収書や請求書、契約書類など)の説明をして貰い、その日は帰った。
早急に必要な書類を集め、見当たらなければ、再発行をして貰いながら、司法書士さんに郵送したり時には持って行ったりした。後はこれから払う家賃や光熱費、電話代の領収書を貰ったらその都度LINEで送る事になった。
あと、僕が保護費を持ち逃げした月の家賃は、払わなければならない。つまり、今、住んでいる家の家賃は払わなければならないし滞納していたら申請すら出来ない、という事らしい。困ったが家賃保証会社に分割のお願いをした。出来るだけ早く払って申請しなきゃ。
税金は、市県民税は免除になったが、自動車税は、払わなければならない。これも分割をお願いした。
少し先になるかも知れないけど、自己破産への目途が付いた。
あれこれしてるうちに、年末になっていた。
人は、鳥のように、その気になれば、何度だって自由に飛び立てるのかも知れない
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます