川の話


 「湧き出る水は、川となり山間を曲がりやがて、海や湖に流れ込む。

 始めは、急で後は許やかに、始めは澄んで、後は濁って。」


 合併した会社は、社長と営業1人、職人5人、アルバイト3人と、経理・事務・職人を兼務している人が1人いた。

 まず、会社の拠点と人的体制を決めなければ。

 全員一致の意見で、全てを僕が考える事になってしまった。

 まず、拠点は相手先の工場に決めた。これは、考えるまでもなかった。広さは、うちの倍近く広く、駐車場も6台分ついている事。そして、何より土地建物が会社の所有物だった。

 次は、人的体制なんだけど、まず、代表取締役社長は、うちの社長にするとして、副社長に、相手先の社長、取締役は、僕と相手先の経理・事務・職人を兼務している人。後の役員は、知人に名前を借り人数合わせをした。

 それから、経理は、僕が見る事になった。税理士さんもそのまま、引き継いで貰う事にした。

色々兼務をしている人を、役員に入れたのは、元々この会社が、今は引退されていたが、その人のお父さんの名義だったからだ。

 あと、、僕が会社を合併する条件として出したのが営業の人に辞めて貰う事だった。

 僕が、この会社の内情を調べていくうちに、この人だけ、自分から何もしようとしない。というより、1人だけ働いていないし、帳簿を見せて貰ったら、、接待費を使い過ぎてるし、給料も、まぁまぁ貰っていた。

 ただ、先代の頃から働いているからと、みんなが言いにくそうだったので、僕から解雇を告げた。想像通り、かなり揉めたが、相応の退職金を渡し、辞めて貰った。

 残りのメンバーは、それぞれの意志に任せた。アルバイトが両方合わせて3人が辞めていった。

 職人やパートさんは、全員が残った。

 新副社長は、普段設計をしていたので、引き続き設計をして貰った。

 さぁ、後は営業だ、色々考えた末、社長と、色々兼務をしていた人にして貰う事にした。

 実はこの人、女性で相当な美人、それはさておき、事実この人が動くと、大抵仕事を取って来るらしい。

 引っ越し作業と工場の内部改装で1か月以上かかってしまった。

もちろんその間も、出来る人は仕事を続けて貰ったが。

 これで、全ての体制は、整った。

 ただ、少なくとも僕は、今まで以上に忙しくなることは目に見えていた。実際そうなったしね。

 みんな頑張って働いて顧客も安定して来た頃、僕は、営業の女性と経理を変わって貰った。”社長の首の紐”の事も含めて引継ぎをした。

 というのも、出張作業の仕事が、結構増えて来ているというのに、行ける人がいないという理由で断る機会が余りにも多く、僕が行く事にしたからだ。

 その後は、僕は出張の毎日で、ほぼ会社にはいない状態が続いていった。

 それはそれは、いろんな所に行ったよ。日帰りから、長期まで。移動も、車、新幹線、飛行機、フェリーと様々だった。

 最初のうちは、いろんな所に行けたり、その道中の景色を見たり、行く先々の名物を食べたりと、それなりの楽しみはあったんだけど、それも、毎回、何年にもなると、移動中は、車以外は寝るだけだし、食事も、コンビニで買った弁当を、ビジネスホテルで食べるだけになって行った。

 とはいえ、出張作業自体は好きだったんだ。

 新規の現場では、色々な装置や、機械がどんな動きをするのかを見る事が楽しかった。

メンテナンスや改造作業は、お客さんの意見を聞いて、創造していく楽しみがあった。

 中でも、故障や、不具合が有った時に内容を聞き、げんいんを突き止め、改善策を考えて形にする、トラブルシューティングが一番好きだった。

 そんな出張の毎日を過ごしていたが、時々は会社に戻る事も有ったよ。とくに、確定申告の時期には、会社に詰めていた。

 会社に戻り、経営の事や、確定申告について、経理を任せていた女性と、話や相談をしていくうちに、私生活の話もよくするようになり、気が付くと彼女と交際する中になっていたんだ。

 彼女は、付き合い始めた当時は29歳、僕より5歳年下でシングルマザー、小学2年生の娘が1人いた。。親の反対を押し切り21歳で、1人で産んだらしい。父親の事は、話したがらなかったが、妊娠が分かったら、いなくなったそうだ。

 娘とは、それまで仲良くしていたんだけど、僕が、お母さんと交際したいと言った時は、「お母さんを取らないで!」と、泣きながら言った顔を今でも思い出すよ。

 女手1つで大切に育てて来たからだろうね。

 「お母さんを取るんじゃないよ、3人で、もっと仲良く、楽しく過ごしたいんだ。」と何度も説得して、ようやく分かってもらえた。

 それから1年位経った頃、僕は、今まで住んでいた家を出て、彼女の家で暮す事になったんだ。

 

 会社の方も相変わらず順調で、売り上げを伸ばしていった。


 異変が起こったのは、僕が37歳の時だった。

 突然社長が、経理をしていた彼女を製造に回し、どこからか、「これから、経理をやって貰うから。」と見知らぬ男の人を会社に引き入れた。まさに青天の霹靂だった。

 税理士さんとの契約も切ってしまった。

 どういう事かと問い詰めても、社長は、「決めた物は決めたから。」と説明する気が無い。

 そこで、僕と彼女は、どういう事か、調べる事にした。

 社長は独身で、遊び癖が強く、クラブやパブなんかへもよく通っていたのは、僕も、ある程度は知っていた。

 その中の、あるフィリピンパブで、社長に付いたホステスと意気投合してしまい、いい仲になった挙句、籍を入れてしまったらしい。

 そのホステスは、社長同様、金遣いが荒く社長の給料だけでは足りなくなったみたいだ。

 そして、そのパブの常連だった経理経験者を会社に引き入れ、会社のお金を自由にしようとしたらしい。

 僕は、出張作業を極力減らし、彼女と何とか会社を守ろうと手を尽くしたけど、社長は、その女に、会社名義のクレジットカードを持たせたり、好き勝手に会社のお金を食い潰していった。

 仕事はあるから売り上げは上がるのに、会社の負債は増える。

 こうなってしまえば、お金を貸してくれる銀行も無くなり、挙句の果てには、その経理、嫁、共々社長は姿をくらませ、莫大な借金を残して会社は倒産した。


 キラキラして見えた未来も、初めて持った大きな希望も、濁った川に流されていった。

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