光の話


 「太陽、蛍光灯、火、LED、光るものってたくさんあるよね。でも、闇や影って対の物で切っても切り離せないんだよ。」


 今度は、もう年齢も30歳を過ぎていたので、拘置所の一般の雑居房で軽作業をしながら、移送される刑務所が決まるのを待っていた。

 ある日、面接をするからと言われ、小さな部屋に連れていかれた。

 刑務官は3人いた。「君は社会で電気の仕事をしていたそうだね。」「前の刑務所での素行も聞いている。」と2人が話しかけて来た。

 どういう事だこれは?

 「ついては、この拘置所で服役することに決定するが、異存はないね?」

 あっ、そういう事か!この拘置所も設備が古い。ここの、保守点検をさせるって事か。それにしても、断れないのに聞くかねぇ?

 僕は「はい、分かりました。」と答えていた。

 2週間ほどして部屋を変わり、思った通りの作業を命じられたんだ。

 拘置所内で作業をする懲役囚は”営繕”と書かれた腕章をして作業をする。

 塗装、板金、左官などそれぞれの作業をする人達も、もちろんいたよ。

 機密保持の為だろう、部屋は独居房だった。

 朝は営繕工場と言う名の建物に、各職人が集められ、その日の打ち合わせをして作業が始まり、夕方また集まって、その日の報告と、次の日の打ち合わせをして終わる。時には、その後残業する時もあった。

 作業は、基本的に僕1人に刑務官が1人見張りに着くという形だった。

 やはり設備が古く、点検個所も多かった。

 一般的には、知られていない地下通路とかの作業は、違う意味でなかなか面白かったし、死刑場の周りに行くのはあまりいい気のしないものだった。

 まだ、刑が決まっていない人達の収容されている舎房内での作業は、気まずいものがあったな。

 時には、僕が他の業種を手伝ったり、逆に手伝ってもらったりもして、なかなか忙しい毎日を過ごしていた。

 懲役も1年を向かえようとしていた頃、朝いつも通りの支度をしていたら、面会の準備をするように、舎房担当の刑務官に言われた。だが、面会など、捕まってから、弁護士以外心当たりがない。

 誰だろうと思って、面会室に行くと、保護司をしてくれていた鉄工所の社長と、息子さんが、目の前にいた。「今回捕まった事情はよく分かっているつもりだよ。仮釈放の詳しい時期は分からないけど、今度も私たちに任せてみないか?」と社長は言ってくれた。

 僕はまだ仮釈放など考えていなかったが、「お願いします。」と言っていた。

 後で知った話だが、原則として身元引受人は、執行猶予中や、仮釈放中に捕まったら、同じ人は出来ないらしいが。

 それから2か月後に仮釈放が決まった。前回もそうだったが、今回もかなり早い仮釈放だった。

 今回は、身元引受人である息子さんが拘置所まで、車で迎えに来てくれていた。

 僕の顔を見ると、「お帰り。」と言ってくれた。僕は「ありがとうございます。でも、2度目の身元引受人は出来ないとか聞いたんですが?」と聞くと「親父が掛け合ってくれたみたいだよ。」と「原則があれば例外もあるでしょう。」だって。

 車が鉄工所に着いた。僕は息子さんにお礼を言ってひとまず別れ、表で出迎えてくれた社長さんとじっくり話をしたんだ。

 「まずはお帰り、ご苦労さんだったね。」「いえ、いろいろありがとうございます。」

 今回の事件の事は社長さんから切り出してくれた。

 「今回の事件。私は君を100%信用しているよ。息子もそう言っていた。」「はい、ありがとうございます。」「でもね、君は過去にいろいろ悪い事をして来た。厳しい事を言うようだけど、今回の事を疑われるような事を、して来た訳だ。君が、警察、検事、裁判官を恨むのは当然だけど、今は、疑われる余地を与えてしまった自分を見つめ直す機会にしてみてはどうかな?」

 確かにその通りだった。今まで自分がやって来た事を棚に上げて、今更何を言っていたんだろう。

 その他に今後の事とかも話をした。

 まず、当然次は無い事、そして前回同様、暫く寮でお世話になる事。仕事も電機屋さんを探す事とかね。

 社長さんは「焦らなくてもいいか。」と言ってくれた。

 仕事は、またすぐに見つかった。僕の条件に合う会社が4件程あったけど、色々よく考えて決めたんだ。

 その会社は、社長の他に、正社員2人、アルバイト2人、パートさん2人、経理兼事務員さん1人という規模だった。

 社長はまだ40歳過ぎ、会社はまだ出来て2年程の新しい会社だ。

 基本、製造が中心だったんだけど、時には簡単な設計とかもやっていた。

 この頃にはもう、設計は、パソコンが中心になっていた。

 仕事の形態も、もうずいぶん変わっていて、パートさんは、製造にとって重要なファクターになっていたな。

 当時からこの業界は安定して忙しかった。

 ただ、この会社は個人経営で、社会保険もないし、福利厚生も満足いくものとは言えなかった。

 ただ、給料は歩合制で、仕事も忙しかったから、職人さんはそこそこ貰っていたし、アルバイトやパートさんの時給も悪くなかったな。

 何もかも順調に動き出した。

 家も見つけ、1人暮らしも始めた。そして、仮釈放期間も無事終える事が出来たんだ。

 僕が入社して3年位経った時、経理の人が結婚するという事で辞める事になった。事務仕事はパートさんを雇う事になったんだけど、経理は僕に任せると社長が言い出したんだ。

 実は刑務所にいる間、3級だけど簿記の免許を取得していて、この会社の入社面接でそれをいった事を覚えていたみたいだった。

 どうしようか悩んだが、税理士さんも契約し入って貰っていたので、それほど通常業務に影響も出ないだろうと、引き受ける事にしたんだ。

 前任の人からの引継ぎも終わり、分かった事は、かなり経営状態が良かった事と”社長の首に紐”を付けておかないと、お金遣いが荒く、危険である事だった。

 ともあれ、引き受けたからには、やるしかない。

 それから1年位経った頃、社長から、この会社を、僕との共同経営に切り替えたい。と言われた。

 「今は、各名義人や責任者は、自分だけ。出来れば将来的に、この会社を法人にしたい。が、自分一人だけでは、何かと弱い。特に銀行に対しては。」という事らしい。

 どうしたものか?色々考えてみたが、こんな僕でも役に立つのならと思い引き受けた。税理士さんにも協力してもらい、銀行の手続きから、細かい書類まで、全て共同経営に切り替えたんだ。

 これからは、この会社の責任を背負わなければならない。より一層、気が引き締まる思いだった。


 それから2年程経った頃、会社を買い取って欲しいという話が転がり込んできた。


 その会社は、このまま経営を続けるとそのうち倒産する。その前に、ここ数年業績を伸ばしているうちの会社に目を付けたみたいだ。

 うちの社長は、すぐ飛びつこうとしたが、その会社には少し時間を貰って、僕は内情を、税理士さんと銀行には業績などを調べて貰った。

 僕も、税理士さんも、銀行も、今のうちなら、一緒に経営していくのには問題ないと判断したんだ。

 結果、銀行等から資金を集め、買い取る事にした。いや、厳密に言えば合併した。

 というのも、相手の会社は、株式会社だったのだ。

 会社名をうちの会社名にしてもらい、うちは、法人化を、相手は経営の健全化を手に入れた、いわゆるウインウインの合併だった。

 

 もがいても、あがいても、どうにもならなかった暗い過去から、まぶしい程の光を見たような気がしていた。

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