壁の話


 「目的地が、横たわる目の前の長い長い壁のすぐ向こう側にあったとしたら、回り道して行くか、乗り越えて行くか、はたまた壁をぶち壊して行くか…それとも諦めると言う選択肢もあるよね。」


 警察署の裏口から警察官2人に、まずトイレで尿を採取されてから、取調室まで連行された、そして事務机の椅子に座らされ、腕時計とベルトを外され、靴は、スリッパに履き替えさせられた。ちょっとして刑事さん2人が入って来て、入れ替わりに僕を連行して来た警官が部屋から出て行った。

 刑事さんの1人は僕の向かいに、もう一人は部屋の隅にある机の椅子にそれぞれ腰かけた。

 向かいに座った刑事さんが、話始めた。

 僕を、公務執行妨害及び器物損壊の現行犯で緊急逮捕した事。僕には黙秘権がある事。弁護士を選任出来る事。ただし、選任する資金が無い場合や、選任する意思がない場合は国選弁護人が就く事。ここで話したことは、有利にも不利にも証拠になる事。噓の証言をしたら、それも罪に問われる事等の説明を、一通りすると、まず名前や住所、職業なんかを聞いてきた。

 僕は素直に答えていた。ただ職業は「今は無職です。」と答えた。

 でも、頭の中では彼女の事を考えていたんだ。今、彼女はどうしているのだろうか。

 その時何時かは、分からなかったが、午前の取り調べはそれだけで、取調室から留置所へ連れていかれた。そこでも、留置所のルールの一通りの説明を受けた。程なくして昼食が支給された。基本は無料だが、希望をすれば少しいい食事を購入する事も出来るらしい。さすがに食欲は無く、少し口を付けたが、全く味がしなかった。

 昼から僕の車が、レッカーで運ばれてきた。

 中身を確認するからという事で、警察所の裏手にある駐車場に移動した。ボロボロになった僕の車が、そこにあった。

 「中身を確認するぞ。」と言われ、頷いた。

 車の隅から隅まで調べられ、車内からボストンバッグが3つ、後はCDなどの小物と、セカンドバッグが出て来た。トランクからは布団類が。

 「中身はこれだけで間違いないな。」と聞かれ頷いた。

 小物と布団は、そのまま預かられた。

 バッグ類は、場所を少し広めの部屋に移動して中身を確認した。1点1点、記録係が書きとめていく。まず、ボストンバッグの中身は、服や日用品がほとんどだった。

 セカンドバッグの中身は、鍵や財布、市販の鎮痛剤や手帳…そして封筒に入れた、盗んだお金が出て来た。

 そこでも「これで全部だな。」と聞かれ、頷いた。「この市販の薬は検査に出してもいいな?」と言われたので頷くと、所持品確認の書類に、署名と拇印を押して、その部屋でのやり取りは終わり、再び留置所へ2時間くらい経って取り調べが再開した。

 「まず、君が勤めていた店から被害届が出されたが、君が盗んだのか?」という質問から始まった。僕は「間違いありません。」と答えると、刑事さんはそれだけの調書を書き、ぼくに署名と拇印を押させそれを、もう一人の刑事さんに手渡した。すると、その刑事さんは机の上にある電話をかけていた。

 「ゆっくり話を聞かせてもらうから、頭を整理しておくように。」などと言ってる間に、もう一人刑事さんが入って来て、何かの書類を正面の刑事さんに手渡して、すぐに出ていった。「君に、窃盗の逮捕状が出たよ。」と僕にその逮捕状を見せ、最初に公務執行妨害等で逮捕したから、これで再逮捕となる事を、説明してくれた。それから尿から薬物反応が出なかったことや、市販薬も正規のものだった事を報告された。

 何日か取り調べが進んでいくうち、彼女の事は、店長の証言で発覚した。僕は、彼女について話す事が一番辛かったな。

 拘留中、何度か検察庁での取り調べも受けた。

 取り調べの為の12日間の拘留を終え、拘置所に移送された。ここで、裁判を待ち、判決を待つ事になる。

 ここは、お金さえあれば、雑誌やお菓子、下着や何種類かある弁当まで購入することが出来た。逆にお金を持ってない人は、気の毒に思えた。

 僕は必要最低限のものしか購入しなかった。

 警察署の留置所に幾つかあった部屋は4人部屋だったけど、収容人数が少なく、1人で使えたんだけど、ここは6人1部屋で、満杯だった。他の部屋もそうみたいだった。

 適当に部屋の人達と話を合わせていたが、色々聞かれるのは、本当に鬱陶しかったな。

 裁判を重ね、3か月後に判決が出た。懲役1年2げつ執行猶予3年だった。

 裁判所から拘置所に移送されるときは手錠が無かった。

 手続きを終え出所した。春も終えようとしていたのか、少し汗ばむ日だった。


 門を出て、バス停まで歩く僕の左側には、拘置所の塀が続いていた。でも心の中は空っぽで、壁1枚外に出ただけだった。

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