橋の話
「川のこちら側と向こう側を結ぶもの。それは目に見えるもの。
人と人を結ぶもの。それは目に見えないもの。
橋は何かと何かを結ぶもの。」
もうここには、僕の居場所は無かった。
会社を辞め、2日後には200キロ程離れた場所へ移り住んでいた。
場所はどこでも良かった。知らない場所であり、何より、知り合いがいない場所ならば。
そこは、有名な観光地からほど近い所だったよ。
住む所は、最初の2週間だけウイークリーマンションを借り、その間に物件を探した。
もちろん仕事も並行して探していたよ。
貯えもあまりなかったし、今は無職なので、今までより、かなり家賃の安い家にしたんだ。
でも、都会との家賃の差に驚いたよ。賃貸マンションだったんだけど、家賃を低く抑えても、前の家よりかなり広く、駐車場まで付いてきた。しかも駅から徒歩3分。
荷物は、前の家に置いてたのでトラックのレンタカーを借りて、運べるものは、運んだ。
前の家の引き払いもその時終わらせたよ。
でも、正直前の家には、近付きたくは無かったな。
仕事は、なかなか見つからず、最初は電気関係の仕事を探していたんだけど、この辺りは、会社自体少ないし、求人もしていない現状で、どうしようかと悩んでいる時に、改めて駅前を歩いていたら、ここは観光地なので、お店、特に飲食店が多い事に今更気付かされた。
何軒かアルバイト募集の張り紙をしていたが、そのうちの1軒がアルバイトだけではなく、正社員の募集もしていたんだ。
家に帰り、張り紙に書いてあった電話番号に電話したら、店長らしい人が出て「朝、9時前に履歴書持って来てよ、いつがいい?」と聞かれたので、「明後日お願いします。」と答えたら、「OK、じゃあ待っているよ。」と言われた。
履歴書を書いている時、自分はまだ24歳だったんだなって、なんか不思議な気持ちだった事、今でも思い出すよ。
面接の日、僕が飲食の経験があると告げると、即社員として採用してくれた。
その店は、大手デパートの子会社的な店で、テーブルとカウンターで50人程収容出来る店。ランチとディナーの創作料理と夜はカウンターのみで、バーラウンジという形態の店で、かなりの繁盛店だった。
アルバイトは、総勢15人程で、シフトで出勤のバランスをとっていた。
社員は僕を含めて5人だった。
僕は水曜日の定休日以外、朝の仕込みから、閉店後の片付けまで働いたんだ。
時折休憩を入れながらだけど、朝の8時半からランチとディナーの仕込み、11時からランチ、14時からディナーの仕込みの続き17時からディナー、21時からバーラウンジで、25時閉店、その後片づけて深夜2時頃帰宅の毎日(今の時代なら完全にアウトだね)
僕は、厨房にも、ホールにもバーカウンターの中にも立ってたんだ。
店から家までは、歩いて5分位だったんだけど、帰って、シャワーを浴びたら溶けるように寝ていたなぁ。
働くうちに、店長からも信頼されるようになっていき、他の社員やアルバイト達とも仲良くなっていったんだ。
仕事はキツかったけど、必死になって働いたよ。
全てを忘れたい過去から、生まれ変わったばかりの自分へ架けられた橋を渡るように。
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