涙の話


 「悲しかったり、辛かったり、悔しかったり、痛かったりした時って涙って出るよね。

 でも、嬉しくて、幸せでどうしようもない時も、涙を流すよね。

 真逆の感情なのに涙って不思議だね」


 仕事は、その後も順調で、暫くして先輩のアシスタントをする事も無くなり、僕自身が担当する物件も増えていったんだ。

 入社して3年を過ぎたそんなある時、大手の電機メーカーから、僕の会社に結構大きなプロジェクトへ、設計1人、事務1人、人材を貸して欲しいと依頼があった。

 そこには、僕が使っているパソコンと同型の機種があったので、僕が行く事になった。しかし大丈夫だろうか?

 事務は会社に1人しかいなかったが、営業の一人が元々事務だったらしく、その人が会社の事務を兼任するとの事だった。「求人もする。」と社長は言っていた。

 プロジェクトの事務所と会社は、車で20分足らずで行けるという事と、始まって暫くは、残業無しで、月曜日から金曜日までという事だったので、事務員さんと会社で待ち合わせて、僕の車で通う事になったんだ。

 土曜日は、会社で報告や、まとめをすることになった。

 一緒に行く事務員さんは、既婚者で子供が2人いるとは思えないほど、若々しく、すごく美しい人だった。

 いよいよ、プロジェクト初日。

 僕は会社で事務員さんと合流してプロジェクト事務所にドキドキで向かったんだ。

 初顔合わせ。

 プロジェクトメンバーは、最初のうちは、まとめ役のリーダー1人、補佐3人、メカ設計10人程、電機設計(僕も含めて)10人程、事務員3人で始まった。

 この後、機械設備組み立てや、電気設備や、塗装工などが合流して、その後、設計組は減って行くのだが、予定の総勢は500人を超えるらしい。期間は2年(僕は、1年程)本当に大きなプロジェクトに参加してしまったんだなぁ。

 ただ救いだったのは、、電機設計と、メカ設計に、以前仕事で顔見知りになった人がいた事だった。

 合同で設計をするのは初めてでは無かったが、規模が違い過ぎる。その分、難しかったが、やりがいはあった。


 そしてもう一つ絶対あってはいけない楽しさを見つけてしまったんだ。


 最初は行き帰りの車の中で他愛のない会話からだった。事務員の彼女は、島根県出身だとか、地元では出雲大社にお参りに行くカップルは大概別れるとか、自分は元銀行員だったとか。

 会話が進んでいくうち、旦那さんとうまくいってないけど、子供が2人いるから別れられないとか、出張が多くてほとんど家にいないし、いてもほとんど会話がないとかって、深い話までするようになって行ったんだ。

 最初は、話だけだったんだけど、子供たちが、ママ友の家にお泊りに行く日があって、その日の仕事帰りに彼女と2人で夕食に行ったんだ。話は盛り上がり、2件目まで行って、その日は、別れたんだけど、それからは、隙を見つけては度々デートを重ねるようになって行った。持ってはいけない関係も持った。

 そのうち、ママの友達という事で子供達とも会い、4人で出掛けるようにもなっていったんだ。

 子供たちは、小学3年生の女の子と、小学一年生の男の子だった。本当によくなついてくれたよ。

 そして、誰にもばれずに、プロジェクトの期間が終わった。自分でも本当によく頑張ったと思う。残りの人への引継ぎも終わり、また会社での作業に戻った。


 ………ばれた。会社に戻って間もない頃だった。彼女の旦那さんが会社に乗り込んで来て、いきなり僕に殴りかかってきた。会社のみんなが止めに入ってくれたが、怒りが収まる訳もなく、僕と、彼女と、旦那さんで、場所を彼女の家に変えて話す事になったんだ。

 ばれた経緯は、僕と彼女が前の日にキスをしているところを、上の子に見られていたらしく、たまたま出張帰りの旦那さんに話したみたいだ。その足で会社に乗り込んで来たと言う訳だった。

 話し合いで彼女は、旦那さんと別れて、子供たちと僕の4人で暮らしたいと言ってくれた。

 でも、旦那さんはそんな事を許すはずもなく聞く耳を持ってはくれない。僕も4人で暮らしたいと訴えたがパンチの返事が返って来た。

 

 結論から言うと、彼女と別れる事になった。

 僕は、子供たちと、勝手に親子のように仲良くなっていたと思っていたけど、その仲良くではなかったみたいだ。

 特に上の子は、ただの友達だと思っていた人が、ママとキスをしているところを見たら、それはショックだっただろう。

 結局子供たちはパパを選んだ。彼女も泣きながら子供達とは、離れられないと言い、何度も僕に謝った。本当に悪いのは僕なのに。


 何もなかった僕が、自分の存在を意識し、頑張る喜びを知り、己の身勝手を知り、失うには大きすぎる恋を知った。気が付くと涙が頬を濡らしていた。

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