波の話
「風が吹いたり、音が鳴ったり、電気が流れたり。
何かが起これば、目に見える見えないは別にして、そこには波が現れるよね。
でも、人の心の波ってどうなのかな?」
と、言う事で、せっかく受かった高校にも行けないので、取り敢えずレストランのバイトのシフトを増やして貰う事にした。受験でお世話になったバイト仲間は、微妙な感じだったけどね。
昼間は、教習所に通ってバイクの中型免許を取り、勢いで試験場に飛び込みで大型免許まで取得したよ。(当時は、大型二輪の教習所が存在しなかった。)時間は、あったからね。
収入は、レストランが昼から深夜まで営業していたので、フルに入るとそれなりに稼げたよ。多分大卒の初任給に負けてなかったと思う。
その後、日中の時間には別のバイトを入れる事にしたんだ。
少し離れた場所にある、小さいけど、名の知れたフレンチレストラン。
バイクを買って、定休日以外は、毎日通ったよ。
最初暫くは、ホールと厨房の掃除しかやらせてもらえなかった。昼の営業時間中は、厨房の邪魔にならない所でひたすら先輩たちの働きを見て、メモを取って…
…そこには、僕の目の前には上手くは表現できないけど、皿洗いから、シェフと呼ばれる人まで、1人1人は違う事をしているのに、それが大きな一つの方向に向かっている光景があったんだ。
間もなくして僕は、今まで働いていたレストランを辞めて、1日中このフレンチレストランで働かせてもらうようになった。
初めて皿洗いをさせてもらった時は、本当に嬉しかったな。でも、皿洗いでもダメ出しばかりされていたけどね。
その頃かな、初めて将来の夢を持ったのが。
真面目にこの世界でやって行きたいって。
それから間もなくの事。
以前つるんでいた連中のうちの一人が、突然店の前で僕が来るのを待っていたんだ。
「みんなパクられて少年院に入った。俺は先に出られたけど、そのうちみんなここに来るぞ、どういう事か分かるよな。」
そう、僕一人が真面目に働いているのが面白くないという事だ。
僕は「この店を辞めて地元に戻るから、店に迷惑をかけないで欲しい。」って言うのが精一杯だった。
そして僕は、その店を辞めた。
暫く、短期のバイトを転々としたり、またつるみだした連中と悪い事をして食い繋ぐ日々を送っていたある時ちょっとした事件が起こったんだ。
つるんでいる連中のリーダーは、地元やくざの組長の息子で、敵対する組に人質として拉致されて、挙句殺されたらしい。
つるんでいた連中も、恐ろしくなって自然消滅した。中でも1番関係が薄かった僕には、誰も近寄って来なくなった。
その後も、短期のアルバイトで食い繋いでいた。でも周りから見たら、フラフラしているように見えていたんだと思うんだ。
そんな毎日を過ごしていたら、普通なら高校3年生の歳になっていた。あの学校に通っていたら、こんな僕でも大学進学とか考えていたのかな?
でも、実際問題、そろそろ就職も考えなければと思い始めた頃、学校から、就職案内一覧が送られてきた。
複雑な気持ちではあったのだけど、僕はダメもとで、大手の自動車メーカーに願書を送り、採用試験を受けたら、最終面接まで残り、採用条件の自動車免許を取得したら、合格してしまったんだよね。
時はバブル全盛期、どんどん人を雇う時代だったからだろうか。
その後、研修期間があり、配属が決まろうかと言うタイミングで、高校からの卒業証明書が届いたんだ。
あぁ、偽りの高校卒業おめでとう!
さて配属も決まったよ。その会社のディーラーの中でも、結構主力の営業所の営業勤務。
本音は、整備希望だったんだけどなぁ。
でも、初めての正社員。それは必死で懸命に働いたよ。
今までの接客のバイトでの経験もプラスになったのか、販売成績も、会社全体の新人賞を貰ったり、営業所トップの月もある位にね。
自分の車も手に入れ充実した毎日だったよ。
だけど調子に乗って、張り切っていた僕を、少し上の先輩や、大学卒の同期には面白くなかったみたいで、徐々に嫌がらせをされるようになっていったんだ。
そんな中、僕をよく思ってない人達が、営業所長に「自分が見つけて売り込みをかけていた顧客を僕に横取りされた。」とか、でたらめな事を報告しだしたんだけど、気にせず働いていたら、ある日会議で、それが議題になったんだ。
その会議中、なんか全部どうでもよくなった僕は、反論もせず、次の日には辞表を出していた。結局2年も続ける事が出来なかった。
そしてまた、バイトで食い繋ぐ日を送っていたんだ。
そんな時、小学生の時にアルバイトをさせて貰っていた鉄工所の社長にばったりでくわした。本当にバツが悪かったよ。
でも社長は、僕が以前不良だった事を知っているはずなのに、「元気だったか?」って、さらに「働く人を探してる会社があるけど、やってみないか?」って声をかけてくれたんだ。
僕は、ただただ、感謝の気持ちで「お願いします。」って言っていたんだ。
今まで、自分を持たなかった僕は、抗えない波に逆らっては流され、また逆らっては流されながらも、まだ逆らえる気がしていた。
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