第16話 公園の残穢

廃れた遊具が夕焼けに染まる。


ジャングルジムは長い影を今でも伸ばし続けている。


誰かが遊んで居たであろう砂場には、スコップとバケツが放置されていた。


徐々に暗く黒くなる公園。不気味さを覚える塗装の剥がれた遊具達が誰かを待ち詫びているように佇む。


中心に一本だけ伸びる街灯が、


ピカッピカッ


と音を鳴らして、公園の淵を薄暗く照らした。


この映像は本屋で見た画集に匹敵する程の不気味さを僕に残し、1人の女子生徒は臆する事なくそこに侵入した。


女子生徒、十女は公園の砂場で何かを探している。というよりかは、何かを待っているようだった。


「何を待っているんだ。」


僕は公園の外ギリギリで叫ぶ。

何となく嫌な雰囲気だ。


霧が立ち込めた様に淡い白で包まれた公園。何かがいるんじゃないかという思いが、十女の行動で加速する。


そんな事は気に留めて居ない様子で、十女はまた、手を招いて僕を呼ぶ。


大きく息を吸っては、口を尖らせてそれを吐き出す。


僕は悪魔が潜む公園に入っていった。


歩き方を忘れてしまったように、ぎこちない歩みで十女の元に行く。


「ちょっと見てて、いつもならもう直ぐ来るから。」


そう言うと、砂場のスコップを指差した。


「ほらっ! ね、見た? スコップが動いたでしょ?」


「ここの公園、何かがいるんだよ。私感じるの。」


十女は柄にも無く興奮して話す。


彼女の横顔が街灯に晒されている。大きく眼を見開かせて、砂場を見ている。


「どう?」


今度は僕を見た。


「確かに、動いた。」


でしょ、と言って彼女はしゃがんだ。


ああ、確かに少しだけ動いた。


十女からはそう見えるだろう。


何も居ないのに、そこで物が動く。ポルターガイストと言うやつだ。彼女は感じ取る事も出来るようだが。


でも僕にははっきりと見えていた。


そのスコップを動かす正体を。


古めかしい茶色の布1枚で身を包む、その小さな子供の霊は、腕の先端、手根で引き千切られたように欠損しており、左手に至っては前腕かは無い。


それだけでは飽き足らず、頭左サイドからバックにかけて、大砲にでも吹き飛ばされたのかと思うくらいに抉れていた。左眼もそれのせいか欠損している。


脳みそがほつれたみたいに垂れる。


子供の霊は上手に持てないスコップを十女に支えられている。


「なあ、それ見えているのか?」


「いいえ。感じるだけ。」


十女は軽快に答える。

そらそうだろうな。こんなの見たら失神してしまう。僕が耐えれているのは木箱の一件があったからだと思う。


血塗れの子供は、スコップで必死に砂場を掻いている。十女は、あくまでその子のサポートに徹している。


子供は砂場を見たり、十女を見たり、キョロキョロと血の滲んだ眼を動かす。上手く筋肉を動かせないのか、硬って凄い形相をしているが、口角は若干上がっている。


楽しいのだろう。


「旅人は? 見えたりするの?」


僕は一瞬考える。

だが、そうだ、とは答える事はどうしても出来なかった。


「そうだよね。これってさ、多分子供の幽霊さんだよね。」


「分かるのか?」


十女は首を縦に振る。


「私子供好きだから、何となく分かるの。」


意外な一面を見た気がするが、僕の内心はそれどころでは無い。


しかし、そんな子供にとらわれている間に迫る何者かが居た。


それはゆっくりと身体を地面に擦り付けながら僕達に近寄っていた。ズリズリと音を立てて、一定の間隔を保っている。


足は膝から無く、骨が剥き出しになっていた。両手は多少の欠損はあるものの、手としての役割を担えている。


しかし、顔が足りない。口から上は殆ど無い。三日月状に、口と僅かに残った左耳を残し、この子供にはそれらだけしか備わっていなかった。


僕は嗚咽をする。喉の下あたりから、痛みが込み上げてくる。


木箱もそうだけど、何があったらこうなるんだ。


そして、僕にははっきりと見えて、十女は感じるだけ。一体何の差がある? 霊感の強さのようなものだろうか。


僕は力無くしゃがみ込んだ。


「大丈夫?」


十女は相変わらず平気そうだ。

僕が手を挙げて伝えると、ニコッとしてまたスコップを支える。


この幽霊達はどこから来た。


僕は辺りを見回す。


するとしゃがんだ事で分かったのか、草陰に白い光を見た。


街灯が鈍く輝きを放つのに対して、純白のような輝きを纏っている。


「ちょっと待っていて。」


十女は、キョトンとした表情で見送る。

僕は鞄をその場で下ろして、また戻ってくる意を示して、白い方へと歩いていった。


一瞬神様と呼ばれる白い少女がいるのかと思った。あの子に負けない位の白さを誇っていたから。


だが、この白さは服に起因していた。神様は眼と唇以外は真っ白であったが、目の前にいる女性は白装束と言われる物を身に着けている。


あまり整えられていない髪は黒く地面まで伸び、手をバタっと落として木にもたれ掛かっている。


彼女は無表情に砂場を見続けている。


よく見ると、お腹に赤い血を滲ませ、手元には短刀が置いてある。また、首を一周する形で血が滑り落ちていた。


「これは……。」



「私たちが見えるのですね。」


静かに女性が声を発する。

僕は砂場の方を向いて頷く。


「あの娘さんはよく遊んで下さるの。私の可愛い娘達と。」


あの子達は、この女性の子供か。


「彼女は十女と言います。いいやつです。」


ええ、と笑みを浮かべる。


「ここも随分と変わりました。数百年は経っているでしょうか。」


「私たちを迎えに来た訳では無いようですね。陸朗さん。」


また陸朗か。

あの白い少女に言われた。僕を誰だと間違えているんだ。


「使命を見失っているようですね。無理もありませんが。」


「でも貴方がここにいると言う事は、救われる時も近いようです。」


女性は眼だけ僕に向けて言う。

首から血が滴り落ちる。


「僕には何を言っているのか、まるで分かりません。」


神様といい、木箱といい、一条さんといい、ここ最近で不可解な出来事が多すぎる。突然幽霊は見えるし、陸朗と人間違いをされるし。


「どうか、教えて頂けませんか。陸朗とは誰ですか。この街で何が起きているのですか。」


僕が興奮気味に問い詰めても、女性は表情を変える事はない。街灯に飛び交う蛾が、僕らに影を作る。


ここにいるだけの彼女に何が分かると言うのだろうか。


「遊び場として設けてくれた、あの子にも宜しくお伝え下さい。」


女性は眼を閉じて首を下げると、徐々に首と頭がずれて、ストンっと首が地面に転げ落ちた。


そして、

「あの子は待っているのです。神としての役割を終えて解放されるのを。助けてあげて下さい。私にはこれしか伝えられませんし、権利もありません。」


転げ落ちた頭はそれから声を発する事は無かった。


分かったのは神様と呼ばる少女は、何らかの縛りがあると言う事。そして陸朗という人物には、それに関する役割がある可能性がある。


それだけだ。ただ僕は陸朗では無い。その人物はまた別にいるのだろうか。


砂場まで戻ろうとすると、子供の幽霊達と丁度すれ違った。


十女は立って、僕を不思議そうに見ていた。


「何してたの?」と尋ねられると、僕はシラを切った。


不服そうにした彼女だが、時間も遅いので流石に公園を出ることにした。


彼女の家は案外ここから近く、丁度塾帰りの僕がよく通る道にあった。


『薬師(やくし)』そう彫られた門を開け、十女が中に入る。

薬師十女、それが彼女の今の名前だ。僕にとっては、その苗字にいまいち馴染みが無いが。


「今日はありがとう。本もありがとう。」


門越しに彼女が言う。


「此方こそ。今日は楽しかった。」


にこりと微笑んで、玄関に歩く。

そこで振り返って、

「そうだ、旅人。6年前に言っておきたかった事がある。不幸な交通事故が起きて、それの賠償金を稼ぐ為に、旅人が全員から給食費を盗んだってあの一件。私は誰かの悪戯だと思っているから。」


それだけ言い残して十女は手を振る。石の階段を登る姿を見送った後、僕は帰路についた。


十女と一緒に居て、会話が弾む訳でも、特別に仲が良かった訳でも無いけど。それでも彼女といて楽しいと思えたのは、僕に偏見を持って接してこなかったからだ。

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