第5話 浄化する魂

神様と言われたそれは、ちょうど僕が歩いて来た方面に現れるらしい。


その神様について聞こうにも、今来るからー、の一点張りだった。


僕は訝しげに来た道を眺める他なかった。


こいつが超リアルな作り物で、この目玉も超ハイスペックなラジコンで動いている。もしくは、超進歩したVRゲームをやっているだけとか、そんな可能性が極僅かでもまだある。


でも人間の脳って不思議で、これがもう当たり前の事象なんだと、僕の意思とは対照的に認めつつある。


だから、神様だって本当にいるのかも知れないなんて思えてきた。


しかし、どうしてか。急に幽霊が見える様になった理由はさっぱり分からない。


ずっと前から見えていたけど幽霊だと認識していなかった。そういった可能性もない訳ではない。


こんな話を昔聞いた気がする。


子供だった頃、頭の半分ない人を見たり、黒い人影を見たり、手だけが宙に浮いて手招いているのを見たり、大人になってからあれは幽霊だったんだって気が付いた話。


それからその大人になった人は幽霊を見ることが出来なくるけど、ふとした出来事がきっかけでまた見える様になるとか。


思い返してみても、僕にはそういった子供時代を経験していないのだからそれは有り得ないと思うけれど。


でもさっきの出来事は、そのきっかけとやらにはなるのではなかろうか。


さっきの。


トラックが来てそれから僕は……。



「ほら、来たよ!」


その声に僕は我に返る。

いつの間にか下を向いていた僕は、さっと正面を見た。


てっきり空の雲を押し退けて、光の柱と共にやって来るのかと、勝手ながら妄想というか期待していたけれど、そんな壮大なものではなかった。


山の斜面上部から小さな白い光が勢いよく飛び降りる。飛び降りた先はちょうど黒猫が居た辺りだと、そう僕は直感的に思い、心臓がぴくりと鳴った。


ぴちゃぴちゃと隣の水槽がうるさい。


見る影もない潰された頭部と、それを潰したであろう血のべっとりとた着いた石がそこにはある。まぎれもなく僕がやったことだ。


脳裏にまた黒猫の姿が思いうかんだ。

喉に何かがつっかえる感覚、そして、潰した時の感触が蘇る。


胸が苦しい。


小さな光はしゃがんだように見えた。

黒猫の死骸を見て、悲しんでいるのだろうか。


あれが神様だったら、僕は罰を下されるのだろうか。だが、それを受け入れる覚悟は出来ているつもりだ。



程なくしてから、小さな光が立った。

するともうひとつ更に小さな光が地面から現れ、夜の闇に閃光が放たれる。


「死んだ動物の魂はああやって拾い上げるといいそうだよ。浮遊霊や私みたいになりにくいって。」


木箱から発せられた静かな声は、夜に溶ける様に消えていった。



瞬きをした。



瞬間に白い光は消え、もう一度目を閉ざした時、その光は寸前に出現した。


「ーーッ!!」


僕は今日何回驚けばいいんだろう。



白雪が積もったような真っ白の少女。

白に浮かぶ赤い双眸をじっと此方に向けている。


闇夜に侵されない白。触れることすら気が引ける神々しさ。これが本当に神様だと言われても疑問は抱かない。現に僕は納得して、見惚れてしまっている。


およそ10歳と思しきその少女は、両手に蛍の光が如き白い玉を浮かび上がらせている。


僕に向けていた奥底を覗くような赤い双眸は、ゆっくりと彼女の手元に向けられる。


追うように僕も、彼女の持つ光の玉に目を向けた。



徐々に広がる光。それは猫の形を型取り、光源が消えた頃には見覚えのある黒い猫が現れた。


プレートが取れた首輪、あの黒猫に間違いない。そう確信した。


黒猫は上手に少女の右手を伝って肩に移動する。白と黒が混じり合う、その対象的な姿は天使と悪魔を彷彿とさせた。だが、僕にはどうしてか少女の方が悪魔に見えた。


赤い双眸と、肩から覗くようにして街灯が反射する黒い双眸が僕を見つめている。



少女は、細い右腕を肩の高さまで上げ、真っ直ぐに伸ばすと、それを合図とばかりに黒猫は少女の右腕を伝う。今度は反対の腕を差し出すと、黒猫はジャンプして左腕に着地する。また肩まで戻っては、楽しそうに繰り返す。


少女の口元が緩んだ。

僕はその時、逃げたくなるような悪寒に襲われた。




少女は黒猫が右腕に乗った瞬間、バネのように膝を曲げる。


準備していたように黒猫は前傾姿勢を取って、僕目掛けてジャンプした。


無防備だった僕は慌てて身構えたが、よろめく動きに合わせて黒猫が左肩に着地する。そして、そのまま僕の頬に頬擦りを始めた。


ふわふわな毛並みが触れる。僕の首元を綿毛みたいな尻尾が撫で上げ、少し擽ったい。


「お前……。」


僕は黒猫を見やる。暗闇に紛れて不確かだった身体からは、薄い光を発してくっきりと輪郭を捉えることが出来た。


「僕を恨んでないのか? お前を殺したのは紛れもない、この僕なんだぞ。」


「そもそも……」


「猫にそんな感情は無い。あるのは結果だけ。願いが叶ったという結末だけ。」


無表情な赤い双眸が言う。

そうだ、と言わんばかりに黒猫も僕を覗く。


僕の肩を小突いて、黒猫がジャンプする。その軽い反動と共に重荷が無くなったように感じた。


少女の肩に移った黒猫は礼儀正しく座る。


黒猫は笑っている様に見えた。

光がまし、黒猫の頭部から光の玉が発せられる。徐々に形を失い、草むら飛び立った蛍達のように、闇夜に消えて無くなった。


「きれい……。」


沈黙を保っていた木箱の女の子だったが、思わず口に出た感嘆のひと言だった。




「じゃあ、私は行く。」


少女は静かにそう言うと、慌てて木箱が言う。


「か、神様! また遊びに来て下さいね。」


少女は膝を曲げて木箱を覗いた。


「ええ、また遊びに来る。」


次に立ち上がった少女は僕を見て、


「……陸朗(ろくろう)もまたね。」


瞬きをした後には、少女の姿は無くなったいた。


優しさを持つ悪魔のようだと、やはり僕はそう感じざるおえなかった。その優しさが、悪魔の気紛れでない事を祈るばかりだ。

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