第3話 華開く内臓(リメイク済)

真っ暗な闇の中で鮮やかなピンクがかった何かを見た。


紛れもなくそれは黒猫の身体から飛び出した内蔵だ。


程なくして暗闇になれた目は、下半身が4tトラックで潰された黒猫を捉えた。


月明かりが反射する吹き出した鮮血。お腹からはみ出した何処の部位かも分からない臓器の束。それらは真っ黒なコンクリートを赤く染め上げていた。


僕のせいだ。僕のせいでこの黒猫は。こいつには大切にしている飼い主がいる訳で、僕はその見知らぬ家族の一員を殺してしまった。


心臓の鼓動が速くなるのを感じる。喉に何かが突っかかるような感触もしてきた。


駄目だ。とうてい受け入れられない。もう逃げてしまおう。ここから直ぐに立ち去ってしまおう。


強張った脚を精一杯踏み出し、歩き始める。


猫くらいでめこんなにも罪悪感が押し寄せてくるなんて、思いも寄らなかった。




さらに数歩進んだ時、微かに猫の鳴き声がした。


まだ息がある!?


僕は急いで黒猫の元へ駆け寄った。未だ何とかなる。なんてそんな風に思いながら。


だが、実際はとうていどうにかなる筈もないのは、火を見るよりも明らかだった。駆け寄った時、黒猫の潰れた下半身を見た時、現実を思い出した。


もう助かる筈は無い。辺り所が悪かったというレベルじゃない。最悪だ。こんなのは生き地獄だ。


黒猫は丁度後脚の付け根辺りを潰されていて、致命傷ではあるものの命を奪うにはある程度の時間が必要だった。


黒猫の掠れた声が鳴る。それはとてもとても苦しそうで、僕にはそれを直視する胆力なんて無かった。


顔を上げてふと目を逸らすと、山の斜面から転がってきたであろう大きめの石が視界に入った。


いやな想像が頭に浮かんだ。


もう一度黒猫を見る。喉の奥底から精一杯に響かせた金切り声に、ピクリと前脚を一瞬だけ動かした。まるで僕にそうしてくれと頼み込んでいるように。


僕は大きな溜息を漏らした。

黒猫にしてやれる事はもう、これくらいしか無い。早く楽にしてやろう。


僕はその石を震えた手で拾い上げ、黒猫の頭の上で大きく振りかぶった。


早く、早く楽にしてやらないと。

僕の頭上で大きく振りかぶられた石は、かたかたと震えている。


心臓の鼓動は身体前身にまで伝わり、視界は黒猫を捉えることを放棄したように雫で滲んでしまっている。


だが、結局振り下ろす事は出来なかった。

そんな勇気なんて、持ち合わせは居なかった。


諦めて石を下ろしかけた時だった。


黒猫がおよそ猫とは思えない声を発した。口からだけでなく、お腹の裂け目からも響くようなそんな低くて悲痛な声。


僕は何かが吹っ切れたように、というよりかは使命感に近い感情で、次の瞬間には石を思いっきり振り上げていた。一瞬で命を奪えるように、自分の持つ力全てを込めて、謝罪を繰り返しながら僕はそれを振り下ろした。



「お前を殺したのは僕だ。行き場が無いより、恨む相手が居た方がいいよな。」


潰れた頭を見て、そう呟いた。

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