第2話 憂鬱な帰路(リメイク済)

15分前、僕は猫を殺した。


それが原因とでも言うのだろうか。





高校3年生に上がって、数日が過ぎ去ったある日の日曜日。冴えない気分のまま、週2回通う塾の帰り道を歩く。


僕達を迎えてくれる筈だった桜は、気候変動によってなのか4月になっても未だ芽を開いていない。


それが憂鬱の原因では無い事を知っている。


受験、部活、恋愛。


高校生と辞書で引けば、これを成就する者達と記載されている。それくらいに僕達には、誰が望んだのか、当たり前のように課せられた目標がある。文武両道、それに恋愛。誰しもが楽しめる訳ではない。


受験以外の2つは、僕に全く縁が無い。今更どうしようもない。しかし、それを補うように友人関係という項目が僕には追加されている。というより、中学からずっと未達だった事がある。


明るく社交的な親友。僕の所為で、今では不登校となってしまっている。6年間顔も合わせる事なく、彼は山の上に構えた大きな家で引きこもっている。


これは、僕にとって最も優先して解決すべき課題で、今まで逃げ続けていたトラウマでもある。


僕は海底を歩く思いで、夜の暗い道路を歩いた。


考え事で集中力が散漫になった為か、目の前には知らない風景があった。


山を無理やり突っ切って出来たような道路。2車線で道端は広いが、歩道はない。


左手には僕の街の夜景。右手には、ここが渓谷の底だと思えるくらいの急斜面が高く聳えている。


自然の脅威を知らしめるように伸びる針葉樹の木々達は、そろそろ僕から月明かりまでも奪いそうな勢いだ。


本来曲がるべきだった道を直進してしまったのだ。戻るべきかとも考えたが、感傷に浸りたい気分でもあった。その内見知った道が見えるだろうと、安易な考えでそのまま直進した。


1台の車が猛スピードで僕を横切る。後から来た風は渦を作り、僕に襲いかかる。巻き取られるように髪は舞い、身体は前進する。


あんなのに轢かれたらひとたまりも無い。僕の服装は基本色が黒だ。こんな夜路では透明人間にも等しい。


車通りは少なそうだが、入念に背後に意識を向けた。


すると……。


暗闇が動いたのを、僕はそれを眼の端で捉える。自然と歩みを止めて、その動いた方へ顔を向ける。


反対車線に黒猫が居た。艶やかな毛並みが光沢を放つ。それは白で縁取られた大きな双眸で僕を見ていた。


全く気付かなかった。まさに暗闇に紛れて透明だった。斜面から駆け降りてきたのだろうか。


毛並みからしても野良とは考えにくいが、月明かりがあるとはいえ、首元は見えない。


さて、どうしようか。


今にも襲ってきてもおかしくない形相で僕を見ている。少しでも動けば黒猫は口から鋭い牙を窺わせる。


僕の頭は、こういった緊急時にどうすればいいのか必死になって解決案を探し出した。結果、出てきた答えが、目を逸らしてはいけないだった。確か目を逸らしたり、背を向けた瞬間襲ってくるみたいなのを聞いたことがある気がする。これ熊の話だっけ。それともカラスの話だっけ。


そんな時、何かが反射した。


それは黒猫の首からだった。よく見ると金色の小さなプレートが黒猫の首にぶら下がっている。


どこかの飼い猫だ。

しかし、何の光に反射したんだ。


直ぐに暗闇に紛れた黒猫が白い光に晒される。


そして、気付いた時には遅かった。


大きなエンジン音のする2つの光がすぐ寸前にまで迫った。


それはさらに大きな音を鳴らして僕に危険を知らせる。


いや危険を知らせた対象は、道路の真ん中で無防備に威嚇をしている黒猫の方にだろう。


4tトラックは、たかだか黒猫1匹にブレーキを掛ける筈もなく、およそ時速80キロでその巨体はいとも簡単に黒猫の身体を押し潰していった。


一瞬の出来事だったが、僕の脳裏には黒猫の漆黒の瞳と、大きなクラクションに気付いて後ろを振り返り慌てて僕の方に飛び逃げようとした姿が、写真のように切り取られて鮮明にその様子が蘇る。


トラックの走り去った後は、妙に静寂だった。


そして嘘のように真っ暗だった。

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