神に委ねられた街[7/26現在 物語をいちから作り直してます]
真昼
第1話 箱詰め少女(リメイク済)
山の斜面を削って作られたアスファルト造の道路を歩く。左にガードレール越しに街並が見えた。決して多くはない街の輝きは、飾り気の無い日中とは比較にならない程美しく、そして蛍の様に儚く見える。
100m間隔で並ぶ街灯と、大きな月が僕の行く道を照らし、まるで門のように生え揃う木々が闇へと誘ってるようだった。
手に残る嫌な感触。
指先で手の平を擦り、今度は皺を引き伸ばすように広げる。それでも拭う事は出来ない。
関節的とはいえ、リアルにそれは右手に残っていた。陶器を割る感覚に近い。そう頭で想像してしまうと、ずんずんと思考は侵食されていく。楽しい思い出が消え去っていく。
辞めろ、僕は悪くなんかない。
そう現実逃避をしようにも、身体にのし掛かる罪悪感がそれを許さない。
息は上がるも、歩みは速くなる。時間は経てど、自責の念は大きくなる。
人気の無い道路を僕はひたすらに直進していった。
幾つかの街灯を超えた。すれ違ったのはトラックが2台だけ。歩行者は勿論無し。そもそもここは、歩道が設けられていない裏道だ。
更にもうひとつの街灯に差し掛かろうとした時、僕は捉えた。ある筈の無い物がある異質な違和感は、何処と無く僕に好奇心を与える。
ガードレールに寄り添うように置かれたそれは、スポットライトの様に街灯に照らされ、濃い影を作っている。それが非常に薄気味悪さを演出している。
ひと呼吸置き、側まで寄ってみる。
表面は粗く、湿っぽくなった1平方の面を6つ備えたそれは、ずっしりとした様子で置かれている。
映画で見るような古めかしい木箱が、道路の脇を占拠していた。
気付いたら目の前にまで来ていた。
いつの間にか握りしめていた拳の力を解き、恐る恐る触れてみる。見た目より乾燥している。しかし、生温いジメッとした匂いが、僕の鼻腔を擽る。
これは開ける事が出来るのか。何故こんな所にあるのか。通った車は誰も気付かないのか。
疑問は尽きない。
最初に思ったのは、トラックの積み荷だ。運搬中に落としてしまったのだろう。しかし、それにしては異質な雰囲気を纏っている。
木箱の側面を撫でていると、指が引っかかる箇所があった。思わず力を入れて、引き上げる。
鈍い音がした後、蓋が浮いた。
異常に硬く閉ざされていたそれは、開いた後軽くなった。そのギャップに高揚感が増す。
中に溜め込んだ物が溢れ出す様に、水蒸気とも埃ともいえない何かが吹き出す。
鼻を覆いたくなるような匂いだ。魚か肉の生の匂いだ。
だが、そんなのはお構いなしだった。ここまで来たら中を見てみたい。
それがこの身に不幸を招こうとも。
浮いた蓋をスライドさせていく。街灯の光の角度のせいか蓋が影を作り、中はまだ見えていない。
僕の体感時間は極限にまで圧縮されていく。
徐々に影が引いていく。中が見えてきた。
水? が、木箱のギリギリまでを占めている。
いや水溶性ではあるが、これは……。
水面の中を容易に透過させる薄い赤色の液体。街灯でテカリを帯びて揺れている。
そして更に影が引いていき、全容が見えてきた。
僕はそれを理解し、眼を見開く。
感情とは無関係に、脳が何者かに支配されたように身体が動く。スライドさせている蓋はもう止まる事はなく、僕の手によって動かされ続けた。
沈む人間の手と思わしき部位。
ミミズのような、ぐねぐねとした臓器。
足の指先。
半分しか見えない唇と、それにくっつく舌。
所々に髪の毛と思わしき糸束。
剥き出しの筋繊維。
もうどこの部位かも分からない肉塊。
それらが血の水に沈んでいる。
そして最後に目玉。
それがギロっとして、僕と視線を交差させた。
ガタンッ
と、大きな音を立てて蓋が滑り落ちた。
その瞬間、圧縮されていた時間は戻り、僕を満たしていた脳内麻薬は全て消え去る。
気付かず開きっぱなしだった口からは既に水分がなくなっており、掠れた僕の声が静寂に響いた。
逃げるように上半身を引いた事でバランスを崩した身体は、お尻から力無く地面に倒れ込む。
「な……なんだよ、これ……」
息は上がり、胸骨が膨れ上がる。心臓は耳にも届きそうな程の鼓動を発している。
アスファルトを抉るように手に力が入る。
どう考えても木箱の中身はバラバラになった人間だった。
逃げないと。恐怖を押しのけて僕の生存本能がそう駆り立てる。
死体遺棄、バラバラ殺人、そんな単語が頭に浮かび上がる。
しかし、強張った前身は言う事が聞かなかった。ビクビクと震えた脚が僕の眼に映る。
どうすればいい?
もう何もかも分からなくなってきた。
兎に角、息を整えようと大きく空気を吸ってみる。上がり切った肩から力が抜けて、空気が測れる。
それを3度行った辺りで、少しだけ落ち着いてきた。
脚に手を触れる。震えが止まったのを肌で感じた。
立ち上がろうとした、その時。
ポチャン、とこの状況とは合わない気持ちのいい音が鳴った。
それは木箱の方からだ。
僕は木箱を見上げる。
何か丸い物が木箱からはみ出していた。
「私が見えるの!? じゃあ、声も聴こえてるよね……? えへへ。久しぶりの生きた人間だぁ♪」
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