第4話 ローズの屋敷
「――――っとそれが今の現状なんだが……」
「誘拐されて、文字も読めなくて、お金もないですって!?」
まるで誰かに説明でもしているかのように、目を白黒させて驚いた様子にちょうど口を付けていたカップをソーサーで鳴らして俺の方を見つめていた。
「付け加えると多分故郷に帰るのは難しいと思う」
「……ある程度あなたの現状は理解したわ」
少し間を開けて、ローズが淡々とした口調でこう言った。
「――あんた私の執事しなさい」
平然と当然の様に。言い終えると同時に向けられていた瞳が彼女自身の瞼によって閉じられる。文字通り瞬きの間に開かれたそれは猛る炎を沈める様に済んだ紅色をしていた。
「……雇ってくれるってことか? でもどこの馬の骨とも知らない俺をそばに置いておくのってこっちの立場で言うのも変だが危ないんじゃないのか?」
願ってもない提案だ。しかし、相手がそこまでしてくれる理由が分からない。あの少年、フユの事もそうだが、この世界の住人は警戒心が低いということも考えられる……?
「危ないって話なら大丈夫。こう見えて私強いから。もし変なことしようとしたら灰も残らないわよ」
そんな腹を探るような質問に笑顔で素直に答えを返される。魔法を片手に。
どういう原理か知らないが、掌で炎が燃え上がっていた。微かに火の粉を散らし、陽炎を起こさせるそれは確かに魔法という事象が存在していることを示している。
「後、話した感じこいつは悪い奴じゃないなーって思ったからよ」
炎の曲芸を収めた彼女は再びカップに口を付ける。
「……そりゃどうも。それ何で執事なんだ? もっとこう使用人とかの方がよくないか? 文字も読めないし、この国のことも知らないしで足引っ張りまくるぞ」
「もちろん、見習いとしてだけど、それよりも文字とかこの国の事なんかを教えるためよ。それに、飽きたらさっさと追い出すから覚悟しておいてね」
想像以上の答えに驚いてしまう。なぜそこまでしてくれるのだろうか? それを聞こうと言葉を発しかけた時だった。
コンコンコン
扉がノックされる音が部屋に響く。数秒の間を開けてほとんど音を立てずにそれは開かれた。
「ローズ様お風呂のお時間ですがどうなさいますか?」
その扉から現れたのは小柄な少女だった。若草色の瑞々しい緑の髪と瞳。ローズに向けられた言葉以上にその姿が彼女の立場を物語る。
黒のワンピースに白のエプロン。それが一体となった洋服。俗にいうメイド服。コスプレとは比べ物にならない。それを見事に着こなしていたのだ。
「ええ、今行くわ、じゃあ三日までに考えておいて」
ローズはそう最後に俺に告げた後、メイドと一緒に部屋を出て行った。出ていく寸前、メイドににらまれた気がしたがきっと気のせいだろう……。
とりあえず今日から使わせていただく部屋に通されたのだが。
木製の床と壁、広さは一人暮らしの俺の家の二倍強。ベッドは皴一つなく、高級シルクなのかは知らないが、天井の星のように輝く照明を浴びて、その価値を示していた。
収納スペースも正直いらないレベルで存在し、窓からは無駄に広い庭の一部がよく見える。
「なんじゃこりゃ……? こりゃどこぞのスイートルームの部屋くらいはいい部屋だな」
もちろんスイートルームになんて行ったことないんだが……。
「さて……これからどうするかだな……」
状況を整理すると、俺は昨日まで住んでいたところとは違う世界に転移だか召喚されたらしい。日本の最後の記憶は二度寝したところ。
それから少年に起こされなんやかんやあって今に至ると……。
持ち物はこの服とペンダントのみ。あっちに帰れるかどうかも怪しい。一先ず最終目標は元の世界に帰る事にしておこう。
ハーっとため息をついて今後のことを考える。
「今俺には選択肢がある。1つはここであの女の執事になる。もう一つはここから出ていってどっかでなんかをする、か。……いや選択肢になってないな」
一国の姫様の執事という厄介極まりなさそうな仕事だが、何もかもが分からない街におりて仕事を一から探す苦労と天秤にかければ、傾くのは前者だ。
それに加えこの国の事や文字も教えてくれるらしい。なんともありがたい話だ。お給料も出るかもしれないし良いこと尽くしに思える。
しかし疑問が残る、なぜだ? 助けたられた命の恩人だからか? あの調子を見ても本当に死ぬつもりだったようには思えない。躁鬱のような病気でもかかっているだろうか。
隠しているのかもしれないが……。いや、こうやって執事に見合う人を探していたのか? そんな事はない、確かにあの時の顔は本気の顔だった。
何か隠していることがあるのは確かだろうが、そんなことはどうでもいい。今の俺が断るという選択肢はない。
……。……何かあったときはその時に考えるとするか。
そして、ちょうど部屋の明かりを消そうとするとドアの方からノックの音が聞こえた。ローズだろうか? この際だ、答えてくれるかは分からないが、するだけしてみてもよいだろう。
扉に向かって歩を進める。
「すいません。入ってもよろしいでしょうか」
ドアノブに手をかけようとした瞬間に声を発せられた。
この声は確か……先ほどのメイドの子のものだ。何かあったのだろうか。
「どうぞ、入って」
開いた扉から姿を現したのは当然若草色のメイド。身長差のせいで自然と上目遣いとなったその視線がまっすぐに黒瞳を貫く。
「失礼します」
「で、どうしたの?」
警戒心の強い声。無意識にこちらも緊張してしまう。部屋の奥の方までは来ないみたいだ。
俺はベッドに腰を掛けたが、向こうは立ち話で終わらせるつもりなのだろう。
「あなたは何が狙いなんですか?」
その冷たい言葉が俺の質問の返答だった。
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