第8章 - 3  1980年 五月三日 土曜日(3)

 3  1980年 五月三日 土曜日(3)

 



 生まれ年は同じ。

 しかし誕生日が一日だけ違う。

 浩一という存在を知って、達哉はそんな事実を伝えたくなった……という感じにまさみは捉えていたのだろう。だから、一向に座ろうとしない三人に視線を向けて、

 ――どうしたの?

 という顔を見せるのだ。

 そんなまさみに翔太と千尋は困ったような顔を向け、そこで達哉がやっと再び口を開くのだった。

「彼ってさ、実は生まれてすぐに、母方のおばあちゃんちに預けられて、三つの時にやっと、母親だって人のところに戻ったんだ。で、その母親っていう人は、元々看護婦をやっていて、最後に勤めていたのが、あの、おかもと産婦人科なんだ……」

「おかもと、産婦人科……」

「そう、おかもと産婦人科。それでね、お袋がそこに入院していた頃、その人が一緒に暮らしていた男なんだけどさ……お袋、知ってるかな? 親父の高校時代の同級生で、山代って、いう人なんだけど……」

「山代さん? 山代さん……よね、うん、覚えてるわ、確か、お父さんが、病院に紹介した人だったと思う」

 ある日、道で突然、達郎に声を掛けて来たのが山代だった。

 彼は医者となっていた達郎に、働き口を世話して欲しいと頼み込むのだ。

「でも、すぐにあんな事件が起きちゃって、その人がその後どうなったかは、正直、ぜんぜん知らないの……」

 事件後、達郎があっという間に病院を辞めてしまうと、山代も後を追うようにいなくなってしまった。きっと、その頃にはすでに、赤ん坊は由美子の母親に預けられ、彼のそばにいなかったろう。

「そう、つまりね、昭和三十二年頃、二人は一緒に暮らしていて、二人とも、すぐそばの病院に居たってわけ。母さんの入院していたおかもと産婦人科と、父さんの勤めていた丘本総合病院に……」

 そこでまさみの顔にほんの少し、驚いたような表情が浮かんだように見えた。

 しかしそんなのもすぐに消え去り、それがどうした? という顔になる。

「つまりね、その、山代って男が、当時付き合っていた女性に頼んで、病院から赤ん坊を連れ出したんじゃないかって、実は俺、思ってるんだ」

「でも、どう……やって?」

 そんな声が出るまでに、瞬時にいろいろ考えたに違いない。ゆっくりふた呼吸くらいの間があってから、まさみは言い淀むようそう声にした。

「どうやってかは分からない。だけど、あいつ、確かに言ったんだ。赤ん坊を消し去ったって、俺に向かって、そう言ったんだよ」

 そう言ってから、看護婦をやっていた女性の名前をまさみに告げる。

「天野、由美子さん、天野翔太さんのお母さんだ……」

「天野、由美子……さん……」

 するとなぞる様にそう言いながら、まさみの視線は翔太の方へと流れ、途中でピタッと動かなくなった。

 きっとすぐに、否定する理由が見つかったのだ。

 再びまさみの顔が達哉へ向いて、辛そうな顔して告げたのだった。

「でも、お誕生日だって違うし、それにだいたい、どんな理由があって、あの人がそんなこと、しなくちゃならないの?」

 高校の同級生に仕事を紹介しただけで、生まれて来た子供を誘拐されてしまった。

 到底理解などできないだろうし、実際のところ、本当の理由だって分かっちゃいない。

 それでもだ。山代が関わっているのはほぼほぼ間違いないし、さらに千尋の言葉によって導き出された可能性ってやつは、放ってなど置けないくらい、あまりに驚くべきことだった。

「どっちにしても、もう大昔のこと……なの、だから……」

「分かる、分かるよ、でも、赤ちゃんがいなくなったのって、生まれた翌日でしょ? だから、六日を誕生日だってしたのかも知れないし……俺、最近ホント思うんだ。天野さんって、他人だって思えないっていうかさ、ほら、父さんにも、なんか、よく似てるって気がするし……」

 そこで千尋の咳払いが聞こえ、達哉は慌てて千尋の方へ視線を向ける。

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