第6章 - 2  新たな危機(5)

 2  新たな危機(5)



 ところがそこで、新たな疑問が浮かび上がる。

 ――溝の口駅にある交番か? それとも、高津の警察署まで行ったのか?

 とりあえず、ここからだったら交番の方がいくぶん近い。

 ――先ずは交番に向かって、そこで埒が明かなかったら警察署に向かおう!

 即行彼はそう決めて、駅を目指して走り出した。

 ところがなんの届けも出ていなかった。

 警察署の方にも問い合わせてもらったが、それらしい届出は見当たらないと言われてしまう。

「実際に動き出すかは別として、届けがあれば、内容に関わらず記録はされるから……」

 達哉の必死さに思うところがあったのか……警察官はそう声にした後「大丈夫かい?」と声を掛け、ニコッと笑顔を見せたのだった。

 結局、千尋は警察には行かずに、どこか別の場所へと向かったらしい。

 ――まさか、あいつまで……無理矢理?

 しかしそうなる理由が思い付かない。

 ――くそっ! どうすりゃいいんだ!

 とにかくこうなれば、こんなこと相談できるのは大山の店長くらいだ。

 だから達哉はまたまた走って居酒屋大山に向かうのだった。そうして十分もかからず店に着いて、真っ先に厨房の中へ走って行こうとした時だった。

 いきなり、すぐ後ろから聞き覚えのある声が響いた。

「ちょっと! 藤木くん! ここ、ここ! 」

 そんな声に、「え!?」と思って振り向いたのだ。

「もう、遅すぎだって〜 いったいどうしちゃったの〜」

 ――どうしちゃったのって、それはこっちのセリフだろう?

「ほら、何してんのよ! ここ、ここ、早く座って!」

 ここまでは、まったく声も出せないままだった。

 ところが急かされるまま座ろうとして、やっとその姿が彼の目の前に現れる。

 その瞬間、驚き過ぎてそこでも声が出なかった。

 唖然としたまま立ち尽くし、大きく息を一回吸った。

 するとようやくその人物が顔を上げ、静かな声を上げたのだ。

「ごめん、心配、かけちゃったね……」

 なんて声とほぼ同時、「よかった……」と言いかけて、達哉は再び口を〝あんぐり〟させるのだった。

 四人掛け、掘り炬燵タイプのテーブルに、千尋と翔太が向かい合わせに腰掛けている。

 そして達哉を見上げる翔太の顔が、なんとも言えずヒドかった。

 このまま街を歩けは、きっと警察を呼ばれてしまうか……皆が皆、彼から距離を取るだろう。

 唇は紫色に大きく腫れて、両目の瞼が〝お岩さん〟のように腫れ上がっている。血こそ付いてはなかったが、顔中あちこち変色していてまったくもって痛々しいのだ。

「大丈夫?……すごい、顔だけど……」

 なんとか絞り出した達哉の声に、翔太は咄嗟に笑顔になろうとしたのだろう。

 口角がほんの少しだけ上がったところで、いきなり「うぐぐ〜」と意味不明の言葉を発し、その顔を一気に歪ませた。

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