第6章 - 2  新たな危機

 2  新たな危機




「店長、本当に連絡入ってないんですか? なんの連絡もして来ないなんて、あの人に限ってあり得ないんだけど……」

「だよなあ……留守電も調べてみたけどよ、なんも入ってないんだよ」

 すでに店が開店して一時間が経過している。普段なら誰より先にやってきていて、テーブルなんかを拭いているのだ。

 それなのに、結局閉店しても現れない。

 アパートを訪ねても、部屋は真っ暗のまま、ノックをしても返事はなしだ。

 それから思いっきり心配しながら朝を迎えて、千尋はとうとう我慢できずに達哉の家に電話を掛けた。

 お店を無断欠勤して、アパートにも帰っていない。そう告げた途端に、彼は即行「これから行くよ」と言ってくる。

 そうして三十分ちょっとで姿を見せて、達哉は開口一番告げるのだった。

「まさか、部屋の中で倒れてるとか、じゃないんだよね?」

「え……あ、でも、わたし、分からない。ノックはしたけど、そんなにいっぱい、したわけじゃないから……」

 不安そうに見上げる千尋の顔に、達哉は力一杯頷いて見せた。

 それから達哉は翔太の部屋の玄関扉を叩き始める。「天野さん」「翔太さん」と交互に呼んで、隣からの苦情覚悟で拳を扉に叩き続けた。

 しかしまるで返事はないままで、代わりに奥の部屋からやっぱり顔が覗くのだ。

「ねえ! ちょっと藤木くん! ほら!」

 そんな千尋の声に、達哉もすぐに気付いて平謝りだ。

「あ、すみません。お騒がせしてごめんなさい!」

 ところがそんな達哉の声に、隣人の言葉は予想外のものなのだ。

「あの、昨日の夕方に、そこで何かあったみたいですよ。何人かの声が聞こえて、物音もけっこう激しかったから……」

 明らかに、これは只事じゃない。

 そう感じたが、まずは恐怖が先に立った。

 だから物音が収まったのを確認してから、隣人はやっと玄関扉をゆっくり開ける。するとすでに人影はなく、それでも彼は部屋の前まで近付いたのだった。

「で、そこで鍵を拾ったんです。ウチのとおんなじだったから、きっとそちらの方のだろうと思って、ここに、入れておきました」

 扉の脇に設置してある赤いポストを、彼はそう言いながら指差した。

 二人は彼に礼を言い、達哉が慌ててポストの中に手を入れる。するとあっという間に鍵が見つかり、さっさと鍵穴に突っ込んだのだ。

 鍵を閉めようとしたのか?

 開けようとした時なのか?

 どちらにせよそんな瞬間に、彼は何者かに襲われた。

 そうしてどこかに連れ去られ、鍵だけが転がり落ちて残される。

 ――だけどいったい、なんのために?

 玄関から覗く部屋は乱れに乱れ、何かを探したからってこうは絶対なりはしない。

「こりゃあ、ひどい……」

 ――わざと、ひっくり返したって……ことなのか?

 まさしくそんな印象で、玄関で呟く達哉の後ろで、千尋も声を出せずにただただ立ち尽くしている。

 それでもきっと、何かを探してはいたのだろう。

 しかしその探し方が尋常じゃないし、後片付けなど念頭にないまま、ありとあらゆる物をひっくり返せるだけひっくり返した……。

「どうして、こんなことを……?」

 絞り出すような千尋の声に、達哉は静かに告げるのだ。

「とにかく今は、上がり込むのはやめておこう。何が起きているのかが分からないし……このままに、しておいた方がいいような気がする……」

 これが事件性のあることなら、この部屋は事件現場だって可能性もある。どんな証拠が残っているかもしれないと、彼は千尋に警察に行くよう告げるのだった。

 友達が行方不明で、部屋がメチャクチャに荒らされている。

 そう話せばきっと、部屋くらいは見にきてくれるだろうと言い、

「俺の方はちょっと、気になるところが一箇所だけあるんだ。違うかもしれないけど、念の為、そっちの方を探してみるから……」

 警察から戻ったら部屋にいて欲しい。

 無駄足だったらそのまますぐに戻るからと続けて、彼はどこに行くのか一切告げず、千尋を残して走り去った。

 一方千尋は言い付け通りに、慌てて警察署に向かおうとする。ところがあっという間に驚きの人物と出くわして、たちまち事態は急展開を見せるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る