第4章 - 2 超能力

 2 超能力




「じゃあいい? 六時頃にはお店に行くから、その時までに二、三杯くらい飲んでなさいよ。ちょっと酔ってた方が、なんかさ、真実味あるでしょ? あ、一番奥のテーブルだからね……そこんとこ、よろしく!」

 確かに、千尋はこう言って、達哉に笑顔を見せたのだった。

 だから達哉は、一番奥のテーブルに六時頃だと、頭にしっかり刻み込んだ。

 そうして当日、頭にあった通り向かっていると、ずっと前の方から見覚えのあるシルエットが目に入る。

 ――え? もう来たのかよ!?

 と思ったところで気が付いた。

 時計を見ればほぼほぼ六時。

 今頃は、もう二、三杯は飲んどけってことだった。

 そんな事実を知った頃には、やたらノッポのシルエットの横で、明らかに千尋の顔が唖然としている。

 ――どうしよう?

 そう思っているうちに、彼女は一気に顔付きを変え、こちらに大きく手を振った。

「あ〜、藤木くん! どうしたの?」

 かなり大きな声が聞こえて、千尋が走ってやってくるのだ。

「これからさ、天野さんと大山に行くんだけど、どう? 藤木くんも一緒に行かない?」

 千尋は後ろをチラッと振り返り、翔太にも聞こえるよう大声を出す。

やがて天野翔太も追い付いて、千尋は笑顔で彼へと続けた。

「いいでしょ? 知らない仲じゃ、ないんだしさ」

 ここで翔太がほんの一瞬、驚くような素振りを見せる。

 それでもすぐに笑顔になって、「もちろん」とだけ声にした。

 そうしてとにかく、達哉は二人と一緒に呑むことになった。

「いい? 彼ってあんまり呑まないから、ジョッキ二杯目頼んだくらいがさ、きっといい頃合いだと思うから」

 そう言っていた千尋はすで一杯目を飲み干し、二杯目のジョッキを今か今かと待っている。

 ところが翔太がぜんぜん進んでいない。

 ビールの泡が完全に消えて、それでもジョッキに半分以上が残っている。

 もちろん千尋が早過ぎるのだ。

「今日は暑いからね」と言いながら、達哉より早いペースでぐいぐい飲んだ。

 きっと彼女もそれなりに、緊張しているってことなのだろう。

 ただとにかく、すべては翔太の反応次第だ。

 だから少しくらいは酔っていて欲しいと……、

 ――もしかしてビールが苦手?

 なんてセリフを、彼が声にしかけた時だった。

 ――ビールは、苦手なんだ。

 何度も口にしたそんなセリフが、フッと頭に浮かび上がった。

 ――特に、腹に何も入ってないとね、どうにも美味しいとは思えなくてさ。

 昔、医者に注意されたのだ。腹に何か入れてから飲むようにと言われ、そうしていたらいつの間に、空きっ腹では飲めなくなった。

 だから現場終わりの飲み会などで、彼は何度もそんな理由を口にしていた。

「え? ビールじゃないの?」

 なんて驚く周りの声に、笑顔で告げていた記憶がおぼろげながら蘇る。

 それでも結局、胃の方は治らずで、最後の最後まで彼のことを苦しめた。

 ――だから今だって、そうに決まってる!

 そんな確信を胸に秘め、それでも何気ない感じを装った。

「あのさ、何か、食べるもの、注文しないか?」

 達哉は千尋に向かってそう言って、壁に立て掛けてあったメニューの方を指さした。

「え? お腹空いているの? まだ六時半だよ?」

「でもさ、お通しの枝豆だけでずっとってのも、辛いじゃん?」

「やっぱりねえ〜、お金持ちさんは違うわよね〜。わたしたちなんていっつも、百円のビールと枝豆だけでお腹いっぱいにしちゃうもの〜」

「でも、それって、本間さんだけでしょ? 天野さんは、違うよね?」

 そこで視線を千尋から翔太に向けて、

「そこそこお腹がいっぱいの方が、ビールが美味いって、もしかして思ってない?」

 そう声にしてから、再び千尋の顔を見た。

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