第4章 - 1 ジノ・バネリとマイケル・ジャクソン(5)

 1 ジノ・バネリとマイケル・ジャクソン(5)




 だから達哉は慌てて、

「じゃあ、こっちはどう? デビューしたてのバンドなんだけど、とにかくテクニックが凄いんだ!」

 プレイヤーから〝ブリージン〟を外し、日本のバンド、スペース・サーカスのデビューアルバムに針を落とした。

 いきなり度迫力のベース音が響いてくるが、やっぱり彼の反応に変化はなしだ。

 もちろんその顔はずっと真剣で、これでもかってくらいに「聴いてますよ」感は見せている。

 ――まずいな……。

 なんて感じながらも、何か言い出すのを彼はひたすら待ったのだ。

 そうして一曲目が終わってすぐに、翔太がいよいよ声にする。

「うん、そうだね、確かになかなかいい感じだと思う。でも、僕はやっぱり、ボーカルが入ってた方が好みなんだ……」

 さらに彼は、最近ジノ・バネリやマイケル・ジャクソンに気に入っていると言い、

「今度うちの店に来たら、ぜひ、聴いてみてくださいよ」

 そう声にしながら立ち上がる。そして笑顔のまま、外せない用事があるからと続けて、「ビールご馳走さま」と千尋の部屋から出て行ってしまった。

 音楽の話で盛り上がって、一気に親しくなってしまう……なんて、まったくぜんぜん程遠かった。

「嫌われちゃった、かな……?」

「ううん、違うと思う。最初から、いつもとなんか、違ってたもの……彼……」

 ドアが静かに閉められて、達哉の第一声に、千尋の答えは早かった。

「藤木くんがどうこうじゃないと思う。天野さんって、そんなすぐ、人を嫌っちゃうとかって感じじゃないし……」

 そう言って、閉まったドアをじっと見つめる。それから今度は天井を見上げ、いきなり素っ頓狂な声を張り上げた。

「あ〜、そうかあ〜、やっぱり少しは、あるのかもしれないわ〜」

「え? なによ、俺、なにか失敗してた?」

「達哉くんさ、さっき自己紹介で言ったじゃない? わたしとおんなじ大学でさ、親と一緒に八雲に住んでいるって……」

 それから、千尋に聞かせようと家にあるレコードと、いらなくなったポータブルプレイヤーを持ってきた。

「でね、セパレートのステレオって、木の大きいヤツでしょ? それをさ、さすがにもってこれないからって、笑ったじゃない?」

「うん、確かに、言った……」

「でしょ? それってさ、一種の自慢じゃない? それにね、八雲っていったらさ、わたしだって高級住宅街だって知ってるもの、なんとなく、だけどね」

 ――そんなの、意識してねえって!

 即行そう思ったが、なぜか言葉にできなかった。 

「まあさ、分からないけど、そんなのが少しだけ、彼、気になったのかな……」

 決して「怒った」とか「ムカついた」とかそういうのじゃないし、あくまでも勝手な推測なんだと千尋は言って、

「でも、とにかく知り合いにはなったんだから、次はちゃんと会って、例の話をすればいいじゃない?」

 上目使いに達哉を見つめ、ニコッと笑った。

 親と八雲に住んで、なんの苦労もしないで大学に通うヤツが、親に買って貰ったステレオでレコードを聴き、捨てようと思っていたポータブルプレイヤーを千尋のアパートに持ち込んだ。

 ――それで、家にはセパレートステレオもあるぞって、自慢したって、ことか……」

 こんなの自慢か?……などと思いつつも、はっきり言って、これは〝ヤバイ〟って本気で思った。

 それでも千尋の言うように、怒ったってわけじゃきっとない。

 もちろん自慢されたから、気分を害したなんてことでもないだろう。

 ただ少なくとも彼の方には、達哉について、思うところがきっと少しはあったのだ。

 ――ま、そりゃ、そうかもな……。

 まるで異なる環境に暮らす達哉に何かを感じて、距離を取ろうとしたのかもしれない。

 だからって、ここで諦めるわけにはいかないし、千尋が言うように前に進むしか道はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る