第3章 - 3  説得(2)

 3  説得(2)

 



 しかしいくら待っても物音すらして来ない。

 だから予定していた台詞を続けて、

「あの、天野翔太さん、ご存知ですよね? 彼に今、危険が迫っているんです」

 そう声にしてから、今度は強めにノックをしてみる。

「少しだけ話を、聞いてもらえませんか?」

 ここで微かに、ドアの向こう側から音が聞こえた。

「カタン」と鳴って、彼女の声がやっと響いた。

「あの……危険って、なんですか?」

「あ、すみません! 少しでいいんです。ちょっと、よろしいですか?」

「だから、その危険ってなんなんですか?」

「あ、はい、じゃあ、このままで……このまま話しますので、聞いていてください」

 この時代のアパートには覗き穴なんて付いてないから、警戒するのは当然だ。

「天野翔太さん、彼のお父さんは失踪していて、天野、由美子さんという女性に育てられたんですけど、この辺のことは、ご存知ですか?」

「はい、大まかなことは、聞いてます……」

「じゃあ、施設で育ったことなんかも?」

 そう言った後、ほんの少しの間があって、それでもポツリと返事が返った。

「はい、知っています、けど……」

「その頃、かなり苦労されたらしいですけど、彼、このままいくと、もっと大変な目に遭ってしまうんです! だから、なんとかしないと……」

「だから、その大変な目って、いったいなんなんですか?」

「借金を、背負わされます。物凄い金額を、自分の借金じゃないのに、長い間かけて返さなきゃならなくなる。それに人を殺したってことになっちゃって、殺人罪で刑務所に……それだけ、じゃない! 彼は、彼は、このままだと……」

 ――癌になってしまうんだ!

 そう言いかけた瞬間、いきなりドアが開いて、

「いい加減なこと言わないでください!」

 そんな声と同時に、顔全体に衝撃が走った。

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